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1政略結婚
しおりを挟む「カイセ国へ、嫁げ」
久々に顔を合わせた父、ドーズ国王の言葉にリゼルは絶望した。
父が自分を嫌っているのは解っていた。その証拠に、十二歳から今まで、地下に閉じ込められて育ったのだから。
しかし、二十歳を迎えたその日に出て行けと言われるとは。
言うなり、さっさと居なくなった父の残像を見つめながら、リゼルは笑う。もう、自分の居場所はここにはなかった。
カイセ国まではおよそ二ヶ月の道のりとなる。けれど、旅支度はものの五分で終了した。
カバン一つ分に収まった自分の荷物の少なさに、リゼルは寂しさを感じる。しかし、少しの着替えと幼い頃にもらった母の形見以外、必要なものなどなかった。
荷物がなくなる以前から殺風景な地下の自室を見回し、溜め息を吐いた。その時だった。
「リゼル!」
部屋の扉が乱暴に開かれ、息を切らせた異母兄が走り込んでくる。そして、その勢いのままリゼルの身体を抱き寄せた。
「父上に、カイセ国へ行けと言われたと?」
「はい、お異母兄様」
憤る異母兄の様子に、リゼルは笑みを浮かべ頷いた。そんな彼女に異母兄、コルタスは顔を歪める。
「明日、出立など……私が父上に言って……っ」
「いいえ、いいのです」
コルタスの言葉を遮り、リゼルは首を横に振った。
「父上の言う通り、明日ここを離れます。それに、嫁ぎ先があっただけマシですわ。だって、私、こんなですし」
そう言って、リゼルは自分の身体を指す。
二十歳を迎えたと言うのに、誰も彼女を年相応には見ないだろう。何故なら彼女の姿は、誰がどう見ても十歳の少女でしかなかったからだ。
これは呪い。神に仕える巫女であった母が父と契ったが故の、報いだった。
「十歳の時に成長が止まって、嫁ぐことなど出来ぬと諦めていました。でも、こんな私をもらってくださる方がおられるなら、幸せなことです」
「リゼル……」
悲しげに顔を歪めるコルタスは、リゼルの自分と同じ銀色の髪を撫でる。リゼルは自分の蒼い瞳とは違う、異母兄の紫の瞳を見つめ返した。
成長が止まったリゼルを父を始め、周りの者たちは畏怖の瞳でしか見ない。そんな中、昔からこの異母兄だけは彼女に優しくしてくれた。
「お異母兄様の結婚式に出れないのだけは、寂しいですけれど」
コルタスの結婚は三ヶ月後に迫っていた。しかし、これからリゼルが嫁ぐ先は、行きだけで二ヶ月はかかる。恐らくこれが父の思惑の一つだろう。要は、リゼルをコルタスの結婚式に出したくないのだ。
「お異母兄様」
今にも泣き出しそうな優しい異母兄を見つめ、リゼルは精一杯の笑みを浮かべる。
「どうか、お幸せに」
「……お前もな」
もう一度、力強く抱き締めてくれた異母兄の胸に顔を埋め、リゼルは目尻に浮いた涙を気付かれぬようそっと拭った。
* * *
二ヶ月の旅路は長かったようで、あっという間だった。必要最低限の荷物と、異母兄が付けてくれた従者三人との旅は束の間の自由だった。
三人の従者は優しく、リゼルに対して物怖じせず接してくれた。それはリゼルにとってあまりされたことのない反応だったので、最初は戸惑ったが、そのお陰で気楽な旅ができた。
それもこれも、異母兄の配慮があってこそだ。異母兄からすると、罪滅ぼしのような感じなのだろうか。気にしなくていいのに、と思う半面、ありがたく尚且つ嬉しくもあった。
しかし、予定より少し到着が遅くなり、カイセ国に着くとてんてこ舞となった。
なんと、着いたその日が婚儀の日だったのだ。
カイセ国側は既に準備を整えており、あとはリゼルの支度を待つばかり。着いて早々、慌ただしく身支度を整え、用意されていた花嫁衣装に袖を通す。
そして、結婚相手の顔も見ぬまま、客人の待つ会場へと足を踏み入れることになってしまった。
リゼルが姿を見せると、会場にどよめきが走る。
銀色の髪を結い上げ、細かい刺繍をあしらった白いドレスに身を包んだ、十歳にしか見えない花嫁。好奇の瞳に晒されながら、中央へと歩を進めると、リゼルの花嫁衣装と対を成す、白い衣装の男性がこちらを凝視しているのに気付いた。
漆黒の髪に燃えるような紅い瞳。近付くにつれ、その背丈がリゼルの倍はあることが分り、彼女は少し怖じ気付いた。
何より、リゼルを見つめるその瞳が怖い。まるで、自分が天敵に見つかった小動物になったような気がして、心臓が煩いくらいに鳴っている。
リゼルが横に立つと、漸く視線を外した男性が声を上げた。
「本日只今より、我、カイセ国王、ユリウスはドーズ国、第一王女、リゼルを妻に迎えることを、ここに宣言する!」
低く響き渡るカイセ国王、ユリウスの言葉に、会場から惜しみ無い拍手と歓声が沸き起こる。それを半ば他人事のように聞きながら、リゼルはいつものように精一杯の笑みを浮かべていた。
* * *
「お疲れ様でした」
式が終わり、グッタリした様子のリゼルにお茶を差し出しながら、侍女のマイラは微笑んだ。
彼女はカイセ国の王宮に幼い頃から勤めており、リゼルと年も近いということで、妃付きに抜擢されたらしい。リゼルに対して、物怖じせず普通に接してくれる彼女の振る舞いはありがたいと素直に感じる。
「長旅の後でゆっくりする間もなく、大変でしたね」
「それは……こちらの責任でもありますもの……」
マイラの淹れてくれたお茶を一口飲み、リゼルは息を吐く。
「でも、良かったのかしら……」
「え?」
「式の前に、カイセ国王に目通りをすれば、送り返されるだろうと覚悟して来たの。こんな、十歳の姿の私なんかが妃になど……国王陛下も、私を見て戸惑っておられるようだったし」
カップを置き、リゼルは自分を見つめるマイラを見上げる。
「式の時には皆様に祝福していただいたけれど、やっぱり妃が私なんて、反発が起きても仕方ない。でも……貴女たちは、私に優しくしてくれる」
自国、ドーズ国では、いつも畏怖の瞳に晒されてきた。しかし、ここカイセ国へ来てからは状況が一変しているのだ。
着いて早々、身支度を手伝ってくれたのは、マイラを始めとする数人の侍女たち。彼女たちは笑みを絶やさず、リゼルの世話を率先して焼いてくれた。これがまず、自国ではあり得ないことなのだ。
「私、誰かに何かを手伝ってもらったのは久しぶりなの。十二歳の時から、周りの者たちは私を避けるようになったから」
それまでは常に側にいてくれていた乳母でさえ、地下に閉じ込められてからは姿を見せなくなった。だから、自分でできることは、自然と自分でするしかなくなったのだ。
「貴女たちは、私が恐ろしくはないの……?」
十歳のまま、成長が止まってしまった姫。触れれば自分にも災いが降りかかるかもしれない、と自国の者たちは考えていた。それを寂しいとは思うけれど、恨みはしない。もちろんそれは、父に対しても。
「私は……失礼ながら、リゼル様を可愛らしいと思いました。他の侍女たちも同じです。素敵なお妃様が来てくださったと。それに、何より陛下が……」
マイラが言葉を続ける前に、咳払いが聞こえ、二人は扉の方を振り返る。そこには憮然とした表情の国王、ユリウスが立っていた。
「まぁ、もうこんな時間。リゼル様、私はこれにて失礼しますね」
そそくさと逃げるように部屋を出たマイラが扉を閉めると、部屋にはリゼルとユリウスの二人きりになった。沈黙が部屋を支配し、リゼルはどうするべきか悩んでしまう。すると、先に口を開いたのはユリウスの方だった。
「疲れただろう。もう、休むか?」
「え……そう、ですね……」
もう夜も遅い。いろいろと確かめたいことはあるが、明日は異母兄の従者が帰るので見送りをしたくはあった。もう休むべきだろう。
思案していたリゼルは、ユリウスが近付いていることに気付かなかった。彼女が気付いたのは、自分の身体が何かに包まれ、浮き上がってからだった。
「きゃっ……陛下?」
「ユリウス」
思わずしがみつくと、リゼルを横抱きにしたユリウスに指摘を受けた。戸惑っていると、ジロリと睨まれる。
「ユ、ユリウス様……?」
「なんだ」
名前で呼べと無言の圧力をかけられたから呼んだのに、なんだとはなんだ。
どうしたらよいか分からず黙っていると、そのままベッドに運ばれ、ゆっくりと降ろされる。まるで壊れ物を扱うかのようなユリウスに、リゼルは自分の心臓が高鳴っているのを感じた。
「あの……本当に、よろしかったのでしょうか……?」
「……?」
ベッドに身体を預けながら、リゼルがユリウスの服を離さないので、半ば押し倒された格好になる。吐息が交わる程近くなったユリウスの紅い瞳が、綺麗だと素直に感じた。
「ユリウス様は、気持ち悪く、ありませんか? 十歳のまま、成長が止まっている私など……」
言いながら、ユリウスの眼差しが怖くなる。真っ直ぐに見つめてくる彼の視線を直視できなくなり、リゼルは彼の唇を見つめた。
「自国では忌み姫と呼ばれておりました。呪われた姫だと……ですから」
「貴女はそのままでいい」
見つめていたユリウスの唇が言葉を紡ぎ、リゼルのとの距離を詰めてきた。と思った次の瞬間には唇が重なり合う。それがキスだと気付いたのは、彼は離れていってからだった。
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