忌み姫と無口な王様

鈴屋埜猫

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番外編『異母兄の心、異母妹知らず』

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「ちょ……お異母兄にい様……っ」

 再開するなり抱き着いてきた異母兄あに、コルタスに、リゼルは驚いてあたふたする。自国にいる時から、異母兄あにが抱き着いて来るのは当たり前だった。だから、それ自体は構わない。ただ、この様子を見ている夫の目に、殺気を感じるのだ。

「お異母兄にい様、ちょっと離れて……」

「良かった……」

 コルタスの絞り出すような声に、彼を押し退けようとしていたリゼルの動きが止まる。次いで、肩に温かな雫が落ちてきたのを感じ、リゼルはハッとする。
 これまで、呪いにより十歳の姿だったリゼルは、いつもコルタスのお腹に顔を埋めているような姿になっていた。それが、呪いが解け、二十歳の姿になった今、異母兄あにの顔が近くにあった。
 呪いが解けたと知らせるや、すっ飛んできた異母兄あにに多少飽きれかけたが、喜ぶ姿を見るとこんなにも自分を思っていてくれたのだと、嬉しさが込み上げる。

「本当に、解けたんだな……良かった……リゼル……」

「お異母兄にい様……」

 優しく頭を撫でられ、リゼルは堪らず異母兄あにに抱き着く。そのリゼルの瞳にも、涙が浮かんでいた。
 そうしてしばらく、異母兄妹は久しぶりの再開に胸を熱くしていた。


 * * *


 客間でくつろぎながら、コルタスはようやくあの『約束』が果たせた、と胸を撫で下ろしていた。
 幼い頃に誓ったその『約束』は、リゼルが生まれる前からしていたもの。偶然にも出会った、リゼルの母の『願い』であった。

 それはコルタスが六歳の頃。多感な王子が一人、城内を探検していた時だった。
 たまたま見つけた地下への入り口。冷たい空気が上がってくるそこに、足を踏み入れたのは無邪気な好奇心からだった。
 そこに何があるのか。幼い王子には知らされていなかったが、城内の誰もが知っていながら口を閉ざしていた。
 『災い』を閉じ込める部屋。
 まさにその部屋こそ、後にリゼルが閉じ込められることになる部屋だったのだ。
 幼いコルタスは、どんどんと地下への階段を下りていく。そして辿り着いたのは、殺風景な小さな部屋。高い位置に小窓が一つあるだけの、石造りの部屋に、たった一人女性が座っていた。

「……こんにちは」

 彼女は驚いた様子ながら、コルタスに優しく微笑む。その儚げな美しさに、コルタスはしばらく動けなかった。

「……赤ちゃん?」

 ふと気付いた女性のお腹。その膨らみは細身の彼女からすると異質で、不似合いだった。
 女性はお腹を一撫ですると、コルタスに手招きした。彼が恐る恐る近付くと、彼女は彼の手を取りお腹に導いた。

「あっ! 動いたっ!」

 手のひらに感じた温もりと確かな鼓動。それは、小さくともしっかりと育まれている、生命の存在をコルタスに教えてくれた。

「この子のことを、頼めますか?」

「え?」

 生命に触れた喜びに感極まっていたコルタスは、女性の囁くような言葉に顔を上げる。ぶつかった視線は、彼の心を射抜き捕らえた。

「私はこの子を守れないのです。だから、代わりに守ってもらえませんか?」

 優しく響く声とは裏腹に、彼女の真剣な眼差しが強い意志を伝えていた。だから、コルタスはただ頷いた。彼女が誰であり、生まれてくる子と自分の関係など知るよしもなかったが、その時生まれた『守りたい』という強い意志を、リゼルの母たる彼女にしっかりと伝えるために。

 あの日誓った『想い』はやがて『約束』に変わった。それは、図らずも彼女の最期の『願い』となったせいかもしれない。
 あの後、従者たちに見つかったコルタスは、こっぴどく叱られた。そして時を待たずして、リゼルが生まれ、同時に彼女の母は命を落した。
 コルタスが全てを知ったのは、その後だった。
 リゼルの母が巫女であったこと、その彼女を無理矢理手に入れた父、そして身籠ったことで彼女だけに罪を着せ地下に閉じ込めたという経緯を。
 あの時、リゼルの母は何をもってコルタスに我が子を託したのかは分からない。自分が死んでからのことを憂いたのか、後にリゼルを襲う呪いのことまで分かってのことか。ただ、神官の話では、リゼルか無事に生まれたのは母が命をもって守ったからだと話した。だから、リゼルをおいそれと殺すことは新たな災いを招くと。
 一度は愛した女が死んだと知った父が、腹いせにリゼルに手をかけようとしたのを止めるために、神官が画策したのだと誰しもが考えた。だが、コルタスは最期に見たリゼルの母の姿を思い返し、神官の話はあながち嘘ではないと思えた。
 きっと彼女は死ぬつもりだったのだ。その前に、誰かに我が子を託したくて、コルタスが呼ばれたのかもしれない。だからこそ、コルタスが守らなくてはならない、と強く思ったのだ。
 あの時、頷いたことで、リゼルの母との間で『約束』が生まれたのだと。
 だが、いずれリゼルは嫁いでいく。自分がずっとは守れない。だから探していた。リゼルを大切に想ってくれる誰かのことを。

「彼のお陰で、呪いは無事に解けましたよ」

 窓から見える月に、コルタスは儚げな女性を重ねる。

「貴女の『願い』を、私は叶えられたでしょうか?」

 呟いた言葉に応えはない。しかし、彼を見下ろす月が、優しく微笑みかけてくれているような気がした。
 と、遠慮がちに扉がノックされ、コルタスは扉の方へと向かった。

「やぁ、リゼル。どうかした?」

「あの……」

 寝間着に一枚、ストールを羽織っただけのリゼルは、扉を開けたコルタスを見上げ、困ったように笑う。二十歳の姿になったリゼルは、コルタスの記憶の中にいる彼女の母と瓜二つで、胸が締め付けられる想いがした。
 彼女も、我が子の成長を側で見ていたかっただろうに。そう思うとやりきれない。でも同時に、リゼルの呪いは彼女の身を守るために敢えてかけられたものかもしれないと、ふと感じた。

「お異母兄にい様、これ……」

 遠慮がちに差し出されたのは、色とりどりの花が刺繍されたストールだった。

「お会いできませんでしたけど、お義姉ねえ様に……」

「縫ってくれたのか? 妻も喜ぶよ」

 喜んで受け取ったコルタスだったが、微笑んだリゼルの顔はどこか陰ったままだった。そのことに気付いた異母兄あには、優しく異母妹いもうとに微笑みかける。

「どうした?」

「……お父様は、いかがですか?」

 実は異母兄あにコルタスがカイセ国へやって来た理由わけがもう一つあった。それは、リゼルの祝いのためでもあったが、二人の父、ドーズ国王が病に倒れたという知らせをもたらすため。
 再開の喜びがいくらか落ち着いた頃、そのことを話したが、リゼルの反応は薄かった。だが、やはり心配だったらしい。

「父上もお年だからね。今は妻が見てくれている。神官の話では、もう床から起き上がるのも難しいと」

「そう……ですか……」

「会いに、帰ってみるかい?」

 俯く異母妹いもうとに、コルタスは優しく問い掛けた。しかし、彼女は曖昧な笑みで異母兄あにを見上げるだけだった。
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