僕とボクの日常攻略

水無月 龍那

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課題3:僕とボクの体調管理

5:恐怖に溺れて愚かさで沈んで

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 答えは見えないまま、時間は刻々と過ぎていく。
 眠れば夢のあいつが、考えなくて良いのにと言い聞かせてくる。うるさいと押さえ付ける。向き合うなんてできなかった。聞く姿勢を見せれば感情に飲まれる。一方的に語り、一方的に黙らせる。その繰り返し。

 目を覚まして、学校へ行って。そのまま夜の街に姿を消して。
 何日くらいそういう生活をしただろう。
 疲れは一向に取れない。夢のあいつの言葉が強く残って仕方ない。
 感情が、声が。身体に染みついて、香るような気すらする。
 目の色が変わっていないか、不安になる。

 彼女はどうしてるだろうか。会って何か言える気もしないけど、やっぱり気になる。
 手は伸ばせない。触れたらきっと、掴んで離さなくなってしまう。
 あるいは、また自分の手で失ってしまうかもしれない。

 何でだろう。平穏な日々を求めていた僕の何かがそう問いかける。
 僕は。平穏に過ごすと決めた時から、その努力だけは怠らないようにしてきたつもりなのに。
 
 何で、こんな事になってるんだろう?
 何で、こうして逃げてるんだろう?

 自問自答は、終わらない。

 向かい合う勇気がない? うん。
 どうして? どうしてだろう。
 彼女が愛おしいから? それは、座敷童の力あってこその感情だ。
 あの血が美味しかったから? それは事実だけど、違う。
 夢に感化された? 違う。というか嫌だ。
 意志が弱かったから? 答えられなかった。
 
 そうして今日も、ぼんやりと街をふらつく。
 適当なネットカフェにでも、と足を向けようとしたその時。
 すれ違う人混みの中に金髪を見た。

 人混みの中に金髪を見た。

 いや、金髪なんてそう珍しくない。街中なら尚更だ。
 でも。それでも目を引く程に綺麗な。染めた色じゃないと分かるような色。

 そんな髪の少女は、僕の横をふわりと通り過ぎていった。
 すれ違う一瞬で見えた瞳は琥珀色。しきちゃんと同じくらいの背丈。駆け足でさらさらと揺れる……いや、ふわりと浮くような髪。足取りもひどく軽い。
 あのような少女は知らない。
 ただ、あの子は人間じゃないと感覚が告げた。

 思わず足を止めて振り返った。
 少女が駆けていく先に居たのは、ひとりの男性だった。
 バス停のベンチに座ってうなだれている。具合が悪いのだろうか。手で口元を押さえている。
 長袖の上着を羽織った黒髪の彼は、座ってても分かるくらい背が高い。年齢は、僕と同じくらいか、少し上だろうか。
 そんな彼は、少女が差し出した水を受け取ろうと顔を上げ――僕を見た。

 髪が野暮ったく顔を覆っていたけれど。驚くように見開かれたのが隙間から見えた。
 手が口から外れて宙に浮く。水を受け取ることも忘れて数度瞬きをして。
「――見つ、けた」
 口元を歪ませて、呟いた。
 前髪からの視線が、僕を刺す。

 僕は動けない。
 喉が詰まって。思考が止まって。目が離せない。

 隣の少女はそれに気付いていないのか、何か言いながら水を彼に押しつけた。
 その拍子に視線が外れる。
 彼は水を飲んで、ふらつきながらも少女に促されて立ち上がる。
「――」
「――」
 2人は少しだけ会話をして、歩き出す。

 雑踏の中に消えてしまう直前。
 青年が少しだけ振り向いた。
 何か言いたげな顔をしてたけど、特に何を言う訳でもなく。
 ただ、気難しい顔で僕を一瞥し。そのまま姿を消した。

 動けなかった僕は、二人をそのまま見送り。
 姿が完全に見えなくなって初めて、ようやく息ができた。
 
「なんで……」
 背筋が寒い。喉が渇く。

 彼には、会ったことがある。
 いや。会ったことがある、なんてもんじゃない。

 フラッシュバックする、足元で波立つ血液。
 僕の足を掴もうと伸ばされた、筋張った細い指。
 もう空を映すだけになってしまった、榛色の目。

「確かに……死んだじゃないか……」
 なんでこんな所に居るんだ。

「見つけた」
 彼は、確かにそう言った。

 その意図は分からないけど、これ以上ここに居てはいけない気がした。
 逃げろ。この場から。隠れて。見つかった。きっと僕は――。
 頭の中がそんな警告じみた言葉で埋め尽くされる。

 踵を返して、僕はその場を離れる。
 どこに行けばいい。
 どこに行けば。
 どこに――!
 
 気が付くと、僕は家の玄関に立っていた。
 足は自然と家へと向かい、そのまま駆け込んだらしい。

 目の前には、数日ぶりに見た少女が何か言いたげに立っていた。
 久しぶりに見たその姿に、なんだかとても安心した。
 ひどく安堵して。なんだか泣きそうになって。
 何か言いたかったけど、言葉が出なくて。何も言えなくて。
 ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしって。
 そのまま部屋に逃げ込んだ。
 
 ああ、僕の馬鹿め。愚か者め。
 ドアを背にして座り込む。
 僕ってこんなに思い切りの悪い奴だったか? 平穏に生きようとして、その生活に浸って。すっかり爪も牙も無くしてしまったか?
 いや。それで良かった。良かったんだ。
 むしろ、それを望んでいたのに。

「――考える必要なんて、ないだろう?」
 そんな声がする。幻聴だ。夢じゃないのに、声がする。
「ほら、考えるのは苦しい。ならば考えなくて良い」
 幻聴のくせに。僕のイライラした思考をゆっくりと飲み込んでいく。
 ゆっくりと。どこまでも穏やかな声で。
 僕の意識を蝕み、溶かし、沈めていく。
「ほら。何もかも忘れたって構わないよ。いっそ――消えても構わない」

 馬鹿を言うな。これは、この意識は、感情は。僕のものだ。
 
 なんて反論の言葉ひとつ返すこともできないまま。 
 僕の意識は、飲み込まれていった。
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