僕とボクの日常攻略

水無月 龍那

文字の大きさ
33 / 47
課題5:僕とボクの話

幕間:きっとうまくいくから、大丈夫

しおりを挟む
「テオ、ただいまっ」
 ばたん、と開いたドア。続く足音は機嫌よさげにぱたぱたと響く。
「おかえり。今日はご機嫌だね」
 机から顔を上げて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたノイスがいた。
「うん。やっと分かったから早く教えてあげようと思って」
「分かった?」
 問い返すと彼女はうんっ、と頷いて胸を張った。
「テオが探してる人の手掛かりよ」

 □ ■ □

 小さな教会の裏にある家。
 いつものように原付を車庫の脇に停めると、「あの」と、鈴を転がしたような声がした。
「うん?」
 振り向いた先に居たのは、金髪の少女。

 琥珀色の目に長いまつげ。第一印象はキリッとしてるけど、どこか地に足が付いてないというか、なんかふわふわとした雰囲気もある。不思議な子だ。
 そういえば爺さんが、最近外人の子が庭を見に来ると言ってた。多分、彼女の事だろう。
 見たところ正統派外国人少女。日本語通じるんだろうか。
 
「えーっと……Can you speak……Japanese?」
 とりあえずお約束的に聞いてみたけど、英会話はあまり得意じゃない。できれば日本語でごり押ししたい。
 なんて考えながら返事を待つと「すこし、なら」と、割としっかりめな日本語が返ってきた。助かった。
「うちに用事があるの?」
 俺の質問に、彼女はどこか憂うように目を伏せた。
「あの。私、人を探して、日本に来てて」
 彼女の言葉はゆっくりだけど、懸命さが伝わってくる。
「人捜しかあ。悪いけど、俺じゃ力に……」
 断ろうとしたその目の前に、彼女が差し出してきたのは一枚の絵。
「――ん?」
 思わずまじまじと見る。
 
 それは、手描きのスケッチだった。
 人相書きとか、似顔絵とかに近い。どこか不満げな表情をした青年が描かれている。
 肩で結ばれた長い髪。垂れた目。黒子。
 全体的にざっくり描かれてるし、髪型や表情は違うけど。それは。
 
「須藤……?」
 あいつによく似ていた。

「スドウ、さん? その方を知ってる、ですか?」
「あー……知り合いに似てはいるけど。親戚、とかかなあ?」
 吸血鬼だって言ってたから、結構な確率で本人かもしれないけど、そこは誤魔化すことにした。
 でも、曖昧な俺の答えに少女の表情はぱあっと輝く。
「私、この方にお会いしたい、です。ずっと探して、いて」
「なるほど」
 目の前で困ってる人が、知り合いに会いたいと言っている。
 だからといって、さくっと「いいよ」と言う訳にはいかないだろう。

 特に須藤は事情が違う。
 基本的に穏やかで争いごとは好まない性格だし、人付き合いも浅く狭くって感じだけど、過去のどこかででかい恨み買ってたりする可能性があるかもしれない。

「そうだな。すぐに返事はできないけど、そいつに聞いとく。それでいい?」
「はい、よろしくおねがいします」
「ええと。それじゃあ君の名前、聞いといてもいい?」
 少女はこくん、と頷いた。
「ノイ――ノエル。ノエルと、いいます。私の名前だと、分からないかもしれませんが……」
「ノエルちゃん。ね。わかった」
 親指をぐっと立てて頷くと、彼女はぺこり、とお辞儀をして帰って行った。

 その後ろ姿を見送って、とりあえずメールを打つ。
「ノエル、っていう外人金髪少女がお前っぽい人探してたけど、知ってる?」

 しばらくして返ってきた返事は「いや、知らないけど」だった。

 □ ■ □

「なるほど。彼がウィルの知り合いである可能性は高い訳だ」
「多分ね。一応目印もつけておいたから、接触したら分かると思う」
 ノイスの言葉にテオは「そっか」と頷いて、彼女の頭をそっと撫でる。
「ありがとう、ノイス」
「いいえ、テオのためだもの」
 ノイスは彼の手の感触に満足そうな笑みを浮かべる。
「テオが私を見つけたのは偶然だったけど。偶然も運命よ」
 テオは答えない。黙って彼女を見つめている。
「運命だって、受け入れるだけじゃない。変えることだってできるわ」
「そうだね」
 ノイスは頭から離れた手に触れ、握る。
「ああ、テオ。貴方をこんな身体にしたんだから。相応の責任は取ってもらわなきゃ」
 指の繋ぎ目を撫でる。何度も外れて繕い直した皮膚は、変色したり固まったりしている。
「もうちょっとだけ、我慢してね」
 ノイスの言葉に、テオは軽く首を傾げる。
「ノイス。俺は別に、この身体に不自由はしてないよ」
「あら。でも、ずっと彼を探してたじゃない。何度も寝言でうなされてるのを聞いたわ」
「それは……」
 テオが口ごもると、ノイスは真っ直ぐ彼を見上げて言う。
「テオは心のどこかでずっと苦しんでるのよ。きっかけは間違いなくこの身体。貴方が探してるその人」
「俺は」
「テオ」
 名前を呼ぶノイスの声は、どこか力強かった。
「大丈夫だから。心配しないで」
 にっこりと笑う。花のようで、愛らしい笑み。
 言葉を思わず飲み込んでしまうような、奥に何かを秘めた笑顔。

 彼女のそんな表情は少し苦手だったが。彼女に悪気がないとも知っている。いつだって彼女は。ノイスは真っ直ぐなのだ。
 だから。色んな言葉を飲み込んで「うん」と頷く。

「心配いらないわ。すぐに、こんな処置が必要ない身体にしてあげるから」
 ノイスはそう言って、嬉しそうにしている。

 その笑顔が何を意味するのか。
 テオが知るのはもう少し、先の話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

処理中です...