御月山

かたあげぽてとたべたい

文字の大きさ
上 下
6 / 6

整理整頓...が、出来ない。

しおりを挟む
眠りから覚めたのは、珍しくいつもより遅い刻であった。
日が完全に顔を出しきっている。
ともあればおそらくは…辰の刻の初刻だろうか?

起き抜けの状態で縁側まで行けば、外では村の人が既に仕事をしている。
要は、俺は寝坊したということだな。
いつもならば丁度日が顔を出し始める頃には起きるというのに…。

着崩れた寝巻きに、整えられていない髪。
まだ完全には覚醒していない目は半開きで、眉がひそめられている状態は正に機嫌が悪いと言ったところだ。
鏡はあまり見ないが、見なくともわかる。
まぁ、機嫌が悪い訳では無いんだが…子供たちに起き抜けをたまたま見られた時に、少し怖がられた経緯があるからな。

そんな格好で、縁側の柱に体を預け外を見ていれば、嫌でも外にいる人は気づく。


「おやぁ春月。今起きたのかい?」


「お寝坊さんねぇ。」


「ははは…えぇ、今起きました。おはようございます。」


「おはよう」


ここの畑は個人と共同がある。
俺の家の目の前にある畑は共同だ。
そこでいつも野菜の世話をするおばあさんが居る。

よく一緒に畑仕事をするので、大体俺の起床時刻は把握されているのだが…把握されているからこそ、寝坊した時はこうして少しいじられる。
そのいじりすら、愛嬌のある微笑みで許してしまえるのだから、優しいかんばせをしている人はある意味で狡いと言えよう。

おばあさんの『おはよう』はとても優しい。
ふわりと微笑んだその顔に、起き抜けの耳に心地いい声。
いつも、妙に体が浮くような感覚を覚えながら、脳が冴えていくのがわかる。

おばあさんのおかげで脳は冴えたが、次に腹の虫がを上げた。


「…朝餉あさげにするか…」


少なからず小さくはない音が鳴ったものだから、多少の羞恥を覚えながらもご飯を食べることにした。


――――――――――――――
――――――――――
――――――
――


あれから刻は進み、日が沈む頃。
月と星の輝く刻へ移ろうより前に、俺の手持ちの仕事は終わり、子供たちも家に返した。
よって今は家にいる訳だが。

…さてどうしたものか。
片付けを今日やる。とは昨日ぼんやりと決めたものの、いまいち気が乗らない。

如何せん俺は今物凄く眠い。
叶うなら今すぐにでも布団に潜り込みたい。
しかしまぁ、この頃少し散らかってきたこともあって、片付けたいとは思ってはいた。

善は急げ、とまでは言わないが、少しぐらい進めておくべきか。
もうかれこれ片付けをしたいと思ってから数ヶ月…下手をすれば一年ほどは放ったらかしだからな。
いい加減整理ぐらいするべきであろう。


「…とは言うが、まず何処から片付けたものか。」


未だに渋るのにも理由がある。
この家は何故だか無駄に広いのだ。
平屋だが、如何せん襖で仕切られている部屋が多い。
その上、襖を取っぱらってしまえば軽く宴会が開けるほどだ。
その昔、この家でよく村での宴会が開かれていたというのにも頷ける。


「…とりあえず俺のところだけでもやるか。」


自分の部屋は、畳の上で服やら本やらが散らばっている程度の散らかり具合だが、他の場所はおそらくかなり埃を被っているだろう。
久しく家には人を入れていないからな。片付けたり綺麗にする理由もない。

それと、片付けることを渋る訳が、広いだけではない。
何より自分が片付け下手なのが一番である。
母は片付けが上手で、それこそよく部屋の掃除をしていたが、見様見真似でもなかなか母のように上手く片付けることが出来ない。
母の収納術というものは、まるで寄木細工の様に洗練されていた。教えて欲しいとは言っても、いざやって見るととてつもなく難しかった記憶がある。



「さて。服は畳んで、書物は…とりあえずまとめておくか。
  …そういや、箪笥の肥やしもそこそこあった気がするな。この際断捨離もするか。」


両親がいなくなってからというもの、着るものは大抵ご近所さんからのお下がりか両親のお下がりしか着ていない。
新しく買えるほどのお金もないし、何より服には無頓着故に買う気にもなれない。
両親も最低限の服しか持ってはいなかったものの、ご近所さんからのものも割と多いし、両親のものは擦り切れているものもある。下手すれば、箪笥にしまわれたまま虫に食われてしまっているものもあるかもな。
お下がりの中には比較的真新しいものもあるし、おばあさんあたりに渡して、子供たちの服に新しく繕うのも手かもしれない。

ふむ。いいな。
下手に捨てるよりは、ものも少ないこの村ではいいことだろう。
長く使えるのであれば使った方がいいからな。

なんて考えていれば、眠気はいつの間にか去り、代わりに活力が湧いてくる。
子供たちのことを考えるだけでこうなるとは。自分でも驚きだな。
まぁ、子供たちにとって、着る服が多いことに不便はない。何よりよく汚すからな。替えはいくらあったって困らないだろう。

床に散らばる服を掻き集めて畳めば、とりあえず書物も一ヶ所に積んで纏める。それだけで大分部屋の中が片付いたように見える。
実際はそこまで片付いてないかもしれないがな。部屋の中の光源は行燈だけで薄暗い。故によく見えていない。
小物とかも転がっているかもしれないな…。

纏めた服を持って、一先ず自分の部屋にある箪笥に仕舞う…前に、一回箪笥の中身を出して断捨離をすることにした。
と言っても、自分が着る服しかないわけだから、断捨離も何も無かったんだが。
結果、要らない服は二、三着のみだった。

元より少なくて箪笥の中身もすっからかんだったのに、更に空いたように見える。
なんだか少し虚しく思えてくるな…。
両親でももう少し持っていた気がする。

服の方を終え、書物をどうしようかと考える。
書物は、自分の部屋に置きっぱなしだったものや、母の部屋から持ち出したもの。はたまたまだ両親が健在だった頃、物置状態だった部屋から興味本位でくすねたものなど、元の所在はまばらだ。
埃をかぶっていたものや色褪せているものも少なくはない。

また俺は、一度読んだものは大抵再度読み返すこともない。
よって暫くはまた棚に仕舞われることとなる。

…筈、なんだが。

如何せんこれまた厄介で。
大体が母の形見であり、時として読み聞かせてもらったものもあるので、手元に置いておきたいという欲が垣間見得る。
心情的なものだがこれも仕方が無いだろう。

まぁ、それらの本はとりあえず机の横の棚にでも閉まっておくとして。

一先ず自分の部屋は片付いた。
掃除はしていないがな。少々埃っぽいからまた後日掃除するか。

気がつけば月も天に登りきる少し前になっていた。
ふむ…?俺は少し行動するのが遅いのだろうか?
別に格段鈍間という訳でもないはずなんだが…

と、いう所で、急激な眠気と空腹感に襲われた。
この場合俺は眠気の方が勝ってしまう。
少し限界だった頃に動いたものだから、集中力が切れた今、どっと疲れが表に出たのだろう。

こういう時は大人しく寝るに限る。
出来れば他の部屋までやりたかったが…また明日だな。


「…そういや…明日は…仕事は休んでいいんだったか…」


睡魔により鈍っていく意識の中で、辛うじて布団に潜り込み、今日おばあさんに言われたことが思い出された。
ということは、明日は起きてから片付けができるな。
明るい状態でできるのは好都合だ。

沈みゆく意識はやがて底に堕ち、間もなくして穏やかな寝息が聞こえてきた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...