黒曜の誓い、竜を狩る者たち

ンヴ

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むせ返るような血と汗の匂いが、ようやく薄れ始めた頃だった。先日の蛮族の集落襲撃は熾烈を極めたが、我が蛮族討伐隊は今回も多大な戦果を挙げた。隊員たちの間には、安堵と疲労、そして次なる報酬への期待感が入り混じった独特の空気が漂っていた。

そんな静寂を破ったのは、我らが隊長、ガランの一声だった。

「ドラゴンを我々は討伐する」

鍛え上げられた巨躯を誇るガランが、突然高らかに言い放った。その言葉は、まるで静かな水面に投げ込まれた巨岩のように、隊の詰所の空気を激しく揺るがした。隊員たちの顔から血の気が引き、互いに顔を見合わせる。無理もない。ドラゴン――それはトカゲのような頭に角を生やし、多くは巨体にして翼を持つという、おとぎ話や英雄譚にこそ登場する伝説の存在だ。我々、蛮族討伐隊は、あくまで人間である蛮族を討伐することで収益を得ている国認可の組織。国内に三つある主要な討伐組織の中でも、我々が一番の成果を上げているという自負はあるが、相手にするのは常に「人」であったはずだ。

「隊長、本気で……?」

誰かが震える声で尋ねる。ガランは、その問いには答えず、ゆっくりと皆を見回した。その眼差しには、いつものような自信だけでなく、深い、底なしの決意のようなものが宿っているように見えた。

やがてガランは、重々しく口を開いた。
「俺は昔、ドラゴンに殺されかけた。ある日、俺が蛮族のリーダー格の一人を、俺の友であり蛮族討伐隊副隊長だったサラシエルと他の仲間と共に追っていると、奴は森の奥に入ったんだ」

ガランの声は、普段の豪放磊落な彼からは想像もつかないほど、静かで、そして痛みを湛えていた。隊員たちは息を飲み、彼の言葉に耳を傾ける。

「しばらく追っていると突然、大きな黒い影が下に見えた。その瞬間、大きなトカゲのような手が蛮族のリーダー格の一人を潰した。上を見ると、それはまさしくドラゴンだった」

ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音がやけに大きく響く。

「俺たちはやばいと思い逃げようとしたのだが、時すでに遅く、俺たちの仲間がドラゴンの吐いた炎の息で焼かれた。俺はそれには当たらずに済んだが……サラシエルは、身体半分に大きな火傷を負っていた」

ガランはそこで一度言葉を切り、自身の左手で右腕を掴んだ。硬質な、金属の義手が鈍い光を放つ。

「そしてドラゴンは俺に対し腕を振り下ろし、俺の右手を爪で切り裂いた。だから俺は今も右手が無く、義手だ。俺はそれでも必死に逃げた。だがあのドラゴンは追ってくる。そしてドラゴンは俺に対し、また腕を振り下ろした。その時、サラシエルは俺の背中にタックルをした。サラシエルは自分を犠牲にして俺を助けてくれたのだ。そしてドラゴンの攻撃はサラシエルに当たり、サラシエルはそのまま地面に倒れた。だがそのおかげで俺はドラゴンから逃げる事ができた」

詰所は水を打ったように静まり返っていた。誰もが、ガランの壮絶な過去と、友を失った悲しみに言葉を失っていた。

「だから俺はあのドラゴンに復讐したいのだ。死んだサラシエルの仇として! そして他にこれ以上、あのドラゴンに誰も被害に遭わない為に!」

ガランの声が熱を帯びる。彼は懐から何かを取り出し、皆の前に掲げた。それは、禍々しいまでに黒く、そして妖しい光を放つ宝石だった。

「俺は準備をしてきたんだ。あのドラゴンを倒す為に。蛮族のなかでもトップらへんに位置する奴が持っているとされる伝説の物体、邪神の宝石を求めて探し、ついに手に入れた! 蛮族長の1人を倒した事で手に入れたのだ!」

邪神の宝石……。その名を聞いただけで、背筋に悪寒が走る。

「これさえあれば我々は勝てるかもしれない。この邪神の宝石があれば、どんな攻撃からも守れてしまう。俺は蛮族と戦っている時に実験していた。この邪神の宝石はどんな能力なのかと。それにより俺が手に入れた邪神の宝石の能力は、『どんな攻撃からも身を守れる』という能力だと分かった」

ガランは続ける。
「ではなぜこれを持っていた蛮族のなかでもトップらへんに位置する奴が我々の組織に倒されたかというと、推測だがおそらく反撃しようとしたらその隙に俺に剣で刺されたからだと思う。それがなかったら我々はこの邪神の宝石を手にする事はなかっただろう。これはドラゴンを倒せる可能性がある。邪神の宝石にはそれだけの力があるはずだ。この邪神の宝石は実験では攻撃も強力だ。ビームのようなものを出せる。実験では盾を持っていた蛮族を盾ごと貫いてその蛮族を討伐した。だからあの銃弾すらも通らないと言われているドラゴンの鱗を、この邪神の宝石から出るビームなら貫くことができるかも知れない」

ガランの言葉は力強く、その宝石が持つという規格外の力は確かに魅力的だった。しかし、俺――ウルフルムは、冷静さを失ってはいなかった。

「ならば、ガランさん1人で行けばいい」

俺は静かに、しかしはっきりとガランに言った。周囲の隊員たちが、驚いたように俺を見る。

「なぜならその邪神の宝石を持っているのは、この組織の中ではガランさんしかいないですよね。我々がガランさんに協力したところで、ドラゴンに傷一つ付けられないどころか、最悪我々は全員無駄死にしてしまいます。ガランさんが言っている事は、我々をおとりにしてその隙にドラゴンに邪神の宝石から出るビームで攻撃してガランさんが倒す、という作戦のように聞こえます。それについてはどうなのでしょうか」

俺の言葉に、詰所内の空気は再び張り詰めた。ガランは、俺の目をじっと見つめていたが、やがてふっと口元を緩めた。

「ウルフルムよ、確かに今の俺の説明だけではまるで君たちにおとりになってもらおうとしている最低な人間に聞こえますね。なぜならそれは、邪神の宝石について言い忘れていたもう一つの能力についての説明をしていなかったからだ。だから今からそのもう一つの能力についての説明をするから聞いてくれ」

ガランは、その邪神の宝石を再び掲げた。

「その能力というのは……邪神の宝石で、邪神の宝石の能力を持つ邪神の宝石のレプリカを作成できるという能力だ」

レプリカだと? 隊員たちの間にどよめきが広がる。

「この能力により我々は共に戦う事ができる。この事により我々のドラゴンを倒せる可能性は更に高まっているだろう。しかし、邪神の宝石で作られたレプリカには期限がある。それは邪神の宝石でレプリカを作る時にかけた生成期間に比例する。レプリカに時間をかけて邪神の宝石の力を与え続けるほど、レプリカが存在できる時間が長くなる。更にはレプリカは使用回数のようなものもある。レプリカから出す力が大きければ大きいほど、レプリカの存在できる時間は短くなる。この使用回数のようなものも、邪神の宝石でレプリカを作る時にかけた生成期間に比例する。レプリカに時間をかけて邪神の宝石の力を与え続けるほど、レプリカの使用回数のようなものを増やす事ができる」

ガランの説明に、隊員たちの顔には驚きと、そしてわずかな希望の色が浮かび始めていた。全員が、あの宝石の力を使えるかもしれない。それは確かに、ドラゴンという途方もない敵に対して、一筋の光明となる可能性を秘めている。

だが、同時に、レプリカの生成期間や使用回数という制約は、この作戦が依然として困難なものであることを示唆していた。

ガランは、邪神の宝石を握りしめ、改めて俺たちを見据えた。
「俺は、サラシエルの無念を晴らしたい。そして、二度とあのような悲劇を繰り返させないために、あのドラゴンを討つ。お前たちにも、その力を貸してほしい」

その言葉は、もはや命令ではなく、魂からの懇願のように聞こえた。
俺は、隣に立つ古参の隊員と顔を見合わせる。彼の目にも、葛藤と、そしてかすかな覚悟のようなものが揺らめいていた。

ドラゴン討伐――それは、蛮族討伐隊の歴史において、前代未聞の挑戦となるだろう。そして、その鍵を握るのは、ガランが手にした禍々しくも強力な「邪神の宝石」と、そこから生み出されるという「レプリカ」。

俺たちの運命は、この伝説の怪物との戦いに、否応なく巻き込まれようとしていた。
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