黒曜の誓い、竜を狩る者たち

ンヴ

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ルナが蛮族討伐隊の一員となってから、数日が過ぎた。詰所の空気は、当初の戸惑いから、徐々に好奇心と、そしてある種の親しみへと変わりつつあった。それは、何よりもルナ自身の天真爛漫な性格と、俺が責任を持って彼女の面倒を見ている姿が、隊員たちの警戒心を少しずつ解きほぐしていったからだろう。

ルナは、驚くほど早く人間の生活に順応した。最初はぎこちなかった言葉遣いも、日を追うごとに滑らかになり、隊員たちとも積極的にコミュニケーションを取ろうとする。特に、女性隊員たちはルナの可愛らしさにすっかり夢中になり、あれこれと世話を焼いていた。

「ウルフルムさん、ルナちゃん、今日の訓練、見学してもいいですか?」
ある朝、食事を終えた俺とルナに、若い女性隊員が声をかけてきた。

「ああ、構わないよ。だが、あまり邪魔にならないようにな」
俺は苦笑しながら答えた。ルナは、俺が訓練をする様子をいつも興味深そうに眺めている。

「やったー! ルナちゃん、一緒に行こう!」
女性隊員は、ルナの手を引いて訓練場へと向かう。ルナも嬉しそうに彼女について行った。

訓練場では、隊員たちがいつものように汗を流していた。俺も準備運動を済ませ、木剣を手に取る。
ルナは、訓練場の隅で、女性隊員と一緒に俺の訓練を見学していた。その青い瞳は、俺の動きの一つ一つを真剣に見つめている。

俺が型稽古を終え、一息ついていると、ルナが駆け寄ってきた。
「ウルフルム、すごい! あんなふうに剣を振るえたら、かっこいいだろうな!」
ルナは、目を輝かせながら言った。

「はは、ありがとう。だが、これは長年の鍛錬の賜物だよ。ルナもやってみるか?」
俺は、軽い気持ちでそう尋ねた。

「うん! やってみたい!」
ルナは、元気よく答えた。

俺は、子供用の小さな木剣をルナに渡し、基本的な構えを教えた。ルナは、真剣な表情で俺の指示に従い、ぎこちないながらも木剣を構える。その姿は、微笑ましくもあったが、同時に、彼女の頭にある小さな角が、否が応でも彼女の正体を思い出させた。

「よし、じゃあ、ゆっくりと振ってみようか」
俺が言うと、ルナは頷き、小さな体で力いっぱい木剣を振るった。

その瞬間。

ヒュンッ!

ルナが振るった木剣から、鋭い風切り音が響いた。そして、彼女が狙ったわけでもないだろうに、数メートル先にあった訓練用の丸太が、まるで鋭利な刃物で斬られたかのように、スパッと二つに切断されたのだ。

訓練場にいた全員が、息を飲んだ。
切断面は、まるで鏡のように滑らかで、熱で溶けたような痕跡も見られる。それは、尋常な力で成せる業ではない。

ルナ自身も、自分のしたことに驚いたのか、目を丸くして切断された丸太と自分の持っている木剣を交互に見ている。
「あれ……? なんで……?」

「ルナ……今のは……」
俺は、言葉を失いながらルナに近づいた。彼女の小さな手は、まだ木剣を握りしめている。

「今の、わたしがやったの……?」
ルナは、不安そうに俺を見上げる。

「……ああ、そうみたいだな」
俺は、何とか平静を装って答えた。しかし、内心では大きな衝撃を受けていた。
これが、元ドラゴンの力の一端なのか……。無意識のうちに、これほどの力を発揮できるとは……。

「すごいじゃないか、ルナちゃん!」
最初に沈黙を破ったのは、ガランだった。いつの間にか、訓練場に来ていたらしい。
「その歳で、あれほどの切れ味とは……末恐ろしいな」
ガランは、豪快に笑っているが、その目には鋭い光が宿っている。

他の隊員たちも、驚きと興奮が入り混じった表情でルナを見つめている。

「ルナ、もう一度やってみてくれるか?」
ガランが、ルナに声をかけた。

「え……でも……」
ルナは戸惑っているようだった。

「大丈夫だ、ルナ。俺がついている」
俺は、ルナの肩に手を置き、優しく言った。
「何も考えずに、さっきと同じように振ってみてごらん」

ルナは、こくりと頷き、再び木剣を構えた。そして、深呼吸を一つすると、ゆっくりと木剣を振り下ろす。

しかし、今度は何も起こらなかった。木剣は、ただ空を切るだけで、何の力も感じられない。

「あれ……?」
ルナは、不思議そうに首を傾げる。

「ふむ……」ガランは、顎に手をやりながら考え込んでいる。「どうやら、常に力を発揮できるわけではないようだな。何か、条件があるのか……あるいは、本人の意識が関係しているのか……」

「おそらく、無意識の内に、かつてのドラゴンの力が発現したのでしょう」
俺は推測を述べた。「本人は、まだその力の制御方法を分かっていないのかもしれません」

「だとしたら、厄介だな」ガランは言った。「その力を自在にコントロールできるようになれば、我々にとってこれ以上ない戦力となるだろうが……もし暴走でもすれば、手がつけられん」

その言葉に、詰所の空気が再び緊張する。ルナの持つ潜在的な力は、希望であると同時に、大きなリスクも孕んでいるのだ。

「ルナ」俺は、ルナに向き直った。「君の力は、とてもすごいものだ。でも、それを正しく使うためには、訓練が必要だ。俺と一緒に、その力をコントロールする方法を学んでみないか?」

ルナは、俺の顔をじっと見つめ、そして力強く頷いた。
「うん! わたし、ウルフルムみたいに強くなりたい! そして、みんなの役に立ちたい!」

その言葉は、ルナの心からの願いのように聞こえた。彼女は、自分の持つ強大な力を、破壊のためではなく、誰かを守るために使いたいと思っているのかもしれない。

「よし、決まりだな」ガランは、満足そうに頷いた。「ウルフルム、ルナの訓練は、お前に一任する。だが、くれぐれも無理はさせるなよ。そして、常に目を光らせておけ」

「はい、承知しました」

こうして、ルナの本格的な「力」のコントロール訓練が始まった。それは、これまでの蛮族討伐隊の訓練とは全く異なる、未知への挑戦だった。

訓練は困難を極めた。ルナは、自分の力をいつ、どのように発揮できるのか、全く理解していなかった。時には、くしゃみをしただけで周囲の物が吹き飛んだり、逆に、集中して力を込めようとしても、何も起こらなかったりした。

俺は、辛抱強くルナに付き添い、様々な方法を試した。瞑想、イメージトレーニング、そして、邪神の宝石のレプリカを使った力の増幅や制御の訓練。邪神の宝石の力は、ルナの力とは性質が異なるため、直接的な助けにはならなかったが、力の流れを意識するという点では、多少なりとも効果があったようだ。

日々は過ぎていき、ルナは少しずつ、自分の力の片鱗を掴み始めていた。それは、まだ不安定で、ごく稀にしか発現しなかったが、確実に成長の兆しは見えていた。

そして、そんなある日。
詰所に、緊急の報せが舞い込んできた。

「隊長! 大変です! 北方の村が、大規模な蛮族の集団に襲撃されています! かなりの被害が出ている模様です!」

その報せに、詰所内は騒然となった。
「よし、直ちに出撃準備だ!」
ガランの号令が飛ぶ。

俺も、すぐさま戦闘準備を整えた。ルナは、不安そうな顔で俺を見つめている。
「ウルフルム……わたしも……」

「ルナ、君はここに残ってくれ」俺は、ルナの頭を優しく撫でた。「まだ君の力は不安定だ。戦場に連れて行くわけにはいかない」

「でも……」
ルナは、何か言いたそうだったが、俺の真剣な表情を見て、黙って頷いた。

「必ず、無事に帰ってくる。だから、いい子で待っているんだぞ」
俺は、そう言い残し、他の隊員たちと共に詰所を飛び出した。

戦場は、想像以上に悲惨な状況だった。村のあちこちで火の手が上がり、蛮族たちの雄叫びと、村人たちの悲鳴が響き渡っている。

「総員、突撃! 村人を守り、蛮族どもを殲滅する!」
ガランの号令と共に、俺たちは蛮族の集団に切り込んでいった。

しかし、敵の数は予想以上に多く、しかも統率が取れている。かなりの手練れがいるようだ。
俺は、邪神の宝石のレプリカを起動し、次々と襲いかかってくる蛮族を斬り伏せていく。だが、敵は後から後から湧いてくる。

「くそっ、キリがない……!」
ザナックが悪態をつく。

その時、一際大きな体躯の蛮族が、ガランに向かって突進してきた。その手には、巨大な戦斧が握られている。おそらく、この集団のリーダー格だろう。

「隊長、危ない!」
俺は叫んだが、間に合わない。ガランは他の蛮族と交戦中で、リーダー格の接近に気づいていない。

戦斧が、ガランの背中に振り下ろされようとした、その瞬間。

突風が巻き起こり、何かがリーダー格の蛮族とガランの間に割って入った。

それは、小さな白い影――ルナだった。

「ルナ!? なぜここに!?」
俺は驚愕した。

ルナは、小さな体を精一杯広げ、ガランを庇うように立ちはだかっていた。その手には、いつの間にか俺が訓練で使っていた木剣が握られている。

「させない……! ガランさんを、傷つけさせない!」

ルナの叫びと共に、彼女の体から、眩いばかりの白い光が迸った。そして、その光は木剣に収束し、木剣はまるで聖剣のように輝き始めた。

リーダー格の蛮族は、その異様な光景に一瞬怯んだが、すぐに獰猛な笑みを浮かべ、戦斧をルナに向かって振り下ろした。

「ルナあああっ!」
俺は絶叫した。

しかし、次の瞬間、信じられない光景が俺の目に飛び込んできた。

ルナが振るった輝く木剣が、リーダー格の蛮族の戦斧を、まるで紙切れのように両断したのだ。そして、そのままの勢いで、木剣は蛮族の胸を貫いた。

「グ……ア……!?」
リーダー格の蛮族は、信じられないといった表情で自分の胸を見下ろし、そして、力なくその場に崩れ落ちた。

戦場は、水を打ったように静まり返った。
蛮族たちも、そして我々蛮族討伐隊の隊員たちも、目の前で起こった出来事に、ただ呆然と立ち尽くしている。

ルナは、荒い息をつきながら、その場に膝をついた。木剣の輝きは消え、彼女の体から放たれていた光も収まっている。

「……やった……の……?」
ルナは、小さな声で呟いた。

俺は、我に返り、ルナの元へ駆け寄った。
「ルナ! 大丈夫か!?」

「うん……ちょっと、疲れちゃった……」
ルナは、弱々しく微笑んだ。

その時、リーダーを失った蛮族たちが、恐れをなして逃げ始めた。
「追撃するぞ! 一匹たりとも逃がすな!」
ガランの号令が響き渡り、隊員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げる蛮族を追撃し始めた。

俺は、ルナを抱きかかえた。彼女の体は、驚くほど軽かった。
「よくやったな、ルナ。君のおかげで、ガランさんも、村も救われた」

「ほんと……? わたし、みんなの役に立てた……?」
ルナは、嬉しそうに俺の顔を見上げた。

「ああ、もちろんだ」
俺は、力強く頷いた。

この日、ルナは初めて、自分の意志で、そして誰かを守るために、その強大な力の一端を解放した。
それは、蛮族討伐隊にとって、そしておそらくルナ自身にとっても、大きな転機となる出来事だった。
元ドラゴンの少女は、もはや単なる保護対象ではない。彼女は、我々にとって、かけがえのない仲間であり、そして新たな希望の光となり得る存在なのだ。

だが、同時に、俺の心には一抹の不安もよぎっていた。
ルナの力は、あまりにも強大すぎる。
もし、この力が悪用されたら……あるいは、制御できなくなってしまったら……。
その時、俺は、ガランとの約束を果たすことができるのだろうか。

俺は、腕の中で安堵したように目を閉じるルナの寝顔を見つめながら、改めてその重責を噛み締めていた。
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