黒曜の誓い、竜を狩る者たち

ンヴ

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カイロスとの激闘から数年。世界は束の間の平和を享受していたが、アウストラの星詠みは、世界の深奥で微かな「歪み」が再び生まれ始めていることを捉えていた。それは、特定の敵意ではなく、まるで世界の法則そのものが静かに侵食されていくかのような、捉えどころのない不気味な予兆だった。

時を同じくして、王国の古文書庫の奥深くで、エルネスト魔術師団長とアルドリスが、一枚の古びた羊皮紙を発見する。そこには、遥か昔、世界がまだ若かった頃の伝承が記されていた。

「『時が生まれ、因果が紡がれ、虚無が囁く時、世界は三つの試練に見舞われる。一つは、過去の亡霊。一つは、運命の枷。そして最後の一つは、存在そのものの揺らぎ。されど、揺るぎなき絆と、未来を諦めぬ心が、世界を照らす一筋の光となるであろう……』」

エルネストとアルドリスは、この不吉な伝承が、アウストラの予見する「歪み」と関連しているのではないかと、強い懸念を抱く。そして、その「光」とは、ウルフルムたちのことを指しているのではないかと。

一方、世界のどこかで、かつてウルフルムたちに敗れた因果の紡ぎ手・アトロポスの魂の欠片が、微かに蠢き始めていた。そして、原初の虚無が消滅した際に散らばった「虚無の残滓」もまた、世界の歪みに呼応するように、ゆっくりとその力を集め始めていた。彼らの不完全な復活の兆しは、まだ誰にも気づかれていなかった。


ウルフルムは、ルナや仲間たちと共に、故郷の村で変わらぬ平和な日々を送っていた。畑仕事に精を出し、村の子供たちに剣術を教え、時にはかつての仲間たちと酒を酌み交わし、昔の冒険譚に花を咲かせる。邪神の宝石のレプリカが埋め込まれた愛剣は、家の壁に静かに飾られ、その虹色の輝きも今は穏やかだ。

しかし、ウルフルムは時折、言いようのない胸騒ぎや、現実感が薄れていくような奇妙な感覚に襲われることがあった。夢の中では、かつて戦った敵たちの姿や、大切な仲間を失う不吉な光景が繰り返し現れる。それは、世界の「歪み」が、彼の鋭敏な魂に微かな影響を与え始めている証拠だったのかもしれない。

ルナもまた、その聖なる力で、世界のどこかで何かがおかしくなり始めていることを、ぼんやりと感じ取っていた。彼女の癒しの光は、以前にも増して輝きを増していたが、時折、その光が揺らぎ、不安げな表情を見せることがあった。

ザナック、カイ、リアラ、リオ、セナといった仲間たちも、それぞれの場所で平和な日々を送りながらも、心のどこかで、再び訪れるかもしれない戦いの予感を感じ取っていた。


ある嵐の夜、ウルフルムたちの村に、一人の謎めいた青年が訪れる。銀色の髪を長く伸ばし、常に懐中時計を手にしているその男は、クロノス・クロイツと名乗った。
「ウルフルム殿、そして光の乙女ルナ殿にお会いしたい。世界が、重大な危機に瀕しています」

クロノスは、自らを「時を観測する者」と称し、世界各地で発生している不可解な現象について語り始めた。人々が突然過去の記憶を失ったり、未来の出来事を予知したり、あるいは存在しないはずの人物や場所が出現したりと、時間軸そのものが狂い始めているというのだ。

「これは、単なる偶然ではありません。何者かが、意図的に世界の『時間』と『因果』を歪めようとしているのです。このままでは、世界は矛盾と混乱に満ち、やがて存在そのものが崩壊してしまうでしょう」
クロノスの言葉は、ウルフルムたちに衝撃を与えた。

時を同じくして、アウストラからも緊急の連絡が入る。彼女の星詠みが、かつて倒したはずの因果の紡ぎ手・アトロポスの復活と、虚無の残響・エコーの再活性化を捉えたというのだ。
「アトロポスは、より巧妙な手口で人々の運命を弄び、エコーは、人々の心の奥底にある虚無感を増幅させ、世界を内側から蝕んでいます。そして、その背後には、さらに強大な、時間を操る何者かの影が……!」


ウルフルムたちは、クロノスの導きとアウストラの星詠みを頼りに、世界の歪みが最初に顕著に現れたという「記憶の森」へと向かう。そこは、訪れた者の過去の記憶が具現化し、時には現実と区別がつかなくなるほど鮮明な幻影を見せるという、危険な場所だった。

森に足を踏み入れた瞬間、ウルフルムたちは、アトロポスの巧妙な罠にかかってしまう。彼女は、ウルフルムたちの過去の記憶を巧みに操作し、仲間同士の間に不信感や誤解を生じさせようとするのだ。
ウルフルムは、サラシエルに裏切られた時の絶望的な記憶を繰り返し見せられ、仲間を信じることに恐怖を覚える。
ルナは、かつてドラゴンだった頃の孤独な記憶と、人間への不信感を植え付けられ、ウルフルムたちから距離を置こうとする。
ザナックは、過去の戦いで仲間を守れなかったという罪悪感を刺激され、自暴自棄になりかける。

「フフフ……どうだ、ウルフルム。お前たちのその脆い絆など、過去の真実の前には無力だろう? お前たちは、しょせん互いを理解し合うことなどできない、孤独な存在なのだ」
アトロポスの嘲笑う声が、森の中に響き渡る。

仲間たちの心がバラバラになりかけ、絶望的な状況に陥った時、ウルフルムの胸元で、精霊の護符が温かい光を放った。そして、彼の心の奥底から、かつて森の賢者から授かった言葉が蘇る。
『揺るぎなき絆と、未来を諦めぬ心が、世界を照らす一筋の光となるであろう……』

「違う……! 俺たちは、孤独なんかじゃない!」
ウルフルムは、アトロポスの呪縛を振り払い、叫んだ。
「たとえ過去にどんな過ちや悲しみがあったとしても、俺たちはそれを乗り越えて、今ここにいる! 俺たちの絆は、そんなことで揺らぐほど、弱くはない!」

ウルフルムの魂の叫びは、仲間たちの心にも届き、彼らをアトロポスの記憶操作から解放する。そして、彼らは改めて互いの絆の強さを確認し、アトロポスに立ち向かう決意を固める。

アトロポスは、ウルフルムたちの予想以上の抵抗に驚きながらも、さらに強力な運命の糸を操り、彼らを絶望へと引きずり込もうとする。
「ならば、お前たちに、変えられない絶望の運命を見せてやろう!」

記憶の森を舞台にした、アトロポスとの最初の戦いが、今、始まろうとしていた。
そして、その背後で糸を引く、時の略奪者・カイロスの影。
ウルフルムたちの、新たな、そして最も困難な戦いの幕が、静かに上がった――。
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