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第二部 変貌
第二章 予期せぬ温もり
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裕子入社3年目「社長室」
20●0年3月7日 PM 9:00
※※※※※※※※※※※※※※※
「ど、どないしたんや・・・?」
幸造が驚いた顔で尋ねた。
それもその筈である。
深夜近い夜9時の社長室に制服姿の秘書がいた。
しかも振り向いた両目から涙が頬を濡らしているのだ。
「どないしたんや・・・?」
同じ言葉を繰り返すほど男は狼狽えていた。
息子である専務からは裕子は気の強い性格で、男以上に仕事ができると聞かされていたからだ。
この二週間、専属秘書として共に過ごす内に納得するほどのスキルの高さだと認めていた。
それが今。
まるで少女のように怯えた表情で涙を流している。
秘書と言っても残業をするほどの業務は無い。
早苗もとっくに帰っている時刻である。
人生を含め女性経験が豊富な幸造は直ぐに察した。
裕子の答えを待たずにソファーに静かに座る。
裕子は恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。
まさか社長が会社に戻ってくるとは想像もしていなかった。
今夜は政治家との会食で帰らないと聞いている。
戻った理由を考えるよりも自分の泣いた姿を見られたことが、裸を晒したように恥ずかしかった。
男の問いに答えることもできず、俯いたまま動けなかった。
あの日の役員のように問い詰められることを思うと、怖くなってしまう。
もしかしたら。
企業スパイかと疑われているかもしれない。
怯える裕子の姿に男が表情を変えた。
パンと音を出して膝を叩き、陽気な声で言った。
「コーヒー!」
大きな声にビクッと顔を上げた。
「すまんけど、熱いコーヒー・・・
いれてくれるかぁ・・・?」
「は、はいっ・・・」
反射的に声を出し、頭を下げた裕子は小走りに社長室を出ていった。
秘書室脇のパントリーでコーヒーメーカーをセットしながら、フッと口元が緩んだ。
夢中で作業するうちに、さっきまでの寂しさが消えているような気がしたからだった。
「お待たせしました・・・」
コトリと、カップをテーブルに置いた。
「ありがとなぁ・・・」
一言呟き、男は熱そうに啜った。
「あぁー・・うまいっ・・・」
人懐こい笑顔に胸がキュンとなった。
昨日まで、いや、さっきまで大嫌いだった男なのに。
予期せぬ温もりに包まれている気がした。
「大変やったなぁ・・・」
「えっ・・・?」
意外な言葉に声が漏れる。
「こんな遅い時間まで、残業かいな?」
「そ、それは・・・」
戸惑う裕子に問い正すことも無く優しく言った。
「ほんでも遅いから早よ、帰りぃ・・・」
「はい・・・」
裕子も素直な声で答えた。
自分でも顔が綻んでいるのが分かった。
※※※※※※※※※※※※※※※
秘書室のロッカーで着替えを終えると、社長室のドアをノックした。
「おはいり・・・」
中に入ると、男はデスクで書類に目を通していた。
「では、お先に失礼します・・・」
「あっ・・ちょっと、待って・・・」
男の声にドキッとした。
まさかとは思うが、普段の行いから何かされるのではと無意識に身構えてしまうのである。
「ははは・・・」
裕子の気持ちが分かるのか、幸造は苦笑いした。
スキンヘッドの頭をかきながら照れくさそうに近づいてくる。
「これ・・な・・・」
内ポケットから包みを取り出すと裕子に手渡した。
「飲み屋の女に買うたもんで悪いけど・・・」
キョトンと見返す裕子の手に更に一万円札を重ねた。
「遅いから、タクシーで帰りぃ・・・」
そのままデスクに戻ると書類に没頭していく。
「あ、あの・・・」
返そうとしたが男の無言の圧力に声が途切れた。
「失礼します・・・」
裕子がドアの向こうに消えても男は顔を上げなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
胸のざわめきが収まらないまま裕子はタクシーに乗り、自宅の住所を告げた。
ふと、ポケットの中の包みに気づいた。
開けてみるとブランドロゴがついた箱だった。
中身はプラチナ製のブレスレットウォッチだ。
一目で高価な品だと分かる。
多分、百万円以上はするだろう。
元々セレブな裕子には理解できる。
それにしても。
気軽にプレゼントする金額ではない。
もしかすると。
飲み屋の女へと言いながら裕子のために用意されていたものかもしれない。
「そんなこと・・・」
小さく首を振って否定する。
それは自分の気持ちに対してもだった。
大嫌いだった男からのプレゼントを喜ぶなんて。
不条理すぎて笑ってしまう。
それでも。
包みを渡した時の男の温もりが手の中に残っていた。
裕子は無意識に窓に映る自分を見た。
その顔は。
穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
20●0年3月7日 PM 9:00
※※※※※※※※※※※※※※※
「ど、どないしたんや・・・?」
幸造が驚いた顔で尋ねた。
それもその筈である。
深夜近い夜9時の社長室に制服姿の秘書がいた。
しかも振り向いた両目から涙が頬を濡らしているのだ。
「どないしたんや・・・?」
同じ言葉を繰り返すほど男は狼狽えていた。
息子である専務からは裕子は気の強い性格で、男以上に仕事ができると聞かされていたからだ。
この二週間、専属秘書として共に過ごす内に納得するほどのスキルの高さだと認めていた。
それが今。
まるで少女のように怯えた表情で涙を流している。
秘書と言っても残業をするほどの業務は無い。
早苗もとっくに帰っている時刻である。
人生を含め女性経験が豊富な幸造は直ぐに察した。
裕子の答えを待たずにソファーに静かに座る。
裕子は恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。
まさか社長が会社に戻ってくるとは想像もしていなかった。
今夜は政治家との会食で帰らないと聞いている。
戻った理由を考えるよりも自分の泣いた姿を見られたことが、裸を晒したように恥ずかしかった。
男の問いに答えることもできず、俯いたまま動けなかった。
あの日の役員のように問い詰められることを思うと、怖くなってしまう。
もしかしたら。
企業スパイかと疑われているかもしれない。
怯える裕子の姿に男が表情を変えた。
パンと音を出して膝を叩き、陽気な声で言った。
「コーヒー!」
大きな声にビクッと顔を上げた。
「すまんけど、熱いコーヒー・・・
いれてくれるかぁ・・・?」
「は、はいっ・・・」
反射的に声を出し、頭を下げた裕子は小走りに社長室を出ていった。
秘書室脇のパントリーでコーヒーメーカーをセットしながら、フッと口元が緩んだ。
夢中で作業するうちに、さっきまでの寂しさが消えているような気がしたからだった。
「お待たせしました・・・」
コトリと、カップをテーブルに置いた。
「ありがとなぁ・・・」
一言呟き、男は熱そうに啜った。
「あぁー・・うまいっ・・・」
人懐こい笑顔に胸がキュンとなった。
昨日まで、いや、さっきまで大嫌いだった男なのに。
予期せぬ温もりに包まれている気がした。
「大変やったなぁ・・・」
「えっ・・・?」
意外な言葉に声が漏れる。
「こんな遅い時間まで、残業かいな?」
「そ、それは・・・」
戸惑う裕子に問い正すことも無く優しく言った。
「ほんでも遅いから早よ、帰りぃ・・・」
「はい・・・」
裕子も素直な声で答えた。
自分でも顔が綻んでいるのが分かった。
※※※※※※※※※※※※※※※
秘書室のロッカーで着替えを終えると、社長室のドアをノックした。
「おはいり・・・」
中に入ると、男はデスクで書類に目を通していた。
「では、お先に失礼します・・・」
「あっ・・ちょっと、待って・・・」
男の声にドキッとした。
まさかとは思うが、普段の行いから何かされるのではと無意識に身構えてしまうのである。
「ははは・・・」
裕子の気持ちが分かるのか、幸造は苦笑いした。
スキンヘッドの頭をかきながら照れくさそうに近づいてくる。
「これ・・な・・・」
内ポケットから包みを取り出すと裕子に手渡した。
「飲み屋の女に買うたもんで悪いけど・・・」
キョトンと見返す裕子の手に更に一万円札を重ねた。
「遅いから、タクシーで帰りぃ・・・」
そのままデスクに戻ると書類に没頭していく。
「あ、あの・・・」
返そうとしたが男の無言の圧力に声が途切れた。
「失礼します・・・」
裕子がドアの向こうに消えても男は顔を上げなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
胸のざわめきが収まらないまま裕子はタクシーに乗り、自宅の住所を告げた。
ふと、ポケットの中の包みに気づいた。
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一目で高価な品だと分かる。
多分、百万円以上はするだろう。
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それにしても。
気軽にプレゼントする金額ではない。
もしかすると。
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「そんなこと・・・」
小さく首を振って否定する。
それは自分の気持ちに対してもだった。
大嫌いだった男からのプレゼントを喜ぶなんて。
不条理すぎて笑ってしまう。
それでも。
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その顔は。
穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
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