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突然、抱き締められる
「エヴァ。ナタリーから聞いたことを正確に述べよ。
──王命だ」
逃げられない。
私は息を整え、ゆっくりと口を開いた。
「……伝令の報告通りでございます。
ですが、アレクシスは王位を狙ったのではなく、私を手に入れたかっただけです。
謀反ではありません」
王の目が細くなる。
「王妃の不義密通は極刑である。
また王家の政略結婚を壊そうとすることも国家転覆罪となる」
「しかし──」
「王子を臣下が罠に嵌めること自体が、謀反なのだ。
なぜ、わからん?」
私は黙り込んだ。
どう言えばいいのか、わからない。
その時、王妃が問いかけてきた。
「なぜ、すぐ私達に報告しなかったの?」
「……次の王は、アレクシス以外にいないからです。
エドモンが王族に復籍すれば国内に混乱が広がり、やがては──」
「エヴァ。あなたは王妃候補なのであって、王妃ではないわ。
今は、まだ公爵令嬢なの。
判断すべきは私たちよ」
「申し訳ありませんでした」
私は頭を下げた。
王が冷たく命じる。
「衛兵。エヴァとクラウディオも拘束し、取り調べせよ。
家宅捜索も早急に行うように」
衛兵が近づいてくる。
私は抵抗しなかった。
クラウディオも同じだった。
ガゼルは、最後に息子へ向き直る。
「エドモンは、捜査が終わるまで王宮に留まるように。
ナタリーの死の公表は保留とする」
エドモンは神妙な顔を作っていたが──
その口元には、笑いが漏れていた。
私はその笑みを見て、背筋が凍った。
──この人は、この状況を心の底から喜んでいる。
廊下を歩く足音が、やけに大きく響く。
両側を衛兵に挟まれ、私はただ前を見て歩いた。
その横で、クラウディオが小声で囁く。
「君は報告を怠ったこと以外、何もしていない。
堂々としているんだ」
私は唇を噛んだ。
「だけど、アレクシスは──」
「アレクシスのことは切り捨てろ。
自分だけ助かることを考えて」
思わず足が止まりそうになった。
「何ですって?」
クラウディオは、平静だった。
「共倒れしたら全員、助からない。
気をしっかり持つんだ」
そんなこと──
「君なら大丈夫」
その言葉に、私は目を伏せた。
大丈夫なんかじゃない。
アレクシスが捕らわれているのに、私だけ助かるなんて──
しかも、私がナタリーに会いに行ったせいで。
クラウディオが、ふっと苦笑した。
「……君は、もっと強いと思っていたよ」
私も、そう思っていた。
「恋は人を弱くするのね。
初めて知ったわ」
「恋を乗り越えて愛になれば、恋を知る前よりもっと強くなるさ」
「まるで経験者みたいだわ」
クラウディオは、少しだけ照れたように肩を竦めた。
「君に捨てられたおかげで、俺も強くなった」
その言葉に、今度は私が肩を竦めた。
私を好きでもないくせに、愛の告白みたい。
でも──こんな状況なのに、少しだけ心が軽くなった。
夜の貴族牢は静かだった。
私は小さな窓から外を眺めていた。
事情聴取といっても、ナタリーから聞いたこと以外、何も知らない。
だから取り調べは、すぐに終わった。
でも、家には帰されず「沙汰が出るまで待機」と言われた。
──ナタリーのところに行かなければ良かった。
私が余計なことしたせいで、アレクシスが……。
ノックもなく、突然ドアが開いた。
驚いて振り向く。
そこに立っていたのは──エドモン。
「エヴァ……取引をしに来た」
「取引?」
エドモンは、ゆっくりと近づいてきた。
ヘーゼルの目は、どこか狂気じみている。
「私の子を産むんだ。
そうすれば君は未来の国母だ。
この先、何があろうと身の安全は保証される」
私は息を呑んだ。
──エドモンの言うことは、事実だった。
ナタリーの産んだ子は、平民の血が半分混ざっている。
もし私とエドモンの子が生まれれば、その子が次の王になる可能性は高い。
エドモンが王族に復帰しなくても、だ。
なぜなら、彼が唯一の直系だから。
「私の子を産む代わりにアレクシスの助命嘆願をすれば、アレクシスは処刑されず幽閉で済む。
クラウディオが王になるかはわからないが、良くて中継ぎだろう。
それ以外は血が遠いからな。難しい判断だ」
私は喉が乾くのを感じた。
「すぐに答えは……」
「時間稼ぎは悪手だ。
どうせアレクシスは物証を残してない。
捜査は、すぐに終わるだろう」
エドモンの言うことは、的を得ていた。
アレクシスは証拠を残さない。
そして幽閉で済めば、兄クラウディオが王になった時に恩赦される。
処刑されてしまったら、どうにもならない。
──しかし……。
どうもタイミングが良すぎる。
まさか、ナタリーをやったのはエドモン……?
いいえ、それは無理。
彼は監禁されていた。
では、アレクシス……?
それとも、アレクシスに罪を被せたい人──王夫妻?
他にもナタリーが邪魔な人はいる。
王妃候補……私と親族。
純血主義者。
側室候補。
現王に反発する勢力。
国内の混乱に乗じたい諸国。
容疑者が多すぎる。
考えがまとまらないまま突然、腕を引かれた。
エドモンに抱きしめられたのだ。
「っ! ま、待って、エドモン」
押し返そうとしたが、びくともしない。
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