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ラスト/家族で
地下牢屋。
湿った石壁と鉄格子の匂いが鼻を刺す。
私は衛兵に案内され、牢の前に立った。
「どういうことだ?!
俺に、こんなことしてタダで済むと思うのか?」
夫は鉄格子にしがみつき、怒鳴り散らしている。
金髪は乱れ、戦場で焼けた肌が赤くなっていた。
「思ってるから、やってるんでしょう。
──はい」
私は、新しい法律書を差し出した。
夫は奪い取るようにしてページをめくり、次の瞬間、顔色を変えた。
「ドレイモンド子爵領地法1024条……妻は、いつでも夫と離婚できる……?
1025条……離婚理由が夫の不倫だった場合、夫と不倫相手は斬首っ?!
爵位を含む資産は、慰謝料として没収?!
なんだ、こりゃあ?! こんな横暴まかり通ってたまるか!」
私は淡々と答えた。
「通るのでしょうね。ここは子爵領ですから」
夫は理解していない。
伯爵以上の大領地なら議員がいて、法改正には会議が必要だ。
だが、子爵以下の小領地は貴族が少なく、領主が独断で決められる。
もちろん、税率を変えるなど領民に不利益が出れば王宮から注意が入る。
しかし──
夫の不倫を罰する法律は、領民に一切の不利益を与えない。
だから、私は戦時中に正式な領主代理権を使って法を改正した。
夫は鉄格子を握りしめ、震える声で叫んだ。
「ま、待て……本気で言ってるのか……?」
私は微笑んだ。
「本気に決まっているでしょう。
あなたが“第2夫人”など連れてきた瞬間から、こうなる未来しかなかったのよ」
牢屋の冷たい空気が、夫の絶望をより鮮明にした。
戦地でイチャついてるだけなら良かったけど、私の守った領地に寄生するのは許さない。
投獄1日目。
2人はただ膝を抱え、互いに背を向けて沈黙していた。
3日目には、狭い牢の中で罵り合いが始まる。
5日目には、夫が愛人を殺害。
その肉を貪った。
──と、衛兵から報告があった。
10日目には、夫は言葉を失う。
12日目には、衰弱が進み、まともに立つこともできなくなった。
14日目、湿った空気が肌にまとわりつく。
私は鉄格子の前に立ち、うずくまる夫を見下ろした。
「お加減は、如何かしら?」
「あーうーあーあー……」
言葉にならない声。
焦点の合わない目。
「もう良くならないのかしらね」
「うー……あー……」
私は衛兵に向き直った。
「では、逃げられないようアキレス腱を切って、使用人部屋に入れて生かして頂戴。
暴れたら縛っていいわ。
ついでにアソコも切り落としておいて」
衛兵たちは、義憤を持って頷いた。
半年後。
使用人部屋に向かう廊下を歩いていると、床を這う影が視界に入った。
「あら?」
見ると痩せ細ったカシアンが、こちらを見上げていた。
金髪はぼさぼさで、かつての威厳は欠片もない。
「お、お前……! お前ぇ……!」
「正気に戻ったの?
喋れるようになったのね」
「お前のせいで! 俺は……俺は……」
そこへ、ヘルマンが歩いてきた。
黒髪を整え、落ち着いた気品を纏った姿は、カシアンとは対照的だった。
「どうした?」
カシアンは2人の距離を見て、目を剥いた。
「な、なんだ、その距離は?!」
「彼は内縁の夫だけど」
「はっ、不倫じゃないか!
お前も死刑だ、ざまぁ見ろ!」
カシアンは狂ったように笑った。
私はため息をつき、法律書を開いた。
「前にも見せてあげたでしょう?」
「え?」
「『夫の不貞は』と書いてあるだけで、妻に関しては何も書いてないのよ」
夫の笑い声が止まった。
その顔に浮かんだのは、理解と絶望が混ざった表情だった。
すると今度はシャツを握りしめ、顔を真っ赤にして叫んだ。
「そんな馬鹿な! そんな理不尽なことあるか?!」
私は首を、こてんと傾けた。
「そうかしら」
この国では、男尊女卑が“常識”として扱われている。
夫が離縁を望めば妻は従い、妻から離婚を言い出すことは許されない──
そんな“風潮”がある。
だが、それはあくまで風潮であって国法ではない。
だからこそ、私は領法を改正した。
法は概念を上回る。
「そもそも、あなたみたいに無能で屑なのに、男というだけで偉いなんて可笑しいじゃない?」
「何でだ?!
俺達が戦争で命をかけて戦ったお陰で、女達は生きてられるんだろう!
感謝しろ!」
「男が勝手に戦を起こして迷惑かけてくる癖に、何で偉そうなの?
ヒーイズル国には昔、卑弥呼という女王がいた。
それまでの男王達は戦を繰り返してばかりいたけど、彼女がトップに立ってからは平和になった。
この世に男がいなければ、戦争も起きないのよ。
生意気、言うのやめなさい」
夫は口を開いたまま固まった。
「っ! ……それは……」
「わかったら、さっさと書類を捌くことね。
何のために生かしたと思ってるの? 働きなさい」
補佐官が領地経営の書類を山のように運んでくる。
夫は歯ぎしりしながら、それを受け取った。
「っくそ!」
そのとき、小さな足音が響いた。
「ママー! この人、どうしたの?」
カシアンとそっくりの顔立ちをした幼子が、私のスカートをつまんで見上げてくる。
金髪に赤みが差し、瞳は青色。
夫よりずっと素直で、ずっと可愛い。
カシアンは息を呑んだ。
「──っ!」
「この人は悪いことしたせいで呪いを受けて、歩けなくなったの」
私が床を指差すと、息子が頷いた。
「ふうん、悪い人なんだね」
「そうよ。近寄っちゃダメ」
「うん」
我が子は、素直に頷いた。
「……俺は父親だ、お前の!」
夫が叫ぶと、子供はきょとんとした顔で言った。
「僕のパパは、この人だよ」
そう言って、ヘルマンに抱きついた。
ヘルマンは優しく、子供の頭を撫でる。
夫は、喉の奥で短く息を呑んだ。
「っ……」
私は軽く微笑み、スカートの裾を払って立ち上がる。
「さあ、用が済んだなら行きましょう」
家族を促す。
それから彼を振り返って告げた。
「あ、そうそう。
あなたも愛人をつくっていいわよ。
──じゃあね」
夫は、ただ呆然と私を見上げるだけだった。
彼に財産はない。
使用人は最低限の世話しかしないので、外出もできない。
──そして、去勢済み。
その状態で「愛人をつくっていい」と言われるのだから、もはや“侮蔑”でしかない。
私は2人と手を繋いで、廊下を歩き出す。
──ヘルマンと再婚すれば平民になってしまう。
だから私は選んだ。
子爵夫人として領地を守る道を。
彼は私の決断を尊重し、寄り添ってくれる。
カシアンとの子供は、いつか領主になるだろう。
窓の外では、春の風が庭の花々を揺らしていた。
その光景を眺めながら、私は小さく呟く。
「……これでいいのよ」
夫は自らの愚かさで破滅し、私は私の人生を取り戻した。
そして領地は、今日も平和だった。
□完結□
ご愛読ありがとうございました。
ここで過激ざまぁバージョンは終わりますが、続いてノーマルざまぁバージョンの連載が始まります。
登場人物が同じですが、カシアンの性格がマイルドになります。
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マルセラの純潔はヘルマンに捧げましたが、その後はカシアンと寝室を共にしてました。
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