「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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慈善事業パーティー



 夏休みが始まった。  
 もっとも、卒業した私には関係のない話だ。

 当然、婚約者とのデートの予定など1つもない。  

 本来なら領地に戻って、久々に森を歩いたり、書庫にこもったりしたかった。

 けれど、王都に残らざるを得ない。

 ──やることがあるから。

 それは、王妃から引き継ぐ慈善事業のパーティー。  
 王都の孤児院や療養所を支援する、王家主導の長年の取り組み。
 その責任者を、私が引き継ぐ。

 婚約解消の打診をしている最中に、王族の名代として公の場に立つなど、滑稽にもほどがある。
 けれど、このパーティーは何ヶ月も前から準備されていた。
 今さら止めることなどできない。

 ドレスは、事前にフリードから贈られていた。
 例によって仕立屋から直接届いたもので、彼の手配した時期を考えれば、まだ“まとも”だった頃の注文だろう。

 ──そして、当日。

 彼は、迎えに来なかった。

 このパーティーには、王妃陛下もご出席なさる。  
 いわば、私が王族の一員として公に認められる“お披露目”の場でもある。

 しかも、事業の名義こそ私だが、王妃のご意向で“フリードと共に”運営することになっていた。  

 ──だからこそ、今日、彼が欠席するようなことがあれば……。

 それは、王家の信頼を裏切ること。  
 そして、私の立場をも危うくする、大惨事。

 不安な気持ちを押し込めながら、私は1人、会場へと向かった。  
 ドレスの裾を踏まぬように気をつけながら、背筋を伸ばして。




 白い宮殿の回廊を歩くたび、ヒールの音が静寂に響いた。  

 私は、控え室の扉をそっと開けた。

 王妃が鏡の前で身支度を整えていた。
 私の姿に気づくと、振り返って問いかけてくる。

「フリードは?」

「一緒じゃありませんが……」

 私の答えに、王妃の眉がわずかに動いた。

「出かけたと聞いたから、てっきりあなたを迎えに行ったと思ったのに。一体どこに行ったというの?
 ──早く探してきてちょうだい」

 控えていた従者たちが、慌てて部屋を飛び出していく。

「少し遅れても、きっと来るわ」

「……はい」

 私はそう答えながら、胸の奥に沈む冷たい感情を押し殺した。  
 期待なんて、とうに捨てたはずなのに。


 壇上に立つと、視線が一斉に私に注がれる。  
 深紅のドレスが、私の動きに合わせて揺れた。  

 私は微笑みを浮かべ、完璧な王妃候補としての仮面を被る。

 この慈善事業のパーティーの目玉として企画したバザー。
 率先して案内をし、挨拶を受ける。
  
 ふと気づけば、誰もがパートナーと連れ立っている中、私は1人きりだった。  

 そのとき、会場に喜色じみた囁きが広がる。

 振り返ると、セドリックがいた。  
 プラチナブロンドの髪が光を受けて輝き、アイスブルーの瞳が私をまっすぐに見つめている。  

 黒の礼装に身を包んだ彼は、まるで精巧な人形のように美しかった。

「おめでとう、と言っていいのか……」

 その声に、一緒に来たケイティーが続く。

「あいつ、いないのね。
 今日が、どんな日か知ってるのに!
 最悪すぎて言葉もないわ。
 婚約解消以前に廃嫡しちゃえば?」

「さすがに、それは聞き捨てならん」

 アレスが静かに口を挟む。  
 漆黒の短髪を後ろに撫で付けている。

「あら、あなたは主がどこにいるか知ってるんじゃない」

 コーデリアが、自分をエスコートしてきたアレスを見つめる。  
 ラベンダーの瞳が、氷のように鋭く光った。

「言いなさいよ」

 アレスの目が泳ぐ。

「……アメリア嬢が、やりすぎたのだ」

「どういう意味?」

「舞踏会と学園内の騒ぎ、騎士団に“不敬罪”で届け出をしただろう?
 結果的に、ベルティーユ嬢は“鞭打ち刑”になり、何日も寝込んだ。
 そのうえ、舞踏会での騒ぎが学園に知られて──“退学処分”になった」

「当然じゃない。自業自得でしょ」

 ケイティーが金茶の眉をひそめる。

「それで?」

 コーデリアの声が冷たく響いた。

「……だから、殿下は。暇さえあれば、男爵邸に通っている」

 その瞬間、空気が凍りついた。  
 私の胸の奥が、ギシギシ鳴る。

「……つまり、アメリアに謝罪もせず、公務も放り出して、“慰めに”行ってるってことか」

 セドリックの声が低く響いた。  
 怒りを押し殺しているようだ。

「もう死んだと思いましょう。幼馴染みで従兄のフリードは死んだのよ」

 ケイティーの言葉は、あまりにもあっさりしていて、逆に胸に刺さった。  

 けれど、否定する気にはなれなかった。  
 私の知っているフリードは、もうどこにもいない。

「そうだな。全部片付けたら殴って忘れよう。害にしかならない」

 セドリックの声は低く、冷たかった。  

 私は額に手を当て、深く息を吐いた。  
 頭が痛い。
 けれど、泣くほどの感情はもう残っていなかった。

 私は壁際に控えていた侍女のもとへ歩み寄る。

「殿下を見つけて。目撃証言を集めて」

 侍女は一礼し、すぐに会場を後にした。  
 その背中を見送りながら、私は胸の奥に沈む苛立ちを押し込める。

「大丈夫だ。アメリアには俺達がついてる。
 ……ああ、アレスは抜かして」

 セドリックの言葉に、ケイティーとコーデリアが無言で頷いた。  
 その視線が、まっすぐに私を支えてくれる。

「言っておくけど、今日みたいにアメリアを理不尽に責めることがあれば、婚約破棄するから」

 コーデリアの声が鋭く響く。  
 アレスが目を見開いた。

「そんな! 同じ家格で、簡単に破棄できるわけないだろう!」

「2つの公爵家から圧力がかかっても耐えられるならね」

 私がそう言うと、セドリックが静かに頷いた。  
 アレスの顔が見る間に青ざめていく。

 ──それでも、私は何も言わなかった。  
 言葉にするほどの価値も、もう彼にはない。



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