「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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「10歳の頃の想いなど、熱病みたいなもの」



 慈善事業パーティーはそのまま進行し、やがて終わりを迎えた。  
 結局、フリードは最後まで姿を見せなかった。

 成功だったのか、失敗だったのか。正直、わからない。  

 招待客たちも、王子の不在に戸惑いを隠せず、王妃は焦ったように私へ謝罪の言葉を繰り返していた。

 ──どうして、あの人はここまで愚かになったのだろう。  
 まるで、平民教の信者みたい。



 帰宅すると、侍女がすぐに報告に来た。  
 私はドレスを脱ぎ捨て、ゆったりとした部屋着に着替え、紅茶を口に運びながら彼女の言葉を待つ。

「慈善事業パーティーの間、殿下は……平民街での例の女と腕を組んで、街デートされていました。
 こちらが、目撃証言をまとめた書類です」

 差し出された封筒を受け取り、私は静かに紙を捲った。  
 丁寧に記された筆跡。複数の証言。場所、時間、服装、会話の断片──すべてが揃っていた。

「陛下が婚約解消してくれないなら……攻撃に転じるしかないわね」

 紅茶を一口。  
 その味は、少しだけ甘かった。





 2日後。
 王都の新聞の一面を、私の予想通りの見出しが飾った。
 何故なら、リークしたのは私だから。

 《フリードリヒ第1王子、カルナ男爵の庶子と不貞デート──公務放棄の真相とは?》

 記事には、王子が元平民の少女と腕を組み、街中を歩いていたことが詳細に記されていた。  
 しかも、彼は王妃の命で出席すべき公務を放棄していた。  

 王宮は沈黙を貫いていたが、世論はすでに動き始めた。


 その日の午後、我が家にも記者たちが押しかけてきた。  

 私は彼らを広間へ通し、落ち着いた声で、これまでの経緯を語った。  

 王子が婚約中にも関わらず浮気をし、相手の処分を巡って騒動が起きたこと。  
 それでも私は、王妃候補としての務めを果たし続けてきたこと。  
 そして、パーティーに至るまで、王子が1度も謝罪の言葉を口にしなかったこと。

 記者たちは、私の言葉に真剣に耳を傾けていた。  


 先触れもなく訪れた新聞記者──平民も含めて、公爵令嬢が丁寧に応対するなど、あり得ないことだった。  
 けれど私は、敢えてそうした。

 世論という波を味方につけるのは、悪くない。
 案の定、翌日は私を称賛する記事が並んだ。
 


 報道は、連日過熱していった。  
 世論は、不義理な2人を責めた。  

 そんな中、フリードから手紙が届いた。  
 私は、それを開封せず丁寧に“返送”した。

「今後は受け取らなくていいわ」

 そう侍女に告げると、手紙を持って下がっていった。  
 封を切らずとも、そこに綴られている言葉の薄さは想像がついた。



 ──そして、2週間後。

 その日も、静かな午後だった。  
 庭には夏風が吹き、白い花弁が舞っていた。  

 私は書斎で書類に目を通していたが突然、扉が勢いよく叩かれた。

「お嬢様。王子殿下が……先触れもなく、お越しに……」

 執事の声が、強張っていた。

「……拒否して」

 私は眉をひそめ、静かに言った。  
 けれど、そのとき──

「話せるまで、毎日来る!」

 窓の外から、聞き慣れた声が響いた。  
 かつて優しく私の名を呼んだ声が、今はただ、必死に縋るように響いていた。

 私は一瞬だけ目を伏せた。  
 そして、ゆっくりと顔を上げる。

「……応接室へ通して」





 応接室の扉を開ける。

 そこに座っていたのは、フリード。
  
 そして、隣には──あの女。  
 淡いピンクの髪を揺らし、ライトグリーンの瞳を潤ませた、ベルティーユ・カルナ。

 私は一瞬だけ目を細めた。

 ……連れてきたの?

 つまり、これは謝罪ではない。  
 ただの“正当化”と“見せつけ”。

 空気が、ぴたりと凍りつく。

「見損なったぞ、アメリア!
 記者にあることないこと喋って……それでも準王族か!」

 挨拶もなく立ち上がって怒鳴ったせいで、テーブルの上の茶器が鳴った。

「ないことは喋ってませんわ」

 私は、静かにソファーへ腰を降ろした。  

 侍女は王子とその浮気相手の怒気を無視して、私の前の茶を置く。

「記者を呼んで訂正してください。私たちは、何も悪いことはしていません」

 ベルティーユが、勝手に喋る。
 もちろん許可はしていない。  
 そのドールのような顔に、自己憐憫を浮かべて。

「それなら、ご自分でそのように言えばいいでしょう」

「あなたが憶測で変なこと言うから大変なんです。
 実家も……義母に追い出されてしまって、今はリヒ様のご慈悲で王宮に住んでるんですよ?」

 ……それって、マウント? 惚気? それとも、被害者アピール?  

 何を言っているのか、理解する気にもなれなかった。

「そうだ。ただでさえ、愛人の子なんて本宅で肩身が狭いのに、こんなことになって……家庭崩壊じゃないか。
 どう責任取るんだ?」

 フリードの言葉に、私はゆっくりと立ち上がった。  

「……殿下。これは、婚約者としての最後の質問です」

 私の視線に射貫かれて、ヘーゼルの目がわずかに揺れた。

「あなたは10歳の頃、跪いてこう言いました。  
『アメリア、好きだ。僕と結婚してほしい。絶対一生大事にするよ』と。
 あなたは、いま私を大事にしてるのですか?  
 それとも、そう言ったことすら忘れたのですか?」

「っ、覚えてるさ」

「だったら──」

「子供の頃の話を今さら持ち出すなんて、どうかしてるよ。
 10歳の頃の想いなど、熱病みたいなもの。流行り病さ。
 そしていずれ、それは治る」

 頭を鈍器で殴られた気分だ。
 私は一瞬、視界が凍りついた感覚に見舞われた。  

 あなたが、どうしても私がいいと言ったのに。

 しかも、それを悪びれず馬鹿にしたような顔で。

「そんなことより、僕の質問に答えるんだ。
 ベルの家庭を壊して、どう責任取るんだ?」

 ……そんなことより?


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