10 / 18
卒業パーティー
「そんなことより、僕の質問に答えるんだ。
ベルの家庭を壊して、どう責任取るんだ?」
……そんなことより?
「お帰りください。帰らなければ、王妃陛下に知らせを出します。
『殿下が盗っ人を伴って、言い掛かりを付けに来た』と」
「何だと!? いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるだろう!
今すぐ謝罪しろ!」
私は無言で背を向け、扉へと向かった。
フリードの怒声が背中に突き刺さる。
でも、もう振り返ることはなかった。
扉を開けた瞬間、彼が追いかけようとする気配がした。
しかし、エレファウント公爵家の私兵が立ちはだかり、その動きを封じた。
──これで、完全に終わった。
私はそのまま、何も言わずに廊下を歩き出した。
もう、あの人の声は、私の世界には届かない。
その後も何度かフリードたちは突撃してきたが、リースフェルト公爵家が派遣した騎士に阻まれた。
季節は巡り、春風が王都を包み込む。
学園の卒業パーティー。
華やかなドレスと笑顔が咲き誇る会場に、私は父と共に姿を現した。
父はワインレッドの髪に合わせた深紅の礼装に身を包み、背筋を伸ばして私の隣を歩く。
その威厳ある佇まいに、周囲の貴族たちが自然と道を開けた。
白金のドレスを纏った私は、会場を見渡す。
この日を、どれほど待ち望んだことか。
すべてを終わらせるために。
そして、壇上に立ったフリードが、声を張り上げた。
「アメリア・エレファウント公爵令嬢! 君との婚約を破棄する!」
会場がざわめく。
「君は、ベルティーユ・カルナ男爵令嬢の些細な失敗をあげつらい、背中に傷跡が残るような危害を加えた。更には、彼女の家庭も壊した。
君のような慈悲のない冷徹な人間は、国母になるべきではない!
よって、ここに婚約を破棄する!」
私は、壇上の前へ出た。
ドレスの裾が揺れ、会場の視線が一斉に私に注がれる。
「残念ですが、殿下。
有責側は破棄できません。
代わりに、私から破棄いたします」
「……何を言ってる?
婚約の破談の原因は君の行いにある。有責は君だ」
フリードの声がわずかに上ずっていた。
私は微笑み、静かに言葉を紡ぐ。
「説明が必要なのですね。
では──まず、カルナ男爵令嬢のお腹の子の父親は、殿下ではないと?」
その瞬間、2人の顔色が変わった。
会場の空気が凍りつく。
「な、何を言うのです……!
これでも私は貴族の端くれ。結婚するまで、純潔は守ります!」
ベルティーユが声を荒げる。
けれど、その声は震えていた。
「2月11日に、アーバン医師から妊娠を告げられましたよね?」
「なっ……!」
ベルティーユが後ずさる。
フリードが目を見開いて、愛人の腹を見る。
まだ目立つ膨らみはない。
会場の空気は、もはや凍りついていた。
誰もが息を呑み、やり取りを見守っている。
私は、ゆっくりとフリードに向き直った。
「お忘れかしら、殿下?
私はあなたの婚約者になった時から、王家の影がずっとついています」
「そのくらい、わかってる」
フリードが苛立ちを隠せずに言い返す。
王族である彼、そして婚約者である私には護衛兼密偵が近くに潜んでいた。
「逆に、あなたには我が公爵家の影がついていました。──今この瞬間まで」
フリードがヒュッと息を飲む。
そこまで考えが至らなかったのだろう。
しかし、仮に影をつけていなくても、我が一族と寄り子はそれなりの数いるのだから、宮中に道端に学園に、彼らの行動など簡単に調べられる。
「もう1度、聞きます。
カルナ男爵令嬢のお腹の子の父は、殿下ではないのですか?」
会場の視線が、私たちに釘付けになる。
「報告では、昨年8月3日。お2人は初めて共寝されたとありました。
その後、通算47回、肉体関係を持たれましたね?
そして、今年に入ってから──カルナ男爵令嬢は、避妊薬を飲むのを止めました」
フリードが驚いてベルティーユを見る。
だが、彼女は目をそらした。
沈黙。
その重さが、すべてを物語っていた。
「殿下が、お腹の子を知らないのであれば、カルナ男爵令嬢は──直系王族と公爵子女の政略的婚約契約を壊した“国家転覆罪”で処刑されます」
ベルティーユの顔が、青ざめ過ぎて白くなっている。
「もし、王族の子を妊娠しているのなら──免れ、それなりの地位が与えられます。
それでも、殿下は“無関係”と?」
フリードの顔から、完全に血の気が引いた。
ベルティーユは、震える手でドレスの裾を握りしめ、何も言えずに俯いた。
会場の誰もが、言葉を失っていた。
「…………僕の……子供だ。責任をとる」
フリードの声は小さかった。
その言葉に、ベルティーユが安堵の息を漏らす。
私は微笑を浮かべたまま、静かに頷いた。
「承知しました。私との婚約契約は、殿下の“有責”にて破棄いたします」
会場がざわめく。
私は一礼し、言葉を続けた。
「この度は──ご懐妊、おめでとうございます。
おふたりの“真実の愛”が末永く続きますよう、祝福の余興を用意いたしました」
私は手を叩いた。
扉が開き、ざわざわと人々が入ってくる。
粗末な衣服。痩せた頬。薄汚れた体。
王都の端、貧民街の住民たちだった。
若い貴族令嬢たちは彼らを直視できず、悲鳴を押し殺している。
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
もう演じなくて結構です
梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。
愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。
11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。
感想などいただけると、嬉しいです。
11/14 完結いたしました。
11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。