文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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初キスに夢中で……




 ──晩餐会、当日。

 教科書を鞄に詰めていると、エステルが近づいてきた。

「私も行きたい」

「うちの家族だけならまだしも、向こうの家族が来るのにエステルが同席していたら、おかしいと思われるだろう」

 エステルは唇を尖らせた。

「堂々と『幼馴染み』と言えばいいじゃない。
 やましいことないんだから。
 飛び入り参加ってことよ」

「さすがに、それをしたら付き合いを親に禁止されるよ」

「んー……だったら、学校終わってから晩餐会まで時間あるよね?
 その間だけでも一緒にいてくれる?」

 水色の瞳が潤んで見えた。  
 弱々しい声に、胸が締めつけられる。

「ああ、わかったよ」

「やった。良かった♪」

 エステルは嬉しそうに微笑んだ。  
 その笑顔を見ると、俺は間違っていないと思える。

 アウローラは冷たく、何を考えているのかわからない。  
 エステルだけが、俺を必要としてくれる。



 下校してから晩餐まで、3時間あった。  

 その間、エステルの部屋で過ごすことにした。

 ノワイエ男爵邸の小さな部屋は、薄いカーテン越しに夕陽が差し込んでいた。

 晩餐の30分前になり、俺は腰を上げた。

「そろそろ帰るよ」

「まだ、いいでしょ」

 袖を掴む手──儚げな雰囲気が胸を締めつける。

「遅刻すると、まずいから」

 そう言った瞬間、エステルが俺に抱きつき、そのまま唇を重ねてきた。

「……え?」

 水色の瞳が潤み、俺を見上げる。

「私、トリスタンが好きなの。
 だから、1分でも婚約者のところに行って欲しくないの。
 ギリギリまで、ここにいてよ」

 その声は甘く、弱く、俺の理性を溶かした。  
 気づけば俺の方からもキスを返していた。

 ──一線は越えなかった。  
 だが、夢中で抱き合い、触れ合い、時間の感覚が消えていた。

 気づけば、晩餐開始予定を1時間も過ぎていた。

 慌てて帰宅すると、屋敷の食堂ではすでに食後のお茶が飲まれていた。  

 アウローラは、こちらを一瞥しただけで、何も言わなかった。

 その沈黙が、逆に恐ろしかった。

 次の瞬間、父の怒号が飛んだ。

「どこを、ほっつき歩いていた?!
 ディアナス伯爵ご一家を待たせて、どういうつもりだ!」

 父の顔は真っ赤で、怒りに震えていた。  
 母も立ち上がり、鋭い目で俺を睨む。

「本当に恥ずかしいわ……。
 トリスタン、婚約者をバカにしてるの?!」

 言い訳なんてできなかった。  
 俺はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。

 食堂には重苦しい空気が漂っていた。  
 
 アウローラは薄紫の瞳を伏せたまま、淡々とティーカップを口に運んでいた。

 沈黙が、何よりも怖かった。

 そんな中、アウローラの父が口を開いた。  

「まあ、いいではありませんか」

 一瞬、許されたのかもしれない──そう思った。

 だが次の言葉が、胸を刺した。

「遅刻しても許されるぐらい優秀なのでしょう。
 うちに入ってくれたら、きっと領地の経営も楽になるはずだ。
 期待しています」

 笑っているわけでも、怒っているわけでもない。  
 ただ淡々と、皮肉を言っているだけだ。

 俺はアウローラより成績が悪い。  
 領地経営の知識もない。  
 優秀どころか、足を引っ張る側だ。

 しかし、ここで否定すれば──  
 婚約破棄の話になる。

 喉がひりつき、何も言えなかった。

 アウローラは一言も喋らず、目も合わせない。  

 やがて、彼女はティーカップを置いた。

「お茶も飲み終えましたから、そろそろお暇しましょう」

 その声は淡々としていて、感情の欠片もなかった。

「ああ」  
「そうね」

 アウローラの父母が立ち上がり、一家は簡単な挨拶だけを済ませた。  

 アウローラは、最後まで俺を見なかった。  
 

 その後、俺は両親にこってり怒られた。  

 父は怒鳴り、母は泣きそうな顔で責め立てた。  

 俺は何度も頭を下げ、埋め合わせをすると約束した。

 さすがに、自分でもこれはまずいと思った。  
 アウローラの冷たい沈黙が、胸に重く残っていた。



 翌日。  
 学園の廊下で、俺は意を決して声をかけた。

「次の休みに街歩きしないか」

 アウローラは、きょとんとした顔でこちらを見た。  
 まるで意味がわからない、と言いたげに。

「いつもの方と行けばいいでしょう。
 忙しいのですが」

「いや、だから昨日の埋め合わせをしないと、両親に怒られるから」

「そうなのですか」

 淡々とした返事。  
 怒っているのか、呆れているのか、まったく読めない。

「じゃ、次の日曜日──15時に迎えに行く」

 そう言って俺は、その場を去った。



 日曜日。
 14時半に出掛けようとすると、エステルから呼び出しが来た。  
 
 体調不良だと言う。

 急いで見舞に行き、気づけば1時間も遅れてアウローラの家に到着した。

 ディアナス伯爵家の屋敷は白い石造りで、庭には整えられた薔薇が咲き誇っている。  

 執事が頭を下げた。

「本日、お約束があるとは聞いておりませんが? 何時のお約束でしたか?」

「ええっと、それは……」

 遅刻したせいで言いにくい。 

「アウローラは、どこへ行ったんだ?」

「孤児院の慰問です」

「わかった。そちらへ行く」




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