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言いがかり
入学して初めての休日だった。
王都の屋敷でのんびりと本を読んでいると、侍女が封筒を持ってきた。
「殿下からでございます」
フレデリックの名が記された封蝋。
3年前なら胸が弾んだかもしれない。
封を切ると、丁寧な筆跡で長々と書かれていた。
──直接話し合いがしたい。
──入学式で話しかけたのは、首席でなかった理由を聞きたかったから。
──未来の王妃として、どこまで教育が進んでいるのか確認したい。
──外であれだけはっきり拒絶したら、不仲だと思われてしまうので態度を改めてほしい。
読み終えた瞬間、胸に冷たいものが落ちた。
私は侍女に手紙を渡した。
「金庫に入れておいて。後で必要になるかもしれないから」
侍女が頷いて去っていく。
私は机に向かい、返事を書くためにペンを取った。
──直接の話し合いはしない。
──王妃教育は受けていないし、今後も受けない。
──不仲だと思われた方が都合がいいので、態度は改めない。
簡潔で、必要最低限の言葉だけを書き連ねた。
封を閉じたとき、不思議なほどの静けさがあった。
3年前の私なら泣いていたかもしれない。
けれど今は、ただ淡々と現実を見つめているだけだった。
それ以上フレデリックから返事が来ることはなく、ほっとしたのも束の間──
学園の廊下を歩いていると、入学式のときにフレデリックの隣にいた令嬢が、わざわざ進路を塞ぐように立ちはだかった。
ピンクの髪を揺らし、涙を含んだようなブラウンの瞳でこちらを睨んでいる。
密偵から連絡を受けてるので名前は知っている。
タチアナ・ローレンス男爵令嬢だ。
もちろん無視して通り過ぎる。
「待ちなさい」
背後から声が飛んだが、私はそのまま教室へ入った。
すると彼女が、ずかずかとついてきて、生徒たちが驚いてこちらを見る。
「何なのよ、無視して!
あなた婚約者に対して酷いじゃない。
リックが可哀想よ!
態度を改めなさい」
教室がざわつく中、イリスがすっと前に出た。
ミルクティーブロンドの髪がふわりと揺れ、ミントグリーンの瞳が冷たく光る。
「この学園で許されてるのは、正式な挨拶をしないことだけよ。
格上の相手に名乗りもしないで喚くのは不敬よ」
「私は先輩なんだから、私の方が上でしょ」
タチアナが言い返した瞬間、教室が静まり返った。
そこへアレクシスが入ってきた。
「どうした?」
イリスが肩をすくめる。
「この女がセレスタに絡んだのよ。
“婚約者に対する態度がひどい”って」
アレクシスの表情が冷たくなる。
「男爵令嬢が、王子と公女の婚約に口を挟めると思ってるのか?」
「なっ、だから学園では私が先輩だって──」
「貴族の婚姻は家と家との契約なのに、なぜ何の関係もない、それも低位の貴族令嬢が口を出すんだ?
当主でも許されないぞ」
タチアナの顔が真っ赤になる。
「関係あるわ!
リックがこの人と結婚した後、私も後宮に入るんだから」
教室中がざわめいた。
アレクシスは眉をひそめる。
「それを兄が言ったのか?」
「え、はっきりは言ってないけど、“愛してる。ずっと一緒にいよう”って……そういうことでしょ」
アレクシスは深く息を吐いた。
「兄は誰にでも言うよ。
今、君が1番お気に入りなのかもしれないけど、だからと言って調子に乗るな」
「そんな……嘘」
タチアナの瞳から涙がこぼれ落ちた。
アマーリエが静かに前へ出た。
黒髪ストレートが揺れ、深い紫の瞳がタチアナを射抜く。
「学園内は無礼講ではありません。
私たちが正式に抗議したら、あなたの家は簡単に潰れるんですよ」
タチアナの顔が青ざめる。
「……リックが守ってくれるわ」
震える声で言い返したが、その言葉はすぐに打ち砕かれた。
「兄が君を庇っても、両親がノーと言えばそれまでだ。
家に帰ったら両親に伝えるよ。
兄の愛人ごときが公女に突っかかったと」
アレクシスの声は静かだったが、教室の空気が一気に冷えた。
タチアナは怯えたように後ずさり、そのまま逃げるように教室を出ていった。
アレクシスは、ため息をついた。
「兄のせいで、すまない……」
「気にしないで。
──皆、ありがとう」
私が言うと、イリスが身を乗り出した。
「処す? 処すよね?」
「こっちで処理する」
アレクシスが淡々と言い、クラスメイトたちは一斉に怯えたように背筋を伸ばした。
──昼休み。
庭のテラス席で、私たちはランチを広げていた。
春風が心地よく、花の香りが漂う。
イリスがデビュタントの話を楽しそうにしていて、アマーリエも微笑んでいた。
その時だった。
フレデリックがタチアナを連れて現れた。
「タチアナを潰すと脅したそうだな!」
私たち4人は、ぽかんとした。
そして、ゆっくりと顔を見合わせた。
イリスが小声で呟く。
「……誰が、そんなこと言ったの?」
アマーリエが眼鏡を押し上げる。
「事実を述べただけですが」
アレクシスが静かに立ち上がった。
深い青の瞳が兄を真っ直ぐに射抜く。
「兄上。今日はもう帰った方がいい。
家に帰ったら、父上と母上に心の病気を見れる医者を呼んでもらうから」
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