不誠実な婚約者と結婚式を挙げたら愛人に刺されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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貞操帯




 気付いたら寝ていて、起きたときにはフレデリックの姿はなかった。

 メイドを呼んで支度を済ませ、ブランチを食べていると──講師が来た。

 王妃教育。
 内容は全部わかっている。  

 でも、フレデリックと婚約解消するために“知らないふり”を続ける。

 これを2週間も続けるのかと思うとうんざりする。  

 けれど部屋から出してもらえない以上、仕方ない。

 そのとき──外が騒がしくなった。

 ドアが勢いよく開く。

 汗だくのアレクシスが入ってきた。

「大丈夫? 何かされた?」

「監禁されただけよ」

 アレクシスの眉が跳ね上がる。

「あのやろう……本当に……さあ、ここから出よう」

 しかし、見張りの兵士が立ちはだかった。

「邪魔をするな」  

 アレクシスが鋭く言う。

「しかし第2王子より第1王子の方が権限は上です」

 それは次男の辛いところだ。

 アレクシスは悔しそうに唇を噛み、私に向き直った。

「父上に言いつけてくるから待ってて」

 そう言って部屋を出ていく。

 私はホッと息をついた。

 ──家に帰れる……?

 ……でも。

 また引き渡されるんじゃない?

 冷たい不安がじわりと広がった。



 ぼんやり待っていると、アレクシスがとぼとぼ戻ってきた。  
 肩が落ちていて、見ただけで結果がわかる。

「君の父に正式に許可とってるから、監禁は叱責するけど……ここで暮らして勉強するのは口出せないって言われた」

「ここは私の部屋でしょ」

「そうだけど?」

「だったらアレクも、ずっとここにいてくれない?」

 アレクシスは一瞬きょとんとしたが、すぐに意味を理解した。

「でも兄に出ろって言われたら? 奴は正式な婚約者だし」

「……試験で私が不適格なら婚約解消できるだろうから、それまで我慢しましょう」

 アレクシスは少し考え、真剣な顔で言った。

「あの、よければ……貞操帯、用意しようか?」

「え?」

「あ、いや、ごめん。兄が強引だから心配で……」

「つけたことないけど、そうね……つけてみよかしら」

 アレクシスは、ほっと息をついた。

「すぐ用意する。他に欲しいものは?」

「今は特に──」

 そのとき、扉が勢いよく開いた。

「ネズミが侵入したと報告を受けた。
 人の婚約者の部屋で何をしている」

 フレデリックが現れた。

 アレクシスは一歩も引かず、冷ややかに言い返す。

「散々蔑ろにしてきて、今さら“婚約者”と名乗るのは厚かましいと思うが」

 フレデリックは眉一つ動かさず、淡々と反論した。

「パーティー前にはドレスを贈り、当日はエスコートしてダンスを踊る。  
 季節ごとに手紙とプレゼントを送る。  
 何か違うか?」

 アレクシスは、兄を真っ直ぐに見据えた。

「それさえすれば大っぴらに浮気して愛想尽かされても、監禁していい理由になるのか?」

 フレデリックは眉一つ動かさず答える。

「監禁というのは、セレストが勝手にそう思っているだけだ。  
 きちんと出かける先を言い、許可を得たなら出られるさ」

 ……それを世間では“監禁”と言うのだが。

「浮気については謝罪したのか」  

 アレクシスが低く問う。

「何度も言わせるな。結婚する時に別れる」

 アレクシスの声が、さらに低く沈んだ。

「兄上……必要なのは謝罪であって、それは責任放棄だ」

 フレデリックは本気で理解していないように首を傾げる。

「結婚する時に別れる、と言っているのだから問題ないだろう」

 その歪んだ理屈が部屋に響く中、私は静かにアレクシスへ向き直った。

「アレク、私の護衛騎士になって」

 アレクシスは一瞬だけ目を見開き──  
 すぐに理解したように頷いた。

「え、あ……なるほど。わかった」

 その瞬間、フレデリックの表情がわずかに揺れた。  

 アレクシスは、自分の騎士に目配せした。  
 騎士が即座に剣を抜き、柄をアレクシスへ差し出す。

 アレクシスは両手でそれを受け取り、セレスタの前に跪いた。

 フレデリックの顔が強張る。

 私は剣の先を、アレクシスの肩の上に置いた。

「……セレスタ、誓いの言葉を」

「私は、アレクシス・アルノルトに命じます。  
 私の名誉を守り、  
 私の意思を尊重し、  
 私の自由を侵す者から、私を守りなさい」

 アレクシスは、深く頭を垂れる。

「この命に代えても、あなたを守る。  
 あなたの自由を奪う者が誰であろうと、私は剣を向ける」

 フレデリックの表情が凍りつく。

 “誰であろうと”──  
 その言葉は、兄であるフレデリックも例外ではない  
 という宣言だった。

 部屋の空気が張り詰める。

 私は静かに剣を下ろし、アレクシスを見つめた。

「……ありがとう、アレク」

 アレクシスは柔らかく微笑む。

「セレスタが望む限り、僕は君の騎士だ。  
 兄上、これで僕は正式な護衛騎士になった。  
 ここにいる権利がある」

 フレデリックは唇を噛みしめ、怒りとも焦りともつかない表情で睨みつけた。

 そして、吐き捨てるように言った。

「……学校に戻れ。俺も戻る。  
 君は家庭教師に学んでいろ」

 踵を返し、部屋を出ていく。

 扉が閉まった瞬間、重苦しい空気がふっと軽くなった。

 アレクシスは立ち上がり、私の肩にそっと手を置く。

「……君は1人じゃない」

 その言葉は、胸の奥に静かに染み込んだ。



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