少女と笑顔

ミーナン

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少女と笑顔

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ガタン…ガタンゴトン…

 昼間の東海道線は空いていた。
寛太は、"ぼぅ…"と流れる景色を眺めていた。
寛太は、担任の先生と言い争いになり、カバンを持って学校から飛び出し、最寄りの駅から東海道線に乗ったのだ。
「はぁ…」
担任の先生への怒りと、学校を飛び出してしまった後悔が入り混じり、寛太は深いため息をついた。
そして、電車は暗いトンネルへと入って行った。寛太の見つめる先には、どこか物憂げな雰囲気の出すトンネルの壁があった。

 しばらくすると、"ぱっ"と景色が明るくなった。寛太は久しぶりに見る光に目を細めた。
そこには海が見えた。
『きれい…』
寛太はじっとその景色を眺めていた。
[間のなく根府川です。]
電車の車内アナウンスがそう告げた。
『ここで降りよう…』
寛太は降りることに決めた。ずっと座っていた椅子から重い尻を上げた。

電車を降りると、目の前は崖でその下には海が広がっていた。
寛太は今までのモヤモヤを忘れるかのように、その景色に見入っていた。
「…君、こんな時間に何してるの?」
急に声をかけられて寛太はビクッとした。
「え…?」
そこには、制服姿の少女がいた。クリッとした目に、嬉しそうな口。寛太にとって、彼女は美少女として映った。
「この辺の制服じゃないよね……
あ!学校から飛び出して来たんでしょ!?」
少女時代はすべてを見通したような、からかうような目で見つめてきた。
「え、まぁ…」
寛太はそれ以外何も言えなかった。
「こっちに付いてきな!」
少女は嬉しそうに早足で歩き始めた。
「ちょっと…」

少女に付いていくと、急な下り坂があった。
「足元気をつけてね。」
「う、うん…
そ、その…あなたは?」
「え、私?ん~秘密かな。」
冗談混じりのように彼女は答えた。
少女の顔を見ることは出来ないが、少女はきっと笑っていると寛太は思った。

坂を下った先には海岸があった。
海の方へ歩いて行った少女は岩の上に座って、
「こっち、こっち!」
と寛太を呼んだ。
「え?いいの?」
少女は隣に座るように促していたので、思春期の寛太は緊張していた。
「細かい事は気にしないで。」
「う、うん…」

寛太が少女の隣に座ってから、少しの沈黙があった。寛太は下を向いていた。すると、寛太は少女の足に痣がたくさんある事に気づいた。
「こ、これ…」
寛太はそれを指差して聞いた。すると、少女は人差し指を出して、寛太の唇に当てた。そして、彼女は首を横に降った。その顔は笑っていた。
寛太はそれ以降、その痣に触れなかった。そして、彼女がなぜここに居るのか、なんのここに為に居るのかも触れなかった。いや、触れられなかった。

「で、君は何で学校から、飛び出して来たの?」
「成績の事で…」
「へぇ…でも、そんな時もあるよ。悪い事が起きたら、その後はいいことがある。私はそう信じてる。」
「素敵だ……」寛太は、小声で言った。
「ん?何が?」少女は不思議げに訪ねた。
「この海がだよ。」寛太は笑って嘘をついた。寛太は少女の痣と笑顔の意味を理解し、自分のちっぽけさを感じた。
「そろそろ戻るよ。」寛太は軽く尻を上げながら、そう言った。
「そう。じゃあ、これを持っていきな。」
少女は寛太に、紙を渡した。そこには
"笑顔"
と書かれていた。
「ありがとう。またね。」
「また来てね。」
手を降る少女の髪は潮風に揺れていた。

彼は帰りの電車で、少女からもらった"笑顔"と書かれた紙を見続けていた。寛太は学校に戻る事が嫌ではなかった。

寛太はその後なんどか根府川を訪れたが、少女に合うことはなかった。
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