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二章【雨に打たれてなお歩み】
涙、堪えて
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三日後、アイムとニャーンはテアドラスの人々に見送られつつ地上へ戻った。
「お世話になりました」
頭を下げるニャーン。大仕事の後だからと丸一日の休養をアイムに命じられ、それからさらに二日間をここで過ごした。流石に宴は二日目までだったが、久しぶりにのんびりと過ごせて本当に良い骨休めになった。
これで万全の状態で故郷に戻れる。
「こちらこそです」
深々と頭を下げ返す村長。彼に続いて他の者達も最大限の感謝を示す。ニャーンはもじもじ恐縮した。彼女は未だにこういう扱いを受けるのに慣れていない。
「おかげで私と兄も成長できたと思います」
前に出るスワレ。ズウラもその横で力強く頷く。
「今なら怪物にも勝てる気がします」
「油断はするなよ?」
「はい」
休養後さらに二日滞在した理由はそれ。アイムはニャーンに二人への指導を命じたのだ。彼が見出した彼等に最適な「師」とは彼女のこと。
「ニャーンさんの能力の使い方を見て自分達の頭の固さに気付けました」
「私達は父や母、そしてアイム様の戦い方を参考にしていた。でも、それが間違いだったなんて……」
「ちとカチンと来る物言いだが、そういうことだ」
先に気付いたのはアイムである。先日久しぶりにグレンと戦って以来、何か引っかかるものを感じてはいた。そして、ここへ来てやっと理解出来た。ズウラとスワレに足りないものは基礎や経験でなく発想力だったのだと。
「オレの力もスワレの力もニャーンさんの能力と似てる。だから、やろうと思えばきっと同じことができる」
「型にはまらず状況に合わせ自在に力の使い方を変える。まだまだ未熟ですが、おかげできっかけは掴めました。必ずものにしてみせます」
それができるようになった時、彼等もまたアイムやグレンのような「英雄」に仲間入りする。そうなれるだけの潜在能力は確実にある。
「ニャーンさん、またきてね!」
「たのしみにしてるから!」
二人の後ろから手を振って来るテアドラスの最年少の子供達。少年と少女、一歳違いの幼馴染。怪物との戦いで親の世代が全滅してしまったことにより、今のこの村には彼等と双子の四人しか若者がいない。
このままなら、いずれ村は滅ぶかもしれない。怪塵には屈さずとも、後継者が生まれず絶えてしまうことになる。若い四人で子を成したとしても、そう簡単に人口は増えない。
でも、それは彼等がずっとこの地に留まっていればの話。いや、この地に留まり続けるとしても外から人が来て、それを受け入れられる環境にしたらいい。
「うん、怪塵を掃除して、きっとまたここへ来るよ」
笑顔で手を振り返すニャーン。ズウラとスワレへの指導の合間に外界の話をしてあげていたら仲良くなった。年下に素直に慕われた経験も乏しいため、とても嬉しい。
「アイムさま! つぎはオレにもケイコつけてよね!」
少年ルッパの挑戦をアイムは鼻で嗤う。
「構わんが、今のままじゃまた泣きべそかく羽目になるぞ。ワシに勝ちたかったら今からせいぜい鍛えておけ」
「いったな! ぜったいにほえづらかかせてやる!」
「はっ、ルッパは威勢がいいな」
「ばかなだけだよ」
「こら、そういうことを言わない」
ルッパの頭を乱暴に撫でるズウラ。呆れる少女ニッチェル。たしなめるスワレ。
平和な光景にニャーンは目を細める。本当にまたここへ来たい。できれば次は、怪塵を全て一掃したと伝えるために。
「それじゃあ、また!」
「また!」
「げんきでね!」
「がんばって、おねえちゃん!」
「ご武運を」
テアドラスの人々が手を振る。距離を取って巨狼に姿を変えるアイム。赤い翼を広げたニャーンは、その背に向かって羽ばたき、舞い上がる。
振り返ると、彼等はまだ手を振ってくれていた。
「よく我慢したな、兄」
「なんの話だ?」
「ニャーンさんのために、何も言わずに送り出したんだろ?」
「……」
「あの人には大切な使命があるもんな。私達より重い物を背負ってる。邪魔にはなりたくないよな」
「だから、なんのことだよ……」
「ズウラにい?」
ぽつぽつと落ちて来た水滴に気付き、見上げるルッパ。ズウラは顔を上げて涙を隠した。鼻を啜ってるので誰の目にも泣いているのは明らかだが。
村長が二人の去った方角を見て呟く。
「生きていればまた会える。アイム様がついておられるのだ、きっと戻る」
「ああ……」
「そうだな、それまで私達も生き延びよう。何があっても絶対に。それが私達テアドラスの使命なんだから」
ここは人類という種を守るための砦。いつか再び訪れる大災害に備え、この地を残しておかなければならない。
ズウラとスワレは改めて感謝する。ニャーンにはそのための力と、力を磨くための時間を貰った。
「いつか、また会えるといいな……」
兄のためにも。微笑むスワレ。彼女は別に諦めるべきとは思っていない。お互いにまだ若いのだ、チャンスはいつか訪れる。
「あ~あ、私にも良い人が現れないかな」
ルッパは多分ニッチェルと結ばれる。それに年下は好みじゃない。
ズウラは不思議そうに訊ねた。
「アイム様の嫁になるんじゃないのか?」
「流石にもう、それは無理だとわかっているよ。まあ、選んでくれるなら喜んで嫁ぐけど、あの分じゃ駄目そうだ」
「なにが?」
「父性に目覚めちゃってる。元々色恋に興味無さそうなのに、ますます遠ざかったとしか思えないね、あれは」
「……」
景色がとてつもない速さで前から後ろへ流れていく。アイムの背に乗って故郷へと帰る道すがら、ニャーンはずっと黙り込んでいた。
『珍しいな、お主が寝こけんとは』
「眠くないです」
即答する。だって本当にそうだから。
正直に言えば、七つの大陸の中で故郷が最も嫌。行きたくない。
今まで彼女がその本音を明かしたことは無かった。しかしアイムも察してはいた。彼女は故郷を恐れ、嫌悪していると。
『第六は嫌いか?』
「……」
答えたくないようだ。まあ、内心どれだけ嫌っていようと、それでも悪く言いたくないのが故郷というものだろう。
質問に答える代わりに、ニャーンは別の本音を明かす。
「私……神様のことは今も信仰しています。教典に書かれていることには時々納得がいかないこともありました。でも、この世界や私達を作ってくれたのが神様なら、私達は常に感謝の心を忘れてはいけない。そう思うんです」
『ふむ……』
「でも、世界を巡るようになって思いました。やっぱり教会はおかしいです。あの人達は神様の教えに背いている。自分達で神様は正しい、信じなさいって言ってるのに、本当は誰よりも神様を信じていない」
『かもしれんな』
アイムには神を信仰する者の気持ちがわからない。彼にとって女神オクノケセラは身近すぎる。
それでもニャーンの言いたいことは理解出来た。彼もまたそう思っているから。
第一大陸の者達は怠惰だ。第二大陸の者達は臆病。第三大陸は自分への依存が強すぎる。第四大陸は時折越えてはならない一線を越える。第五は覇気がなく、第七大陸は度し難い化け物を生み出してしまった。それが各大陸に対して抱く彼の印象。
そして第六大陸は陰湿で卑屈。大陸全体の空気・風潮への嫌悪感は一番強い。嫌われているから嫌い返したわけではない。事実としてあの大陸にはそういう気質が蔓延している。
ニャーンに初めて出会った時、驚かされた。怪塵使いの娘は第六大陸の出だと知った時に想像した人物像と全く違ったからだ。あの大陸でよくこんな娘が育ったと不思議にさえ思った。
第六大陸とは、そういう場所だ。
『まあ、安心せい。長居するつもりは無い。奴等はワシが関わっとる時点でお主のことも敵とみなすだろう。第六に限っては納得させられんでもええ。ただ、一応は挨拶するのが筋だと思う、それだけじゃ』
「わかりました」
硬い声で答えるニャーン。心ここにあらずなのが見なくてもわかる。しばらくは放っておくのが正解かもしれない。
だが、これだけは言っておきたい。
『胸を張れ。お主は多くの者達に認められてここまで来た。もはや誰の前でも俯く必要は無い。英雄として凱旋するがいい』
ニャーン・アクラタカは紛れもない「英雄」の一人。第六大陸に逸話が伝わっているかどうかは知らないが、まだなら自分で伝えてやればいい。
『己を誇れ。お主は、それに値することをしてきたのだ』
「……はい」
顔を上げた彼女は、少しだけ笑顔を取り戻していた。
「お世話になりました」
頭を下げるニャーン。大仕事の後だからと丸一日の休養をアイムに命じられ、それからさらに二日間をここで過ごした。流石に宴は二日目までだったが、久しぶりにのんびりと過ごせて本当に良い骨休めになった。
これで万全の状態で故郷に戻れる。
「こちらこそです」
深々と頭を下げ返す村長。彼に続いて他の者達も最大限の感謝を示す。ニャーンはもじもじ恐縮した。彼女は未だにこういう扱いを受けるのに慣れていない。
「おかげで私と兄も成長できたと思います」
前に出るスワレ。ズウラもその横で力強く頷く。
「今なら怪物にも勝てる気がします」
「油断はするなよ?」
「はい」
休養後さらに二日滞在した理由はそれ。アイムはニャーンに二人への指導を命じたのだ。彼が見出した彼等に最適な「師」とは彼女のこと。
「ニャーンさんの能力の使い方を見て自分達の頭の固さに気付けました」
「私達は父や母、そしてアイム様の戦い方を参考にしていた。でも、それが間違いだったなんて……」
「ちとカチンと来る物言いだが、そういうことだ」
先に気付いたのはアイムである。先日久しぶりにグレンと戦って以来、何か引っかかるものを感じてはいた。そして、ここへ来てやっと理解出来た。ズウラとスワレに足りないものは基礎や経験でなく発想力だったのだと。
「オレの力もスワレの力もニャーンさんの能力と似てる。だから、やろうと思えばきっと同じことができる」
「型にはまらず状況に合わせ自在に力の使い方を変える。まだまだ未熟ですが、おかげできっかけは掴めました。必ずものにしてみせます」
それができるようになった時、彼等もまたアイムやグレンのような「英雄」に仲間入りする。そうなれるだけの潜在能力は確実にある。
「ニャーンさん、またきてね!」
「たのしみにしてるから!」
二人の後ろから手を振って来るテアドラスの最年少の子供達。少年と少女、一歳違いの幼馴染。怪物との戦いで親の世代が全滅してしまったことにより、今のこの村には彼等と双子の四人しか若者がいない。
このままなら、いずれ村は滅ぶかもしれない。怪塵には屈さずとも、後継者が生まれず絶えてしまうことになる。若い四人で子を成したとしても、そう簡単に人口は増えない。
でも、それは彼等がずっとこの地に留まっていればの話。いや、この地に留まり続けるとしても外から人が来て、それを受け入れられる環境にしたらいい。
「うん、怪塵を掃除して、きっとまたここへ来るよ」
笑顔で手を振り返すニャーン。ズウラとスワレへの指導の合間に外界の話をしてあげていたら仲良くなった。年下に素直に慕われた経験も乏しいため、とても嬉しい。
「アイムさま! つぎはオレにもケイコつけてよね!」
少年ルッパの挑戦をアイムは鼻で嗤う。
「構わんが、今のままじゃまた泣きべそかく羽目になるぞ。ワシに勝ちたかったら今からせいぜい鍛えておけ」
「いったな! ぜったいにほえづらかかせてやる!」
「はっ、ルッパは威勢がいいな」
「ばかなだけだよ」
「こら、そういうことを言わない」
ルッパの頭を乱暴に撫でるズウラ。呆れる少女ニッチェル。たしなめるスワレ。
平和な光景にニャーンは目を細める。本当にまたここへ来たい。できれば次は、怪塵を全て一掃したと伝えるために。
「それじゃあ、また!」
「また!」
「げんきでね!」
「がんばって、おねえちゃん!」
「ご武運を」
テアドラスの人々が手を振る。距離を取って巨狼に姿を変えるアイム。赤い翼を広げたニャーンは、その背に向かって羽ばたき、舞い上がる。
振り返ると、彼等はまだ手を振ってくれていた。
「よく我慢したな、兄」
「なんの話だ?」
「ニャーンさんのために、何も言わずに送り出したんだろ?」
「……」
「あの人には大切な使命があるもんな。私達より重い物を背負ってる。邪魔にはなりたくないよな」
「だから、なんのことだよ……」
「ズウラにい?」
ぽつぽつと落ちて来た水滴に気付き、見上げるルッパ。ズウラは顔を上げて涙を隠した。鼻を啜ってるので誰の目にも泣いているのは明らかだが。
村長が二人の去った方角を見て呟く。
「生きていればまた会える。アイム様がついておられるのだ、きっと戻る」
「ああ……」
「そうだな、それまで私達も生き延びよう。何があっても絶対に。それが私達テアドラスの使命なんだから」
ここは人類という種を守るための砦。いつか再び訪れる大災害に備え、この地を残しておかなければならない。
ズウラとスワレは改めて感謝する。ニャーンにはそのための力と、力を磨くための時間を貰った。
「いつか、また会えるといいな……」
兄のためにも。微笑むスワレ。彼女は別に諦めるべきとは思っていない。お互いにまだ若いのだ、チャンスはいつか訪れる。
「あ~あ、私にも良い人が現れないかな」
ルッパは多分ニッチェルと結ばれる。それに年下は好みじゃない。
ズウラは不思議そうに訊ねた。
「アイム様の嫁になるんじゃないのか?」
「流石にもう、それは無理だとわかっているよ。まあ、選んでくれるなら喜んで嫁ぐけど、あの分じゃ駄目そうだ」
「なにが?」
「父性に目覚めちゃってる。元々色恋に興味無さそうなのに、ますます遠ざかったとしか思えないね、あれは」
「……」
景色がとてつもない速さで前から後ろへ流れていく。アイムの背に乗って故郷へと帰る道すがら、ニャーンはずっと黙り込んでいた。
『珍しいな、お主が寝こけんとは』
「眠くないです」
即答する。だって本当にそうだから。
正直に言えば、七つの大陸の中で故郷が最も嫌。行きたくない。
今まで彼女がその本音を明かしたことは無かった。しかしアイムも察してはいた。彼女は故郷を恐れ、嫌悪していると。
『第六は嫌いか?』
「……」
答えたくないようだ。まあ、内心どれだけ嫌っていようと、それでも悪く言いたくないのが故郷というものだろう。
質問に答える代わりに、ニャーンは別の本音を明かす。
「私……神様のことは今も信仰しています。教典に書かれていることには時々納得がいかないこともありました。でも、この世界や私達を作ってくれたのが神様なら、私達は常に感謝の心を忘れてはいけない。そう思うんです」
『ふむ……』
「でも、世界を巡るようになって思いました。やっぱり教会はおかしいです。あの人達は神様の教えに背いている。自分達で神様は正しい、信じなさいって言ってるのに、本当は誰よりも神様を信じていない」
『かもしれんな』
アイムには神を信仰する者の気持ちがわからない。彼にとって女神オクノケセラは身近すぎる。
それでもニャーンの言いたいことは理解出来た。彼もまたそう思っているから。
第一大陸の者達は怠惰だ。第二大陸の者達は臆病。第三大陸は自分への依存が強すぎる。第四大陸は時折越えてはならない一線を越える。第五は覇気がなく、第七大陸は度し難い化け物を生み出してしまった。それが各大陸に対して抱く彼の印象。
そして第六大陸は陰湿で卑屈。大陸全体の空気・風潮への嫌悪感は一番強い。嫌われているから嫌い返したわけではない。事実としてあの大陸にはそういう気質が蔓延している。
ニャーンに初めて出会った時、驚かされた。怪塵使いの娘は第六大陸の出だと知った時に想像した人物像と全く違ったからだ。あの大陸でよくこんな娘が育ったと不思議にさえ思った。
第六大陸とは、そういう場所だ。
『まあ、安心せい。長居するつもりは無い。奴等はワシが関わっとる時点でお主のことも敵とみなすだろう。第六に限っては納得させられんでもええ。ただ、一応は挨拶するのが筋だと思う、それだけじゃ』
「わかりました」
硬い声で答えるニャーン。心ここにあらずなのが見なくてもわかる。しばらくは放っておくのが正解かもしれない。
だが、これだけは言っておきたい。
『胸を張れ。お主は多くの者達に認められてここまで来た。もはや誰の前でも俯く必要は無い。英雄として凱旋するがいい』
ニャーン・アクラタカは紛れもない「英雄」の一人。第六大陸に逸話が伝わっているかどうかは知らないが、まだなら自分で伝えてやればいい。
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