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三章【限りなき獣】
王たる資質(1)
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その頃ニャーン達は鉱山の真上まで移動していた。鉱山とは言っても地下に向かって広い範囲をひたすら掘り下げていったそれは今やすり鉢の如き姿になってしまっている。
動く死体達が黙々と働き続けて地下から鉱石を運び出していた。アイム達があれだけ倒したのに、まだこんなに残っている。彼等も解放してあげたい。
それでもニャーンには攻撃できない。すでに死んでいるとはわかっていても彼等を傷付ける行為に対し強い忌避感を抱く。
だからズウラが代わりを務める。
「ニャーンさん、見なくていいですよ」
「……いえ」
それだけはできない。他人に手を汚させて、自分は目を逸らしているなんて、そこまで卑怯にはなりたくない。
「見ています」
「わかりました、じゃあ始めます」
「あっ、待ってください。先に中を調べないと」
もしも生きている人間がいたら助けたい。そう思って白い怪塵を放出し鉱山内を隈なく調査するニャーン。
結果、生きた人間は見つからなかった。でも奇妙なものがいくつかある。
「なんか、機械みたいなものがあちこちに設置されてます。多分、これがあの人の言っていたものじゃないかと」
「たしかに、ありますね」
「えっ?」
驚くニャーンの前でズウラも同じことをしていた。周囲の鉱物を認識できる、その感覚を利用し鉱山内の情報を取得して脳内でイメージを構築する。
(やっぱりオレの力はニャーンさんのそれと似ている。怪塵の操作はできないみたいだけど、それ以外のことなら大体真似できる。いや、もしかしたらそれ以上も――)
以前アイムから教えられたことがある。この星の大部分は『鉱物』で形作られていると。果てしなく広く深いように見える海ですら実は星全体から見ればごく一部で、表面を覆う浅い水たまりでしかない。怪塵の本来の姿である赤い凶星も、この星よりはずっと小さかったそうだ。
彼はそれを、赤い凶星より巨大な星の大部分を操ることができる能力者。未だ自覚は無いがこの惑星の王となれる資質を持った存在。
その才能の片鱗が今、ニャーン・アクラタカとの接触によって開花を始めていた。
(本当にここがアイツの力の源かどうかは知らないが、怪しいのは確かだ……なら、まとめて握り潰す!)
ズウラは数秒だけ精神を研ぎ澄ませるための瞑想を行った後、大声で吠えた。疲労しきった体に残された体力を全てかき集めて声を絞り出す。
そうして『鉱山』に命じる。
「ぶっ潰れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「わわっ!?」
驚愕したニャーンの眼下で大地が波打つ。隆起と陥没を繰り返しながら変形していく。可哀相な動く死体達を巻き込み、鉱山の周囲に出現した巨大な『手の平』が全てを握り潰して圧縮する。
中にある機械は頑丈に作られているようで、これでもまだ破壊し切れていない。だがその素材もまた金属だと気付いて能力で干渉する。ひしゃげ、ねじ曲げ、断裂させて完全に機能停止へと追い込む。あと一息だ。
「フンッ!」
顔の高さまで持ち上げた拳を握るズウラ。同時に鉱山が変形して出来上がった手も完全に握り拳の形になって哀れな動く死体達と鉱山の中にあった機械群を葬った。
その瞬間、彼等には認識できない力の流れも断ち切られた。
アイムは改めてユニ・オーリという男の能力の高さを確信する。この男は並行世界の同位体達と接続してさらなる力を得た自分とも未だ互角に戦えるのだから。
いやむしろ、ここまで強化されてもなお押されている。
「その程度か? いや、違うはずだアイム。もっともっと引き出せ! あらゆる世界のあらゆる君から可能性を引き出すんだよ!」
「まだ力を扱い切れてないな! そんなことじゃあ僕には勝てないぞ!」
「ほら、どうした! 今度こそ僕を倒してみろよ!」
触手による攻撃など、この男にとっては手加減でしかなかった。今度は炎や雷、烈風に凍てつく冷気と多彩な技を繰り出して来るユニ達。しかも周辺の環境が変化するほどの大規模で精霊の力を操っている。祝福されし者ではないはずなのに。あまりに目まぐるしい変化には星獣の適応能力をもってしても対処が追い付かない。
『おのれえ!』
凍り付いた肌に雷が落ちて裂傷となり血が噴出した。その血が熱気によって蒸発するなり今度は砂塵を含んだ風が渦を巻いて顔をズタズタに切り裂く。
『ガアッ!』
全身から超振動波を放つアイム。すでに粉々になっている周囲の瓦礫がさらに細かく粉砕されて宙を舞った。けれどユニ達は薄皮一枚まで範囲を狭めた魔力障壁で身を守り、涼し気な顔で空中に浮遊し続ける。
「無駄だよ、僕のこれは祝福とは違う。一人につき一種の精霊しか操れない彼等のような不完全なものと一緒にするな」
「魔法はもっと優れた技術だ。魔力と知識と経験さえあればあらゆる精霊を従え、強制的に彼等の力を引き出すことができる。自然界の法則を司る精霊の支配とは、すなわち世界を統べる王となる力だ。魔力障壁しか教わっていない君では僕に勝てない!」
「しかも、この眼のおかげで君がどう動くかは手に取るようにわかる」
「データも存分に取れた。長い付き合いだったが、そろそろ終わりにしよう。彼等が鉱山でアレを見つけて破壊する前に決着を付けさせてもらうよ」
得意気に勝ち誇るユニ達。ところが、その表情から三度笑みが消える。
「なっ!?」
「こ、鉱山ごと!」
『ハッ……ハハハッ! ようやったズウラ!』
振り返ったアイムは逆に笑う。人間の姿なら膝を叩いていたところだ。鉱山そのものが巨大な手と化して内部にいたものあったもの全てを握り潰した姿が見える。彼もここまでやるとは予想していなかった。
そしてズウラの活躍は大きなヒントも与えてくれた。
『貴様のその眼の欠点も見えたぞ!』
跳躍するアイム。そしてユニ達のうち一人に喰らいつかんとする。当然、相手は冷静に回避してカマイタチを放った。さらに複数のユニが触手を伸ばし、下顎を切り裂かれて勢いを失ったアイムを地面に叩きつける。
けれど彼は笑っていた。狼の顔でニヤリと笑う。
『やはりな……!』
「同時に複数の敵の未来は見えん! そうじゃろ!」
「ッ!?」
頭上から影が差し、振り返ったユニの顔面に拳を叩き込む人間の姿のアイム。人間と狼、両方の彼が同時にこの場に存在している。
人間の姿のアイムは次の瞬間、異なる極の磁石が引き合うように地面に横たわっている獣の姿の自分に向かって引き寄せられた。そのついでに殴ったのとは別のユニを空中で捕え、関節技をかけながら共に落下する。
「人と獣、二つの自分を分離させたのか!?」
「こういう技を使えるワシもおるようだ!」
そのまま共に獣のアイムに激突する両者。爆風が生じ、収まった後には全身の骨が砕けたユニと人間の姿になったアイム一人が残っていた。小さくなったことで触手による拘束から脱し、素早く移動を始める。
分離できるのは数秒が限界。それでもユニの裏をかくことはできる。
(今ので証明された、奴の未来を見通す力は意識を集中させている相手にしか使えん。複数で同時に仕掛ければ裏をかける!)
だが、それもそんなに簡単な話ではない。なにせユニ・オーリは複数いるのだ。奴ら全員の裏をかくには全ての視線を把握してごくわずかな隙間に滑り込む必要がある。今のは初見だから出来たこと。二度目はそう簡単にいくまい。
勝機はある。ニャーンとズウラのおかげでそれが生まれた。後はこちらが掴むのみ。
「無駄にはせんぞ、ヒヨッ子ども!」
「くっ……アイム……!」
「やるじゃないか!」
殴ったユニとへし折ったユニ、どちらの再生も遅い。明らかに速度が落ちている。加えて二人共魔力障壁を展開していなかった。他のユニ達もだ。さっきまで障壁で全身を覆っていたのにそれを解除して触手を伸ばして空中に立っている。
こちらの表情から察して答える彼。
「その通り、魔力の供給を絶たれた。もうほとんど魔力は残っていない」
「この眼を手に入れた時にね、代償として自分で魔力を生み出す力を失ったんだ」
「だからあの鉱山に設置した装置で外部供給していたんだがね」
「やってくれるよ、あのボウヤ」
べらべらとよく回る口だ。この期に及んで自分が弱体化したと解説するということは、まだ何か切り札が残っているのだろう。
「何かあるなら使ったらどうじゃ? はよせんと奴らが戻って来るぞ」
「たしかに、その通り!」
ユニがニャーンとズウラをあえて鉱山へ行かせたのは、相手がアイム一人の方が未来予知により有利に立ち回れるからである。あの二人が戻って来て攻撃の手数が増えてしまうと今のアイム相手では流石に分が悪い。
これはあまりやりたくなかったのだが、ここまで追い込まれては仕方あるまい。
ユニ達は触手を四方八方に伸ばし、自分と自分を、そして瓦礫の下に埋もれた無数の死体を繋ぎ合わせた。
動く死体達が黙々と働き続けて地下から鉱石を運び出していた。アイム達があれだけ倒したのに、まだこんなに残っている。彼等も解放してあげたい。
それでもニャーンには攻撃できない。すでに死んでいるとはわかっていても彼等を傷付ける行為に対し強い忌避感を抱く。
だからズウラが代わりを務める。
「ニャーンさん、見なくていいですよ」
「……いえ」
それだけはできない。他人に手を汚させて、自分は目を逸らしているなんて、そこまで卑怯にはなりたくない。
「見ています」
「わかりました、じゃあ始めます」
「あっ、待ってください。先に中を調べないと」
もしも生きている人間がいたら助けたい。そう思って白い怪塵を放出し鉱山内を隈なく調査するニャーン。
結果、生きた人間は見つからなかった。でも奇妙なものがいくつかある。
「なんか、機械みたいなものがあちこちに設置されてます。多分、これがあの人の言っていたものじゃないかと」
「たしかに、ありますね」
「えっ?」
驚くニャーンの前でズウラも同じことをしていた。周囲の鉱物を認識できる、その感覚を利用し鉱山内の情報を取得して脳内でイメージを構築する。
(やっぱりオレの力はニャーンさんのそれと似ている。怪塵の操作はできないみたいだけど、それ以外のことなら大体真似できる。いや、もしかしたらそれ以上も――)
以前アイムから教えられたことがある。この星の大部分は『鉱物』で形作られていると。果てしなく広く深いように見える海ですら実は星全体から見ればごく一部で、表面を覆う浅い水たまりでしかない。怪塵の本来の姿である赤い凶星も、この星よりはずっと小さかったそうだ。
彼はそれを、赤い凶星より巨大な星の大部分を操ることができる能力者。未だ自覚は無いがこの惑星の王となれる資質を持った存在。
その才能の片鱗が今、ニャーン・アクラタカとの接触によって開花を始めていた。
(本当にここがアイツの力の源かどうかは知らないが、怪しいのは確かだ……なら、まとめて握り潰す!)
ズウラは数秒だけ精神を研ぎ澄ませるための瞑想を行った後、大声で吠えた。疲労しきった体に残された体力を全てかき集めて声を絞り出す。
そうして『鉱山』に命じる。
「ぶっ潰れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「わわっ!?」
驚愕したニャーンの眼下で大地が波打つ。隆起と陥没を繰り返しながら変形していく。可哀相な動く死体達を巻き込み、鉱山の周囲に出現した巨大な『手の平』が全てを握り潰して圧縮する。
中にある機械は頑丈に作られているようで、これでもまだ破壊し切れていない。だがその素材もまた金属だと気付いて能力で干渉する。ひしゃげ、ねじ曲げ、断裂させて完全に機能停止へと追い込む。あと一息だ。
「フンッ!」
顔の高さまで持ち上げた拳を握るズウラ。同時に鉱山が変形して出来上がった手も完全に握り拳の形になって哀れな動く死体達と鉱山の中にあった機械群を葬った。
その瞬間、彼等には認識できない力の流れも断ち切られた。
アイムは改めてユニ・オーリという男の能力の高さを確信する。この男は並行世界の同位体達と接続してさらなる力を得た自分とも未だ互角に戦えるのだから。
いやむしろ、ここまで強化されてもなお押されている。
「その程度か? いや、違うはずだアイム。もっともっと引き出せ! あらゆる世界のあらゆる君から可能性を引き出すんだよ!」
「まだ力を扱い切れてないな! そんなことじゃあ僕には勝てないぞ!」
「ほら、どうした! 今度こそ僕を倒してみろよ!」
触手による攻撃など、この男にとっては手加減でしかなかった。今度は炎や雷、烈風に凍てつく冷気と多彩な技を繰り出して来るユニ達。しかも周辺の環境が変化するほどの大規模で精霊の力を操っている。祝福されし者ではないはずなのに。あまりに目まぐるしい変化には星獣の適応能力をもってしても対処が追い付かない。
『おのれえ!』
凍り付いた肌に雷が落ちて裂傷となり血が噴出した。その血が熱気によって蒸発するなり今度は砂塵を含んだ風が渦を巻いて顔をズタズタに切り裂く。
『ガアッ!』
全身から超振動波を放つアイム。すでに粉々になっている周囲の瓦礫がさらに細かく粉砕されて宙を舞った。けれどユニ達は薄皮一枚まで範囲を狭めた魔力障壁で身を守り、涼し気な顔で空中に浮遊し続ける。
「無駄だよ、僕のこれは祝福とは違う。一人につき一種の精霊しか操れない彼等のような不完全なものと一緒にするな」
「魔法はもっと優れた技術だ。魔力と知識と経験さえあればあらゆる精霊を従え、強制的に彼等の力を引き出すことができる。自然界の法則を司る精霊の支配とは、すなわち世界を統べる王となる力だ。魔力障壁しか教わっていない君では僕に勝てない!」
「しかも、この眼のおかげで君がどう動くかは手に取るようにわかる」
「データも存分に取れた。長い付き合いだったが、そろそろ終わりにしよう。彼等が鉱山でアレを見つけて破壊する前に決着を付けさせてもらうよ」
得意気に勝ち誇るユニ達。ところが、その表情から三度笑みが消える。
「なっ!?」
「こ、鉱山ごと!」
『ハッ……ハハハッ! ようやったズウラ!』
振り返ったアイムは逆に笑う。人間の姿なら膝を叩いていたところだ。鉱山そのものが巨大な手と化して内部にいたものあったもの全てを握り潰した姿が見える。彼もここまでやるとは予想していなかった。
そしてズウラの活躍は大きなヒントも与えてくれた。
『貴様のその眼の欠点も見えたぞ!』
跳躍するアイム。そしてユニ達のうち一人に喰らいつかんとする。当然、相手は冷静に回避してカマイタチを放った。さらに複数のユニが触手を伸ばし、下顎を切り裂かれて勢いを失ったアイムを地面に叩きつける。
けれど彼は笑っていた。狼の顔でニヤリと笑う。
『やはりな……!』
「同時に複数の敵の未来は見えん! そうじゃろ!」
「ッ!?」
頭上から影が差し、振り返ったユニの顔面に拳を叩き込む人間の姿のアイム。人間と狼、両方の彼が同時にこの場に存在している。
人間の姿のアイムは次の瞬間、異なる極の磁石が引き合うように地面に横たわっている獣の姿の自分に向かって引き寄せられた。そのついでに殴ったのとは別のユニを空中で捕え、関節技をかけながら共に落下する。
「人と獣、二つの自分を分離させたのか!?」
「こういう技を使えるワシもおるようだ!」
そのまま共に獣のアイムに激突する両者。爆風が生じ、収まった後には全身の骨が砕けたユニと人間の姿になったアイム一人が残っていた。小さくなったことで触手による拘束から脱し、素早く移動を始める。
分離できるのは数秒が限界。それでもユニの裏をかくことはできる。
(今ので証明された、奴の未来を見通す力は意識を集中させている相手にしか使えん。複数で同時に仕掛ければ裏をかける!)
だが、それもそんなに簡単な話ではない。なにせユニ・オーリは複数いるのだ。奴ら全員の裏をかくには全ての視線を把握してごくわずかな隙間に滑り込む必要がある。今のは初見だから出来たこと。二度目はそう簡単にいくまい。
勝機はある。ニャーンとズウラのおかげでそれが生まれた。後はこちらが掴むのみ。
「無駄にはせんぞ、ヒヨッ子ども!」
「くっ……アイム……!」
「やるじゃないか!」
殴ったユニとへし折ったユニ、どちらの再生も遅い。明らかに速度が落ちている。加えて二人共魔力障壁を展開していなかった。他のユニ達もだ。さっきまで障壁で全身を覆っていたのにそれを解除して触手を伸ばして空中に立っている。
こちらの表情から察して答える彼。
「その通り、魔力の供給を絶たれた。もうほとんど魔力は残っていない」
「この眼を手に入れた時にね、代償として自分で魔力を生み出す力を失ったんだ」
「だからあの鉱山に設置した装置で外部供給していたんだがね」
「やってくれるよ、あのボウヤ」
べらべらとよく回る口だ。この期に及んで自分が弱体化したと解説するということは、まだ何か切り札が残っているのだろう。
「何かあるなら使ったらどうじゃ? はよせんと奴らが戻って来るぞ」
「たしかに、その通り!」
ユニがニャーンとズウラをあえて鉱山へ行かせたのは、相手がアイム一人の方が未来予知により有利に立ち回れるからである。あの二人が戻って来て攻撃の手数が増えてしまうと今のアイム相手では流石に分が悪い。
これはあまりやりたくなかったのだが、ここまで追い込まれては仕方あるまい。
ユニ達は触手を四方八方に伸ばし、自分と自分を、そして瓦礫の下に埋もれた無数の死体を繋ぎ合わせた。
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