ワールド・スイーパー

秋谷イル

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四章【赤い波を越えて】

試練の神

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『なんだ!?』
 先に宇宙へ上がっていたグレン達もすぐさま異変に気付いた。母星の方から声が響いて来たためである。
 足を止め、振り返った彼とアイムが見たのは青白い光の膜――つまり魔力障壁で覆われた母星の姿と、それを見下ろす形で出現した星より大きな光の巨人。女の形をした何者かの姿。
 アイムが目を見開く。

『オクノケセラ!』
『久しいな、我が息子アイム・ユニティ。息災なようで何より』

 女の姿の光の巨人、嵐神らんしんオクノケセラはそう言って彼等を見ながら右手を母星に向け、手の平をかざす。その手から別の輝きが生じた。とてつもなく巨大な魔力の塊。一撃で星を破砕できるほど強力なエネルギー。

『戻るなよ、お前達。そこから一歩でも引き返して来たら即座にこの星を砕く』
『なっ!?』

 なんのつもりだ? 今まで星を守って来た当人が何故ここで突然翻意する?
 否、オクノケセラは方針を変えたわけではない。これもアイム達を思えばこその試練なのである。その証左に彼女は告げた。

『行け、行って戦え。お主とその小僧の役割はそれだろう。迫り来る抗体を全て破壊せよ。それで多少は時間を稼げる』
『時間、だと……? 何を考えておる!? 何のつもりだ!』
『今のままでは、お主等は勝てぬ。この戦いを凌いだところで先は無い。次はワシと同じ守界七柱が直接攻めて来るだろう。さすれば、このように小さな星一つ簡単に砕かれる。ゆえに今一度試す必要がある。その結果をもって可能性を示し、同胞達の考えを改めさせる』

 道はこれしか無い。彼女は他の六柱の性格を良く知っている。特にこの攻撃の指揮を執っている友の考え方を。眼神アルトゥールなら奇跡と呼ぶに値する事象を観測した場合、確実に慎重に対応を決める。これまでの全てを一旦白紙に戻すに違いない。
 少なくとも、この星にチャンスを与えることはできる。そのための一手はすでに打った。アイム達に生存の道があるとしたら、可能性はそれ一つ。

『さあ行け子犬。この魔力障壁は内から外へ出ようとするものは全て弾く。だが外から中への侵入は容易だぞ。一つでも抗体を素通りさせれば星は滅ぶ。お主等に他に選択肢は無い』
『貴様……!』
『それとも、ここで黙ってニャーン・アクラタカの到着を待つ気か? 息子よ、いつから千歳以上下の小娘に守られるようになったのだ?』
『!』

 賢しい子犬。今の言葉できちんと理解できたらしい。
 そうだ、己の立場を弁えよ。

『行け、星を守る獣。その使命を全うせい』
『従おうアイム。星そのものを人質に取られていては逆らえん。それに確かに我々の役割は最前線で戦うこと、ここで時間を浪費するわけにはいかん』
 グレン・ハイエンドも理解して促す。アイムはそれでもしばしオクノケセラを睨みつけていたが、やがて顔を宇宙の彼方に向けた。迫り来る赤い星々へと。
『全部終わったら、もう一度話をさせてもらうぞ』
『おう、ようやくその気になったのか。千年間も顔を見せなんだ愚息が成長したものだ。よかろう、待っててやるから仕事を済ませて来るがいい』
『……』

 アイムはもう一度だけ振り返った。何故か、そうしなければならない気がしたからだ。
 けれど、すぐに得体の知れない不安を振り切って走り出した。黒い毛皮で覆われた巨体が宇宙の黒に溶け込むようにして遠ざかっていく。グレンと共に。
 その背を見送った後、オクノケセラは星の表面に立ってこちらを見上げている小さな者達に眩い光を放つ美貌を向けて見下ろした。彼等に対しても告げる。

『というわけだ、全力で立ち向かって来るが良い。この試練を乗り越えねば未来は無いぞ』
 そして、あの少女にも語りかける。
『生きているな、ニャーン・アクラタカ。この程度で死んでいたら失望するぞ。お主もワシの期待に応えてみせよ。宇宙へ上がる方法は一つだけだ。かつて我が息子アイムだけが辿り着いた場所へ、黄金時計の塔の頂上まで上がって来い。ワシはそこで待っている』

 そこで何をするのか、そもそも塔がどこにあるのかも教えずオクノケセラは姿を消してしまう。
 一方、地上では――どこかの森の中で墜落した宇宙船から這い出してきたばかりの少女が絶叫を上げる。

「なんなんですかそれ!? むちゃくちゃです!」
「アイム様の……育て親、ですね……」

 同じく這い出して苦笑いするスワレ。突然無理難題を押し付けて来るところがそっくり。今この時にも十万の凶星が迫りつつあるというのに、黄金時計の塔を見つけて昇って行かなければ自分達は宇宙へ出してもらえないらしい。

 ――彼女達だけでなく、地上の全ての人々が女神の要求を聞いていた。だから無人となった第五と第七大陸以外の五つの大陸全てで彼等も慌て始める。

「どこだ!? 黄金時計の塔はどこにあるんだ!」
「探せ! ニャーン殿に伝えなくては!」
「学者達、何か知らぬか!?」
「今、文献を改めております! どこかに、どこかに手がかりが――」
 そう、実はその塔の所在地は実際に上ったアイム以外は誰も知らない。言い伝えによるとそれは『目には見えない塔』なのである。



「さて」
 アイム以外には誰も場所を知らない塔の頂上に戻ったオクノケセラは、長年愛用して来た椅子に座って待つことにした。
 ひょっとしたら誰も来ないかもしれない。この塔の内部は人間には過酷すぎる環境だ。そもそも見つけられない可能性もある。
 だが彼女は、ここからあの少女の成長を見守って来た。
 だから知っている。できるはずだと。
「学んだことの全てを活かせ。お主には見つけられる、ここまで昇って来られる」
 幸いなことにこの塔に昇るのにうってつけの能力者も同行している。焦って自滅しなければ問題無い。思ったよりは簡単な話だと挑んでみればわかるだろう。問題は残り時間だ。
「急げよ、ニャーン・アクラタカ。皆が死んでしまうぞ」

 この程度の試練、乗り越えられねば明日は無い。
 全てはお前とアイムにかかっている。

 ――直後、彼女は戦いの始まりを知った。力と力がぶつかり合って巨大な波が発生する。その波が黄金時計の塔を揺らした。開幕から派手にやっているらしい。
 友の眼力には及ばないが彼女にも多少の遠見ならできる。瞼を閉ざすとあの子犬の雄姿が脳裏に浮かんできた。

『やはり、こやつらはワシの戦い方を知らん! 千年ワシらを観察していたキュートと違って今のところはデクの坊じゃ!』
『とはいえ火力は馬鹿にならん! まともに受けるなよ!』
『光線は任せる! 他はワシが防ぐ! 後は思う存分その刃で切り裂いてやれ!』
『承知!』

 アイムとグレン、師弟のような関係だけあって良い連携だ。互いに死角を補い、それぞれの得意分野を活かして数で勝る抗体群を圧倒している。
 けれど、それも今だけ。戦っているうちに抗体達は学習して行く。やがてキュートのように正確に彼等の動きを予測するようになる。そうなったらあの二人でも優位を保ち続けることはできない。
 しかも二人が倒した抗体の欠片は、やがて母星に到達して地上で怪物と化す。倒せば倒すほどに降り注ぐ怪塵の量は増え、人々は追い詰められていくのだ。
 ニャーンがいたら戦力を増やすことができた。同時に地上へ降り注ぐ怪塵の量も減らせる。だがいない。オクノケセラがこの手で宇宙へ出ることを阻止した。だからこその試練。
 乗り越えて欲しい、本気でそう思っている。自分は試練の神だから。試練とは乗り越える余地があってこそ意味を持つもので、乗り越えられない試練はただの暴力。
 彼女は、頑なにそう信じている。
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