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マツヲ。

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29:居たたまれなさは継続中

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 人前で堂々と甘いセリフ付きでハグだのキスだのと、目立つことをこれでもかとしていった張本人の背中を無言で見送ってしまってから、ハッと我にかえる。
 ヤバい、なんかめっちゃ注目浴びてんじゃん!?

 目立ちたくなんて、なかったのに……!!
 あわてて教室のなかにかけ込むと、そのまま己の席について突っ伏す。
 顔なんて、あげていられるハズがなかった。

 なんなんだよ、あのエロ・テロリスト!!
 そういうことは、ヒロインにだけやってればいいんだよ!
 頼むから、俺みたいなモブを巻き込むんじゃないっ!!

 そんなふうにできるだけ小さくなっていたところで、なお教室の内外から、こちらに突き立てられる無遠慮な視線を感じる。
 さっきから顔が熱くてたまらないし、きっとまた耳まで真っ赤に染まってると思う。
 お願いだから、触れてくれるなと思ったところで、思春期の学生相手に空気を読むなんて芸当を期待してもムダだった。

「なぁなぁ、テイラー、あれ、ブレイン殿下だろ?いつの間にそんな親しくなったんだよ?」
 にやにやと笑いを浮かべているであろう声が、真横から聞こえてくる。

 パレルモ様の取りまき要員のひとり、ジミー・ナルデロだ。
 ナルデロ子爵家の三男で、派手な緑の髪と茶色の瞳に、顔のそばかすが特徴的な小柄な少年だ。
 たぶん年齢的には俺とパレルモ様のあいだくらいだけど、なんとなくヤンチャな弟みたいな存在だった。

「うるさい、気のせいだ」
 気のおけないモブ仲間ではあるだけに、つい対応も雑になる。
 こんなふうにからかわれることになるから、教室まで送られるとか嫌だったのに。

「ふぅん、こんな痕つけられておきながら、『気のせい』ねぇ?」
 あきれたような、声。
「~~~ンっ!!」
 スルッとうなじを指でなぞられ、背すじにゾクッとした感覚が走る。

「ふざけんなよ、ジミー!」
 ヤベェ、あやうく変な声が出るところだった。
 肩は若干ハネてしまったかもしれないけど、なんとかこらえて身を起こす。

「オレじゃないし!」
 だけどふりむいた先にいるジミーは、顔を赤くしながらあわてて両手を振って否定をした。
 いや、たしかに全然声はちがっていたけれど。
 じゃあ、いったいだれなんだ……??

「あ、ゴメン、俺だわ」
「え……カイエン?」
 声が聞こえたほうを、あわてて見る。
 そこにいたのは、片手をあげるシャツのうえに黄色いカーディガンをかさねて着た、ガタイのいい褐色の肌の少年だった。

 彼の名前はカイエン・アマリージョ。
 彼もまた、『星華せいかとき』の攻略キャラクターのひとりで、わりとすなおというか、思ったことをすぐ口にしてしまうタイプの少年だ。

 少し固そうな肩まで伸びた赤い髪に、快活に笑う大きな口、そして人好きのする笑みの似合う、エメラルドのような色のタレ目が目立つ顔。
 とにかく人懐っこい印象をあたえる彼は、ファンからは犬っぽいと言われており、それと髪色をあわせた『赤ワンコ』から転じて『アホワンコ』なんてあだ名で呼ばれていた。

 ついでに言えば攻略難易度最下位の、初心者向けキャラクターでもある。
 要は惚れっぽくて、チョロい。
 けれど好きになった相手に一途なところは、意外にもファンから人気の理由になっていた。

「や、なんかエロいうなじだなーって思って」
「………………」
 悪気もなく言い切る彼に、とっさにかえす言葉が見つからない。
 そもそも『エロいうなじ』ってなんだよ?!

「いやー、今までテイラーなんてノーマークだったけど、なんつーか白くて細い首すじに紅いキスマークが見えるの、マジでエロくない?」
「……とりあえず、寝言は寝てから言ってくれ」
 真顔でふざけたことを抜かすカイエンは、やっぱり『アホワンコ』の呼び名にふさわしいおバカキャラだった……。

「いや、でもさ、ホントに案外イケる気がするぜ?!ふだんのテイラーって、なんていうかピシッと背すじのばして、ピリピリしてることが多いじゃん?だからうなじがこう、無防備に見えることってあんまないんだけど……」
 ……たしかにそう言われると、めずらしく机のうえに突っ伏していたけどさ。

「……そういうの、間に合ってるんで」
 これ以上メインキャラクターたちが腐っていくのは、もう結構ですと言いたい。
 冷たい視線を送ったところで、しかしアホワンコはへこたれなかったようだ。

 がたんと音を立てて前の席に腰かけると、しみじみとこちらの顔をのぞきこんでくる。
 やっぱり攻略対象になるだけあって、コイツの顔もまた、よく見るとととのっている。
 クソ、うらやましいぞ、このイケメン!

「いやぁ~、だからホントにあらためて見るとほっぺた赤くして照れてる姿とかもかわいいっつーか、やっぱり目もとも赤いのはエロくね??あのブレイン様が、ここまであからさまにマーキングしてくるのも納得っていうか」
「…………………」
 どうしよう、だれか通訳プリーズ!

「~~~っ、俺はたんなるもらい事故の被害者だから!マーキングもなにも、こんなのただの嫌がらせだろ!?」
 いきおいよく言いかえしたところで、シン……と教室が静まりかえる。
 しまった、興奮しすぎて声が大きかったか?

 周囲の耳目は、今や完全に俺たちへと向いていた。
 昨夜になにがあったのか、俺の口から語られるのを待つような静かな熱気につつまれ、かえって閉口してしまう。

「でもさー、自分の制服を着せて、さらに自分にしか着用がゆるされていない色で相手をつつみたいって、結構な独占欲のあらわれだと思うけど?」
「えっ?」
 けれど空気を読まないアホワンコは、そのまま話をつづける。

「だって、おなじ寮内なんだからさ『テイラーの制服持ってこい』でも『取りに行ってこい』でも、付き人に命じればすぐできんじゃん!」
「っ!?」
 まさにそのとおりだった。

 つい今朝はブレイン殿下のミスリードで、自分じゃ取りに行けないと言われて納得してしまっていたけれど、たしかにそれはカイエンの言うとおりだ。
 ふつう、この学校の生徒なら、そういう雑用は付き人に命じてやらせるものだった。
 人のこと言えないじゃん、俺!!

 俺こそアホか!?
 まさかのカイエンに諭されるとか、ショックきわまりないんだが……。
 その衝撃に、ふたたびガックリと肩を落として机に突っ伏したのだった。
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