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マツヲ。

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52:ふいに気づいた心の傷

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「心臓によくないから、そういうの本当にやめてくれ。あんたの家は、オレのとこよりか爵位が上なんだから」
「スマン……」
 腕を組んだセブンに言われ、恐縮する。

 マズイな、つい前世の気持ちに引きずられて貴族というより平民感覚でいるせいで、気楽にあやまってしまうけれど、本来的にはあり得ないことだろう。
 そりゃセブンだって、なにごとだと怯えるよな?

「そういえばセブンは俺と話してみたいって言ってたけど、目的は達せられたか?なんかほかに聞きたいことがあるなら、なんでもこたえるぞ?……まぁ、こたえられる範囲でだけど」
 お詫びというわけではないけれど、なんとなくセブンが話しかけづらそうにもぞもぞしているように見えて、水を向ける。

「あ、あぁ……その、今朝のことなんだけど……」
「うん?」
 すごく言いにくそうというか、迷っているみたいに見える。

「正直どこから聞けばいいのか……オレ、あんたを昨日保健室に運んだだろ?そんときに見ちゃって、その……」
「あぁ、大量のキスマーク?悪い、見苦しいモン見せちゃったな」
 キョドる姿にアシストを出せば、思い出してしまったのか、一瞬にしてセブンのほっぺたに朱が差した。

「それ、つけられたのって……本当にあの紫殿下からなのか……?その、ほかのヤツらから無理やり、とかじゃなくて……?」
 あいかわらず目がさまよっているけれど、ぼそぼそと口ごもるように問いかけてくるセブンに、首をかしげる。

「ん?あぁ、これはまちがいなく全部あの人につけられた痕だけど……?」
 そりゃもう嫌だって言ってるのに、たくさん痕をつけられたのは事実だけど。
 でも……なんとなくセブンが言いたいのは、それとはちがうことなんだろうな。

「昨日っ、あんたを保健室まで運んだとき、かすかに甘い匂いがした───なんかスゲーやな感じのするヤツ。そういうの、あの紫殿下が使うとは思えなくて……だから、その……」
 どんどん語尾が小さくなっていくセブンに、ようやく回路がつながる。

「あー……うん、かぁ……」
 どうしよう、どこまで話していいんだろうか?
 こんな話聞いても、おもしろくもないだろうしなぁ……。
 でも迷ったのは、ほんの少しの間だけだった。

「ま、なんでもこたえるって言ったのは俺だしな。聞いてて楽しくないかもしれないけど、それでもいいか?」
「あぁ、かまわない」
 そうして一昨日の夜のことを、ゆっくりと話し出す。

 タチのよくない連中にパレルモ様が襲われそうになっていたこと、助けに入ったつもりがそこであやしい薬で身動き取れなくなって襲われかかったこと、その後風紀委員に助けられたこと。
 まぁ、そのあとは責任を取ると言われてブレイン殿下にお持ち帰られたこと。
 なるべくエグさがないように気をつかいながら、淡々と語る。

 もちろん、その薬が本来のこの世界にはあるハズもなかった『魅了香チャーム・パフューム』という指定禁止薬物だということだとか、それの出どころをさぐるために風紀委員が動いていること、そしてその作戦の一環でブレイン殿下が腑抜けたふりをしているという話だとか、ナイショにしておかないといけないことはある。

 ほかにも俺たちが囮にされたあたりの話だとか、セラーノのキャラクター改変のあたりの話だとか、この世界への侵食者による改変の影響を受けていたであろう部分は黙っておいたほうがよさそうな気もする。
 だからすべてをつまびらかにすることはできないけれど、今俺に話せることは誠意をもって伝えた。

「───てことで、匂いの原因のほうは未遂で済んだし、本当に痕はそれとは別モノだから安心してくれ」
 その代わりと言ってはなんだけど、セブンが心配しているようなことは起きていないと、きっぱりと言いきる。
「……それで、あんたは大丈夫なのか?」
 そんな俺に、セブンはおずおずとたずねてきた。

「まぁ、すぎたことを引きずってもしょうがないし、忘れるしかないだろ。それにパレルモ様をお守りするのが、俺の役割だからな」
「っ!」
 苦笑を浮かべてかえしたところで、むしろ相手のほうが泣きそうな顔になる。

「なんでセブンが泣きそうになってるんだよ?ほら、俺は大丈夫だから」
 そう言って問題ないのだと伝えるために笑顔になると、わしわしと相手のあたまをなでる。
黙ってあたまをなでさせてくれるセブンは、俺に心をひらいてくれているんだろうか。

「……でも、あんたがさっき言ってた『トラウマ』って、今朝の制服脱がされそうになったときの様子からして、なんだろ?なら、やっぱりあんたに自覚がなくても、心は傷ついてるってことだろっ!?」
「───っ?!」
 完全に予想外の球が、突然に投げ込まれた心持ちだった。

 俺の心が、傷ついている……だって……?
 大好きな『星華せいかとき』の世界を守るためなら、なんだってできるし、耐えられると思っていた。
 だからけっして、この世界が原因で傷つくことはないって思っていたのに……。

「そう、なのか……??」
 そんなこと、全然思ってもみなかった。
 だって自覚がないってことは、傷ついてないってこととほぼ同義なんじゃないのか?

「そうだよ!あんた、自分のことに無頓着すぎるだろ!もっと自分を、自分の気持ちを大事にしろよ!!」
 自分の気持ちを大事に……?
 そんなことしていいハズがないし、しちゃいけないと思い込んでいたのに……!!

 ぽろっ
 その言葉が染み込んできて、気がつけば目から涙がこぼれていた。
 そうだ───この世界に来たと気づいた一昨日から、あまりにもいろんなことがありすぎて、感覚がマヒしてしまっていたのかもしれない。

「そっか……俺、やっぱり怖かったのか……朝のアレは、ただの悪ふざけなのに、そんなふうに思ってしまうのは俺がおかしいんじゃないかって思ってたけど……」
「それこそさっき、あんたがオレに言ってくれたことだろ?『悪意がなかったからって、ゆるされて当然だとはならない』って」
 そっと気づかわしげに、こちらの肩に手が添えられる。

 今はその手のあたたかさが、やけに心に染みた。
 あぁ、やっぱりセブンは俺の自慢の『うちの子』だ。
 相手の心の傷にも寄り添える、やさしい子でよかった……!

「~~~~~っ!!」
 そう思ったとたんに、せきを切ったように涙が止まらなくなる。
「オレも次はもっとうまく、あんたのことを助けられるようになるから……!」
 セブンの決意を秘めた言葉が頼もしくて、あとから止めどなく涙がこぼれていった。
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