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マツヲ。

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101:今は雌伏のとき

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 ひとりで座る俺にたいする、周囲の視線は遠慮ないものだった。
 特に横からと、そして向かいからの視線が痛い。
 まぁ、理由の大半は、俺が着ているこの薄紫色のカーディガンだとは思うけど。

 横は傍聴席だけに、クラスメイトをはじめとするこの学校の生徒たちがひしめいている。
 いくら貴族とはいえ、好奇心旺盛な年代にとって、ブレイン殿下の色とされるそれを身につけた存在は気になるに決まっている。

 なにしろ、これまでに多くの浮き名を流してきたわりに本命とされる恋人も許嫁もいなくて、その色の服や宝石を他人にまとわせたことがないなんて逸話がある方だったから。
 そんなブレイン殿下が、最近恋人を作ったなんていうウワサが急に流れた。
 そのウワサを耳にしていれば、俺の顔を見てやろうという物見高いヤツらがたくさんいてもおかしくはなかった。

 その突き刺さるような視線のなかには、ブレイン殿下を本気でお慕いしていた子たちの失恋による怨み節もふくまれるだろうし、一概に不快なだけとは言えない。
 というより、これは本気でブレイン殿下を愛してしまった俺が、甘んじて受けるべき試練でもあると思っていた。

 そしてもう一方の向かいからの視線は、もちろんブレイン殿下本人からのものだ。
 あー……あの顔は、相談もなく、いきなりこんなことしでかした俺にたいして、心配をとおり越してなかば怒りに変わってるって感じだな?

 なぜ自分を頼らなかったのかと、俺が独断専行したことにたいして憤慨している気配がただよってくる。
 やべぇな、こりゃ失敗できないぞ?!

 万が一にも俺の策がうまくハマらなくて、有罪判決なんて受けてしまった日には、叱られるどころじゃ済まないし、なんなら方々を丸くおさめるためにはこの命を差し出すくらいはしないとダメかもしれない……。
 うん、そのつもりであらためて気を引きしめておこう。

「……………」
 あまりの気まずさに、チラリと盗み見た際にあった目を、フイッとそらす。
 そりゃ俺だってわかってたよ、頼ってしまったほうが楽だったのはまちがいないってことくらい!

 たぶん、ベルや担任教師がなにを言ってきたところで、ブレイン殿下のお力を頼れば、きっとその発言を彼らに撤回させることはできたんだろう。
 でもさ、それをしたからと言って、本当に効果があるのかな?って思うんだ。

 だってそれは、相手を納得させることも、周囲に俺が潔白だと認めさせることもなく、ただ権力で口をふさがせるだけでしかないわけだろ?
 そうなれば俺にたいする悪意はみじんも薄れることはないどころか、ますます増していってもおかしくないだろ!

 そしてまたいつなんどき、いわれなきことで誤解され、糾弾を受けるはめに陥ってしまうかわからない状態に逆もどりする、と。
 それだけじゃない、もし俺がそんな周囲からの嫌われコースまっしぐらになったら、そんな俺を愛でていたブレイン殿下の評判まで下がってしまうだろ!

 それはダメだ!
 絶対に容認できない。
 俺だけならともかく、あの人を巻き込んでしまうのならば、ここで俺は改変のせいでふくれあがった、俺にたいする憎悪を昇華させておく必要があった。

「えー、査問内容は、そこにいるテイラー・ストゥレイン・ダグラスが、己の主であるパレルモ・ポット・ライムホルンをいじめたとのことだが、それに相違ないか?」
「そ、相違ありません」
 教頭から議長として指名されて、議事の進行を任された校長に話をふられ、担任はふるえる声でこたえる。

 校長はうなずき、次にベルを見る。
 でもベルは、さっきから俺をにらんだままで、その視線に気づいていなかった。
 ……仕方ない、代わりに俺が先にすすめるしかないか。

「……私はそれが、そちらの両名からの事実誤認や誤解に基づくものであり、事実とは相違するものであることを主張いたします」
 さっそくだけど、片手をあげて議長である校長とアイコンタクトをとり、発言の許可をとってから自己主張をしておく。

「なっ!?パレくんを泣かせておいて、よくもそんなことが言えますね?!あなたには恥ってものがないんですか?!」
「──ベル・パプリカ、それよりも質問にこたえてください」
 いきなり俺を糾弾してきたベルは、さっそく校長にたしなめられていた。

「はいっ!そこにいるテイラーくんは己の主であるパレくんをいじめていました。僕ははっきりとこの目で見ました!」
 堂々とベルは、そんなことを言いきる。

「議長、発言の許可をよろしいでしょうか?」
「よろしい」
「はっきり見たということですが、具体的にはどれを指すのかをご教示いただきたいと思います」
 ふたたび挙手をして、発言の許可を得てから口をひらく。

「よくもまぁ、そんなことが言えますね!」
 案の定、ベルは俺の発言に食いついてきた。
 よし、出だしは想定どおりの流れに引き寄せられている。

「僕が教室に入ったとき、あなたの前でパレくんが泣いてたのが、なによりの証拠じゃないですか!」
「……わかりました、あなたが見たというのは、泣いているパレルモ様だったということですね?」
「だったらなんなんです!?まさか言いのがれをするつもりですかっ、信じらんないっ!!」

 まだるっこしいけれど、俺はきちんと査問会の正式な作法にのっとって、発言のたびに議長である校長に挙手をして許可を得てから行っていた。
 そのせいで、どうしても発言のタイミングが遅くなる。

 おかげで白熱した言い合いになるというよりは、ベルだけがキャンキャンさわいでいるようにも見えた。
 こういうやりとりもまた、査問の判断対象として採点されているのを、たぶんベルは知らないんだろうなぁ……。

 そしてそれは、激昂するベルにとっては絶妙なイラだちを引き起こすことにつながるらしかった。
 次第にその態度からは余裕が失われ、イライラとした様子が見てとれるようになってきた。
  
 ───これもまた、ある意味で俺の策略のひとつだったけど。

 担任はこの会の重さを理解しているからこそ、逆におとなしくなっている。
 それらをふくめて、今のところはバッチリと、俺のかんがえたとおりの展開にハマっていた。

 そう、つまりは反撃開始のタイミングは、もうまもなくのときに迫っていた。
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