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マツヲ。

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166:一介のモブには重たすぎる過去エピソード

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 今クレセントが口にした『リオンルート』というのは、ヒロインに横恋慕をしたパレルモ様が人の精神を操るような禁呪に手を出してしまい、さらにはその力を用いて王族であるリオン殿下を陥れ、冤罪を吹っかけようとして失敗するというシナリオだった。
 最終的には筆頭公爵家の嫡男という身分でありながら、自らが仕えるべき王族にたいして悪意をもって行われたそれらを咎められて、処刑されることになるという内容だ。

 まぁ、なかなかの『恋は盲目』状態というか、視野の狭まりを感じるエピソードではあるし、なにより『原作パレルモ』が悪役キャラとして見事なやられ役を演じたとも言えるエピソードであった。
 それまでパレルモ様に付きしたがっていた取りまきは皆、理由をつけて減刑を訴えて逃げ出していったというのに、そのなかでも唯一テイラーだけは最後まで逃げ出さなかったという。

 そのことは、ファンのあいだでも様々な考察を呼んでいた。
 原作でのテイラーは、ヒロイン目線で描かれているかぎり、パレルモ様の威光を存分に借りて居丈高にふるまう、卑怯でエラそうな小心者の小悪党でしかないのに。

 でもあのときのテイラーには、逃げ場なんてなかったのだと、今ならわかる。
 シナリオライター同士でもあまりにもマニアックな裏設定は情報共有されていなかったけれど、俺がこうしてテイラーになったことで、あのストーリーには、とんでもなく重い裏設定があることを知ってしまったから……。

 パレルモ様を見捨てて自分だけ助かろうとするなんて、原作テイラーには、どうあっても無理ゲーすぎたんだってこと。
 それをこの身に深く刻まれたトラウマ並みの幼少期の記憶とともに、理解してしまったんだ。

 ゲーム内でのライムホルン公爵は、別に息子を溺愛しているわけではなかったけれど、ことさらダグラス伯爵家をふくめた目下の人間にたいしては忠誠を試すよう、厳しい選択を迫ることを好んでいた。

 だから自身も裕福な伯爵家のワガママぼっちゃんなハズのテイラーでさえ、自分を殺してひたすらパレルモ様に服従することを厳命されていた。
 パレルモ様が白と言えば真っ黒いものでも真っ白に、どんなに常識はずれなことでも世界の真理になる───それはかんがえるまでもなく横暴な命令だと思う。

 そもそもが、少しでもライムホルン公爵家にたいして従順になれるよう、ダグラス家からはパレルモ様の従者として、3歳年上のテイラーがえらばれたんだ。
 本来ならテイラーの弟のほうが、パレルモ様とは年齢が近いハズなのに。

 でも弟はパレルモ様よりもひとつ年下だったし、末っ子だったせいで輪をかけてワガママに育ち、分別なんてとてもなく、どうかんがえても従順な従者になれるとは思えなくて。
 両家で話し合われた結果、えらばれたのは比較的年齢が近いと言えなくもないテイラーだった、なんて経緯もあった。

 まして原作でのテイラーは年齢どおりの人生経験しかしてないわけで、そりゃ視野だって狭くなるし、家とは関係のないところにコネなんて作れるハズもない。
 どうかんがえても、今の俺よりも状況は芳しくなかった。

 もちろん家族はもれなく今同様クソで、ライムホルン公爵からの不興を買えば、かばおうともせず、早々にテイラーを切り捨ててしまうことだろう。
 スペアとして、弟や兄もいるから。

 そしてこれは、この世界に来てテイラーとなったことで知った過去だけど───幼いころに自分のせいで乳母が殺されているという経験をしていたんだ。

 それはまだ幼かったテイラーがライムホルン公爵の不興を買ってしまい、それをかばった乳母が代わりに咎を受けることになったというものだ。
 いくら年齢的には10にも満たないくらいのころとはいえ、目の前で唯一やさしくしてくれた大人が己の代わりに斬首されたとあっては、そりゃトラウマにもなるだろうし、その後は絶対服従を誓うだろうよ。

 そんなテイラーが、リオン殿下の指示のもとに国により執行される処刑寸前に命からがら逃げたところで、国外に頼れる相手もいなければ早晩すぐに追っ手に捕まって、待っているのは怒り狂った家族やライムホルン公爵からの残虐きわまりない私刑だけだ。

 せいぜい国から斬首でひと息に殺されるか、はたまたライムホルン公爵から最後まで苦しむ拷問つきで殺されるかのちがいでしかない。
 どちらも死ぬしかないのなら、せめて苦しまないほうを選択するしか道はなかっただろう。

 だからリオンルートでも、ヤラカシたパレルモ様とともに、処刑を受け入れるしかなかったのだろうという推察ができる。

 ───うん、エグいな。
 かろうじて本編に名前と顔が出ている程度のモブなんかに、背負わせていい過去じゃない。

 いや、でもパレルモ担当のシナリオライター、わりと残酷なシーンも好きな人だったもんなぁ……。
 背景イラストをどうするかで、さんざんもめたことをおぼえている。
 だから、たぶんこのテイラーの裏設定も、あの人が決めたんじゃないかって思う。

 一応おなじシナリオライターとしての目線で見れば、ライムホルン公爵は部下や身内に裏切られるのが怖いと思うからこそ、余計にキツくあたるとか、支配してこようとするとか、そういう心理がはたらいているんだとは思うけど。
 でも本当にテイラーくらいの年齢の人間には、その支配は怖かっただろう。

 だって自分がパレルモ様に逆らえば折檻され、それを使用人がかばおうものなら、その使用人が身代わりに目の前でより酷い目に遭わされる。
 それどころか、最悪無礼者として首を切られて殺されることになるなんて。

 それがくりかえされれば、人の心なんてたやすく折れる。
 使用人だってかばおうとはしなくなるし、テイラーだって、そもそもパレルモ様には逆らわなくなるだろうことは、想像にかたくなかった。

「さっきから、なに憂いを帯びた顔とかしちゃってんだよ!?べ、別にキレイだとか、見惚れてたわけじゃないけどもっ!」
「ん?あぁ、ちょっと……昔のことを思い出してただけだ。別に俺の過去なんてどうでもいいだろ?」
 あくまでもクレセントが好きなのはパレルモ様で、それ以外に興味はないんだろうしな。

「そ、それは……どうしても聞いてほしいっていうなら、聞いてやらないこともないけど?」
 おおかたクレセントなら、『あたりまえじゃん』なんて胸を張ってこたえると思っていたのに、けれど俺が想像していたのとはちがう態度がかえされる。

 おや、態度が軟化してきたのか……?
 それはそれで相手を説得するには、都合がいいけれど。
 でもなんでだろうかって、つい疑問に思ってしまう。

「あぁそうか、パレルモ様関連の話が聞けると思ったからか。まぁ、あたらずとも遠からずってとこか?なんで俺があのとき逃げ出さなかったのかって理由につながる話だし……」
「っ!それって!!」
 案の定クレセントは、こちらの話に食いついてきた。

「おそらくは、公にはされてない設定なんだろうな……」
「お願い、聞かせて!」
「あんまり聞いてて愉快なものではないぞ……?」
 そのあまりのいきおいに押され、直前に思い出していた過去のエピソード記憶について、語って聞かせることになったのだった。
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