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マツヲ。

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178:余裕がないのは『本気』ゆえ

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「セラーノ先生!?」
「……セラーノ、どうしてここにいる?」
「ンフフ、我ながら、ナイスタイミングだッタよね!」
 そこにいたのは、保健医のセラーノ先生だった。

「そりゃまぁ、そろそろ君が目覚めるころかなーッテ思ッテね。気分はどう?苦シイところや痛みは?」
 そしてそのままベッドの横まで来ると、糸目のままに首をかしげて聞いてくる。

「えぇ、おかげさまでゆっくり寝かせてもらえたみたいで、だいぶスッキリしました───そのあいだは、ずいぶんとブレイン殿下を心配させてしまったようなんですけども……」
 体調に関しては、まったく問題ない。
 強いてあげるならば、心は痛かったけれど。

「うん、顔色もよくなッテるみたいだし、もう大丈夫そうダね!」
「どうもご心配おかけしました!あ、すみません、寝たままで」
「ウウン、気にしナイで」
 にこにこと笑うセラーノ先生につられて、つい笑顔になってしまう。

「……それで、わざわざ私の寝室にまで押し入ってきた理由はなんだ?」
 そのときブレイン殿下がスッと身を動かし、さりげなくセラーノ先生の視界から、いまだにベッドに横になったままの俺を隠してきた。

 ……うん?
 かばう必要あるのか、一応主治医だよな……?
 っていうか、なんだろう、気のせいかブレイン殿下の声がいつもより硬い気がするんだけど……。

「ほらほら、そンなにニラまないの!怖イッテば」
「あたりまえだ!だれが好きこのんで、下心を持つ男を近づけるものか!」
 おどけるセラーノ先生にたいして、ブレイン殿下の剣幕はちょっと意外だった。

 いや、だってふたりは幼なじみなんだし。
 一応原作設定では歳も近いし、隣国の王子同士、仲がいいってことになっていたハズだ。
 だから諸事情あってセラーノが自国を捨てるとなったとき、この国に流れて来たようなものなんだもんな……。

 ついでに言えば、腐ったお姉さま方には、このふたりが組み合わされることが多いのも知っている。
 なんとなく、『気のおけない友人』って感じがするのもたしかだから、わからなくはないって思うのだけど。

「フフ、大事にしてるンダねぇ。そういう余裕のナイ君を見られるの、相当めずらしいヨネ」
「~~~っ、黙れ!」
 ……うん、本当にめずらしいものを見ている気がする。

 いつもは逆というか、むしろブレイン殿下に隙がなさすぎて、こんなふうにからかわれるとすれば、セラーノ先生のほうだろうに……。
 だからこその『ブレラノ』派が、二次創作のなかでも一大派閥になったんだもんな?

「あの、ブレイン殿下……?」
「っ、すまない、怖かったか?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
 いったいなにがあったんだろうかと見上げれば、やっぱり目の下のクマもくっきりとしていて、びっくりするほど憔悴して見えた。

「やっぱり、今度はブレイン殿下がお休みになってください。こんなにクマが出るほど弱っている姿とか、はじめて見ましたから……心配なんです」
 これまでもゲームのスチルなんて目じゃないほどに、いろいろな顔を見せてくれたブレイン殿下だったけど、そのなかでもこんなふうに弱った姿ははじめて見る。

「どうしてキミはそう、すぐに他人のことばかり心配するんだ?!いいかい、キミはまだ病みあがりでベッドから起きあがれないほどに弱っているんだぞ!?まずは自分のことだけかんがえてなさい!」
 なのにブレイン殿下からは、強めの語気で咎められた。
 俺はただ、ブレイン殿下が心配なだけなのに……。

「これはもう性分と言いますか、今さら変えようもないので……でも大切な『恋人』のこと、心配しちゃダメなんですか……?」
「っ!?」
 そっとうかがうようにたずねたとたん、相手の動きが急にぎこちなく止まる。
 それどころか口もとに手をあてたまま、そっぽを向かれてしまった。

 おい、それ、どういう感情だよ?!
 うぅっ……こっちは『恋人』なんてこっぱずかしい単語を口にするのに、すげー勇気がいったんだからな?!
 おかげで今も、ほっぺたが熱くてたまらないってのに。

「ンフフ、甘酸っぱいねぇ」
 助けを求めようにもセラーノ先生は、ニヤニヤと音が聞こえてきそうなチェシャ猫みたいな笑いを浮かべているだけで、完全に傍観者を決め込んでいるようだ。

 どうしよう、気まずすぎる……!
 わからないけれど、なんというかひたすらに居心地が悪い。
 居たたまれないって、きっとこういう気持ちのことを言うんだって、しみじみと実感してしまうというか。

「あの……?ブレイン殿下?」
 そして今度は呼びかけたけど、ふりむいてもくれなかった。
 ガン無視を決め込む相手に、どうしていいかわからなくて詰む。

「えぇと、たまにはゆっくり休んで欲しいなぁ……なんて思うんですけど、ダメですか?」
 届くところにあった相手の上着の裾をつまんで、クイクイと軽く引っぱった。
 この服も制服じゃないんだから、上着を脱げは眠れるよな……?

「───キミは、今の自分がどう見えているか、自覚したうえでそれをしているのか?」
「え?どういう、ことですか……?」
 たっぷりの沈黙のあとに、こちらをふりむいたブレイン殿下に、そんなことを問われた。
 心なしかそのほっぺたには、まだ赤みが残っている。

「主治医としては、さすがに今の彼に手を出すことは、マダ認めラレナイからね?ガマンできないナラ、保健室に引き取るよ?」
「わかっている!だから葛藤しているんだろうが!」
「ん??」
 なんか今のやりとりのどこに、相手のスイッチを入れるようなことが!?

「さすがのブレインも形なしダね!よく『恋は人を変える』ッテ言うけど、本当だッタねぇ」
「うるさい、黙れって言っているだろう!」
「まぁまぁ、怒鳴らナイの。この子がおびえチャウからね?わかッタら、早く君も寝て?」
「む……仕方ない、ホッとしたから急に眠気が……」

 ふたりのやりとりで、どうやらブレイン殿下もお休みになるのだろうということがわかり、あわてて起きようとしたら。
 上着を脱ぎ、それをセラーノ先生に手渡したと思ったら、ブレイン殿下はベッドの反対側にまわりこんで入ってきた。

「っ!?」
「おやすみ、ハニー」
 そして抱きまくらのごとく俺を抱きしめると、そのまま相手の呼吸は秒で寝息に変わる。

「おやすみ、ブレイン。イイ夢を……君も抱きまくら役、がんばッテね!」
「ちょっ……!?」
 たしかにまだからだに力は入らないけど、しっかり眠ったばっかりなんだってば!
 これからどうしろと?!

「それじゃ、ジャマ者は退散すルとしよう」
「えっ?はっ!?ちょっと……」
 そして置いてけぼり状態の俺をそこに残したまま、本当にセラーノ先生は寝室を去っていったのだった。
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