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3.ダブルワーク初日の歓待が激しかった件。
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そうしてたどり着いたイーグルスター社では、さっそく社員たちからの洗礼が待ち受けていた。
いや、主に歓待のほうの洗礼だったけれど。
「ようこそ、鷹矢凪社長!!我々はあなたを歓迎いたします!」
あわててパソコンで打ち出したらしい紙をつなぎ合わせて作った横断幕と、クラッカーを鳴らしてのお出迎えに、とっさにどう返していいのかわからなくてとまどう。
「やぁ、待っていたよ、冬也くん!」
「鷲見社長、これはいったい……」
両手を広げて抱きついてくる相手に、とまどいはさらに深くなっていく。
どういう距離感なんだよ、ここの会社は!?
「いや、だってせっかく君が来てくれるんだ、社員一同、総出で出迎えなければいけないだろう?」
にこにこと笑顔のままに言う鷲見社長の顔には、善意しか見あたらない。
「しかし……すでに残業時間に入っているのでは?」
前にここの社員たちは夜型が多いなんて言っていたけれど、それは残業が多いっていうことと同義だ。
つまりは恒常的に残業をしなければならないほど仕事量は多く、帰りたくても帰れないという意味なのだろう。
それなのに、こんなセレモニーのために仕事の手を休めるのも、帰宅させてもらえないなんていうのも、冗談じゃないだろうに。
パッと見たかぎりでは、後ろのほうにいる社員たちは隠しきれずに迷惑そうな顔をしていたし、どうかんがえても仕事の手を休めさせてまで招集をかけるものではないと思う。
たぶん以前の冬也なら、そう指摘していたことだろう。
でもここにいる俺は、前世の社畜人生を歩んできた底辺の男の記憶もあるわけで、そんな気分が盛り下がるようなことを言うつもりはなかった。
嫌々の人もいるにせよ、実際こうして歓迎の意思をあらわしてくれたのなら、それにこたえなくてはなるまい。
「お忙しいなか、こうして皆さまにお集まりいただき、感謝いたします。また、このたびは弊社のことで御社には多大なるご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。お詫びというにはいささか心苦しいのですが、そのご温情に報いることができるよう、誠心誠意こちらの会社で勤めてまいります」
そう言って、深々とあたまを下げる。
「堅苦しいことは言いっこなしだよ、冬也くん!せっかくだから今日はうちの会社を見ていってくれたまえ」
ふたたびグイッと肩を抱かれて引き寄せられると、鷲見社長は集まってくれた社員たちに撤収を命じて歩き出す。
俺だって成人男性の平均身長よりも10センチ近く背は高いものの、鷲見社長の場合はそれをさらにうわまわる高身長だ。
それに加えて、なにかのスポーツでもやっていたのか恰幅もいい。
こうして隣同士に立つと、どちらかと言えば細身の己のからだが貧相に見えてくるくらいだ。
「はぁ~、まるでモデルみたい……」
「お顔もキレイだし、手足は長くてスタイルも完ぺきよね……」
「ううん、むしろおとぎ話に出てくる白馬の王子様じゃないかしら?」
「「「わかる~!!」」」
背後からは、女子社員のはしゃぐ声が聞こえてくる。
自分の顔だと思うと、どうも美醜の正しい判断がしにくいのだが、どうやらこの顔は『人目を惹く容姿』どころの騒ぎではないらしい。
「うちの社長もたいがい、カリスマだと思ってたけど……」
「なんつーか、『別格』だったな……」
「オーラがハンパねぇっつーか、いかにも『稼いでる男』って感じがするし!」
「あんだけ見た目もよくて金持ちとか、強すぎる!!」
それだけでなく男子社員までもが、なぜか興奮したように盛りあがりを見せていた。
そんななか、人波を縫うようにして鷲見社長に社長室へといざなわれた。
「いやはや、うちの社員たちはミーハーですまないね」
そうあやまりつつも、鷲見社長の顔にはニヤニヤとした笑みが張りついている。
「いえ、かまいません。弊社にはない明るさですから、とまどっているだけです」
そうかえしつつも、若干の居心地の悪さを感じていた俺は、気まずげな苦笑を浮かべた。
「君くらいの男になれば、人からの賛辞など聞きあきているだろうに」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
たしかに、元のキャラクターのままの冬也ならば、これくらいの賛辞なんて気にも留めていなかっただろう。
特に相手が仕事上で絡むこともなく、たいして重要ではない存在ならば一顧だにしない、そんな人間だった。
それでも自社の社員たちは、圧倒的なカリスマ性を放つ冬也に黙ってついてきてくれていた。
だけどこうして俺という自我を取りもどした以上、どうしてもこちらの小市民的な意識の影響は受けるわけで。
その結果、孤高のカリスマとしてではなく、多少の親しみやすさのようなものがにじんできてしまっているのかもしれなかった。
とはいえ、さすがゲームのなかのキャラクターだけあって、鷹矢凪冬也という人物は設定が盛られすぎている。
スラリとしたモデル体型に、金髪に近い色素の薄い髪、涼やかな目もとにスッととおった鼻筋。
ハイブランドのスーツを着こなし、つける時計や乗る車も一流のものばかり。
なのにそれが成金趣味に見えない程度には、似合ってしまっている。
そんな、生まれながらにして支配する側の人間───それが鷹矢凪冬也だ。
さらには、見た目だけでも芸能人にもなれそうなほどにととのったそれに、若くして自社の業績を一気に押し上げた経営手腕と個人資産まで持ち合わせた、わかりやすい勝ち組の存在だった。
その資産も今は、会社も個人も銀行の破産絡みで痛手を被っているにせよ、こうしてあがいてみれば、ただちに危険水域に達することはなかった。
よし、ならばしばらくは泥をかぶってでも、会社の正常化に向けて努力しよう。
前世の記憶のおかげで、今の俺は人にあたまをさげることも厭わないし、コピー取りだろうがお茶くみだろうが、どんな仕事をふられたところで、きっと余裕で対応できる。
社会の底辺で罵倒されなれた、前世の社畜っぷりをなめんなよ?!
ひそかにそんなことを思いながら、あいかわらず肩にまわされたままの相手の腕に首をかしげる。
はて、こんなに鷲見社長とは距離感が近い人間だっただろうか、と。
ただやたらと明るいその性格をかんがみれば、スキンシップは多そうなタイプに見えるし、決しておかしな行動ではないとも思う。
冬也は外面こそいいものの、根本的なところは陰キャだ。
でもこの鷲見社長は、そこが陽キャのたぐいなんだと思う。
「御社の概要については、すでに弊社との取引をはじめた際にうかがっています。それで私は、具体的にいったいどのような仕事をすればよろしいでしょうか?」
軽くあたまをふって、意識的に外交的で明るいキャラクターへと切り替える。
「うん?そうだな、せっかくだから君の渉外能力の高さを、うちの営業畑の人間に見せてもらおうかな?あとはその柔軟な発想力と解決策の提案を、企画の人間に見せてやってほしい」
「わかりました」
───なんだ、思ったよりもふつうに仕事が割りふられたぞ。
てっきり嫌がらせのために、トイレ掃除だとか蛍光灯の交換だとか、いわゆる用務員的な仕事でも割りふられるかと思っていたのに。
もしくは下っぱとして、コピーだのお茶くみだのと、仕事らしくない雑用ばかりを押しつけられるのも覚悟していたけれど、思ったよりもまともな仕事配分だ。
「でも、きちんと指導をするとなると、御社の機密情報に触れなければならないのですが、問題はありませんか?」
本来なら、各社の持つ顧客情報なんて、いちばん秘匿したい情報のはずだ。
それなのに、その部門で指導しろと言われたら、どうしても目にせざるを得ない。
「あぁ、そうか、そう言われるとそうだな!うぅん、でも困ったな。せっかく冬也くんの仕事ぶりを間近で見るチャンスなのに……」
いきなりあたまをかかえてしまった鷲見社長に、フッと肩の力を抜く。
「大丈夫ですよ、こちらはご迷惑をおかけしている立場ですから、御社の不利になるようなことは決していたしません」
言外に情報を盗み出すようなことも、それを流用するつもりもないと確約すれば、鷲見社長はわかりやすく破顔した。
「そうか、助かるよ冬也くん!いや、なかなかどうして義理堅いじゃないか!」
バシバシと背中を叩いてくる遠慮のない動きに苦笑すると、相手は机の上にあったタブレット端末を差し出しながらソファーに掛けるようすすめてくる。
それに応じて俺は端末を受けとり、ソファーへと腰かけた。
いや、主に歓待のほうの洗礼だったけれど。
「ようこそ、鷹矢凪社長!!我々はあなたを歓迎いたします!」
あわててパソコンで打ち出したらしい紙をつなぎ合わせて作った横断幕と、クラッカーを鳴らしてのお出迎えに、とっさにどう返していいのかわからなくてとまどう。
「やぁ、待っていたよ、冬也くん!」
「鷲見社長、これはいったい……」
両手を広げて抱きついてくる相手に、とまどいはさらに深くなっていく。
どういう距離感なんだよ、ここの会社は!?
「いや、だってせっかく君が来てくれるんだ、社員一同、総出で出迎えなければいけないだろう?」
にこにこと笑顔のままに言う鷲見社長の顔には、善意しか見あたらない。
「しかし……すでに残業時間に入っているのでは?」
前にここの社員たちは夜型が多いなんて言っていたけれど、それは残業が多いっていうことと同義だ。
つまりは恒常的に残業をしなければならないほど仕事量は多く、帰りたくても帰れないという意味なのだろう。
それなのに、こんなセレモニーのために仕事の手を休めるのも、帰宅させてもらえないなんていうのも、冗談じゃないだろうに。
パッと見たかぎりでは、後ろのほうにいる社員たちは隠しきれずに迷惑そうな顔をしていたし、どうかんがえても仕事の手を休めさせてまで招集をかけるものではないと思う。
たぶん以前の冬也なら、そう指摘していたことだろう。
でもここにいる俺は、前世の社畜人生を歩んできた底辺の男の記憶もあるわけで、そんな気分が盛り下がるようなことを言うつもりはなかった。
嫌々の人もいるにせよ、実際こうして歓迎の意思をあらわしてくれたのなら、それにこたえなくてはなるまい。
「お忙しいなか、こうして皆さまにお集まりいただき、感謝いたします。また、このたびは弊社のことで御社には多大なるご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。お詫びというにはいささか心苦しいのですが、そのご温情に報いることができるよう、誠心誠意こちらの会社で勤めてまいります」
そう言って、深々とあたまを下げる。
「堅苦しいことは言いっこなしだよ、冬也くん!せっかくだから今日はうちの会社を見ていってくれたまえ」
ふたたびグイッと肩を抱かれて引き寄せられると、鷲見社長は集まってくれた社員たちに撤収を命じて歩き出す。
俺だって成人男性の平均身長よりも10センチ近く背は高いものの、鷲見社長の場合はそれをさらにうわまわる高身長だ。
それに加えて、なにかのスポーツでもやっていたのか恰幅もいい。
こうして隣同士に立つと、どちらかと言えば細身の己のからだが貧相に見えてくるくらいだ。
「はぁ~、まるでモデルみたい……」
「お顔もキレイだし、手足は長くてスタイルも完ぺきよね……」
「ううん、むしろおとぎ話に出てくる白馬の王子様じゃないかしら?」
「「「わかる~!!」」」
背後からは、女子社員のはしゃぐ声が聞こえてくる。
自分の顔だと思うと、どうも美醜の正しい判断がしにくいのだが、どうやらこの顔は『人目を惹く容姿』どころの騒ぎではないらしい。
「うちの社長もたいがい、カリスマだと思ってたけど……」
「なんつーか、『別格』だったな……」
「オーラがハンパねぇっつーか、いかにも『稼いでる男』って感じがするし!」
「あんだけ見た目もよくて金持ちとか、強すぎる!!」
それだけでなく男子社員までもが、なぜか興奮したように盛りあがりを見せていた。
そんななか、人波を縫うようにして鷲見社長に社長室へといざなわれた。
「いやはや、うちの社員たちはミーハーですまないね」
そうあやまりつつも、鷲見社長の顔にはニヤニヤとした笑みが張りついている。
「いえ、かまいません。弊社にはない明るさですから、とまどっているだけです」
そうかえしつつも、若干の居心地の悪さを感じていた俺は、気まずげな苦笑を浮かべた。
「君くらいの男になれば、人からの賛辞など聞きあきているだろうに」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
たしかに、元のキャラクターのままの冬也ならば、これくらいの賛辞なんて気にも留めていなかっただろう。
特に相手が仕事上で絡むこともなく、たいして重要ではない存在ならば一顧だにしない、そんな人間だった。
それでも自社の社員たちは、圧倒的なカリスマ性を放つ冬也に黙ってついてきてくれていた。
だけどこうして俺という自我を取りもどした以上、どうしてもこちらの小市民的な意識の影響は受けるわけで。
その結果、孤高のカリスマとしてではなく、多少の親しみやすさのようなものがにじんできてしまっているのかもしれなかった。
とはいえ、さすがゲームのなかのキャラクターだけあって、鷹矢凪冬也という人物は設定が盛られすぎている。
スラリとしたモデル体型に、金髪に近い色素の薄い髪、涼やかな目もとにスッととおった鼻筋。
ハイブランドのスーツを着こなし、つける時計や乗る車も一流のものばかり。
なのにそれが成金趣味に見えない程度には、似合ってしまっている。
そんな、生まれながらにして支配する側の人間───それが鷹矢凪冬也だ。
さらには、見た目だけでも芸能人にもなれそうなほどにととのったそれに、若くして自社の業績を一気に押し上げた経営手腕と個人資産まで持ち合わせた、わかりやすい勝ち組の存在だった。
その資産も今は、会社も個人も銀行の破産絡みで痛手を被っているにせよ、こうしてあがいてみれば、ただちに危険水域に達することはなかった。
よし、ならばしばらくは泥をかぶってでも、会社の正常化に向けて努力しよう。
前世の記憶のおかげで、今の俺は人にあたまをさげることも厭わないし、コピー取りだろうがお茶くみだろうが、どんな仕事をふられたところで、きっと余裕で対応できる。
社会の底辺で罵倒されなれた、前世の社畜っぷりをなめんなよ?!
ひそかにそんなことを思いながら、あいかわらず肩にまわされたままの相手の腕に首をかしげる。
はて、こんなに鷲見社長とは距離感が近い人間だっただろうか、と。
ただやたらと明るいその性格をかんがみれば、スキンシップは多そうなタイプに見えるし、決しておかしな行動ではないとも思う。
冬也は外面こそいいものの、根本的なところは陰キャだ。
でもこの鷲見社長は、そこが陽キャのたぐいなんだと思う。
「御社の概要については、すでに弊社との取引をはじめた際にうかがっています。それで私は、具体的にいったいどのような仕事をすればよろしいでしょうか?」
軽くあたまをふって、意識的に外交的で明るいキャラクターへと切り替える。
「うん?そうだな、せっかくだから君の渉外能力の高さを、うちの営業畑の人間に見せてもらおうかな?あとはその柔軟な発想力と解決策の提案を、企画の人間に見せてやってほしい」
「わかりました」
───なんだ、思ったよりもふつうに仕事が割りふられたぞ。
てっきり嫌がらせのために、トイレ掃除だとか蛍光灯の交換だとか、いわゆる用務員的な仕事でも割りふられるかと思っていたのに。
もしくは下っぱとして、コピーだのお茶くみだのと、仕事らしくない雑用ばかりを押しつけられるのも覚悟していたけれど、思ったよりもまともな仕事配分だ。
「でも、きちんと指導をするとなると、御社の機密情報に触れなければならないのですが、問題はありませんか?」
本来なら、各社の持つ顧客情報なんて、いちばん秘匿したい情報のはずだ。
それなのに、その部門で指導しろと言われたら、どうしても目にせざるを得ない。
「あぁ、そうか、そう言われるとそうだな!うぅん、でも困ったな。せっかく冬也くんの仕事ぶりを間近で見るチャンスなのに……」
いきなりあたまをかかえてしまった鷲見社長に、フッと肩の力を抜く。
「大丈夫ですよ、こちらはご迷惑をおかけしている立場ですから、御社の不利になるようなことは決していたしません」
言外に情報を盗み出すようなことも、それを流用するつもりもないと確約すれば、鷲見社長はわかりやすく破顔した。
「そうか、助かるよ冬也くん!いや、なかなかどうして義理堅いじゃないか!」
バシバシと背中を叩いてくる遠慮のない動きに苦笑すると、相手は机の上にあったタブレット端末を差し出しながらソファーに掛けるようすすめてくる。
それに応じて俺は端末を受けとり、ソファーへと腰かけた。
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