当て馬系ヤンデレキャラから脱却を図ろうとしたら、スピンオフに突入していた件。

マツヲ。

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31.表の顔の裏側にひそむ闇にふるえた件。

 心臓が、バクバクと早鐘を打ったまま、なかなか元にはもどらない。
 助けられたのはまちがいないけれど、ふしぎとこれですべてが終わったのだとは思えなかった。

「すまないね冬也とうやくん、彼らはふだんから素行の悪さが問題となっていた子たちでね。私も見かねて、彼らの政治家生命を絶つ必要があると判断して手を貸すことになったわけだが……さすがにこれで言い逃れはできまい」
 ひざをつき、やわらかな口調で話しかけてきていた酒匂さかわ先生に、とまどいをおぼえる。

 やさしい顔をして、こちらをねぎらうような声で話しかけてくる、その姿を信じたいのに……。
 なぜだろう、あたまのなかで警鐘が鳴りやまない。

 そんな俺にほほえみかけると、酒匂先生はスッと立ち上がり、ふたたび畳のうえに這いつくばる彼らのほうを向き、険しい顔となる。
 いつの間に懐から取り出したのか、扇子をピシリと突きつけている。

「さて、よりによって私の大事な身内に手を出そうとは、ずいぶんと思い上がったことをしてくれたものだね?……まったく、これまでの愚行の数々もふくめ、今度こそきっちり反省してもらわねばなるまい」
 そう言って、今度はその扇子を広げて口もとを隠すようにして、男たちを睥睨する。

 酒匂先生は特別体格に恵まれているというわけではないはずなのに、それでもその背中がやけに大きく見えた。
 相手への怒りのにじむその声色に、俺自身はそれを向けられていないはずだというのに、こちらまで背すじが冷たくなるような感覚に陥る。

「べ、別にいいだろっ!あんただってオレたちがそいつに会いたいって言ったのを、快諾してくれたじゃないか?!オレたちの望むが、どういう意味かわかったうえで許可したのはあんたのほうだろうが!」
「そ、そうだっ!世間での人気をかんがえたら、オレたちの首はまだ切れないハズだろっ?!」

 どもりながらも、気丈にも反論を試みるホストくずれみたいな男に、ぶっちゃけ発言男が便乗する。
 たしかに、彼らの世間での人気は高い。
 でもそれは、いわゆるイロモノを面白がるようなものにすぎないのだけれども。

「───そうか、まだ自分たちは必要とされていると勘ちがいしているんだね?実におめでたいあたまだ」
「「「っ!」」」
 酒匂先生のその発言に、男たちはそろって息を飲む。

 もちろん酒匂先生は笑みを深くしただけで、声を荒らげて罵倒したわけでもなんでもない。
 なのに、確実に二世議員たちの甘い見とおしによる発言が、彼の機嫌を損ねたのだろうということだけはわかった。
 なんならその怒気がもれ出して、さらに周囲の温度が下がっていったような気さえする。

「言いたいことはそれだけかね?───君らの代わりなんて、だれでもかまわないんだよ?民衆にウケる物語を持った若い男なんて、いくらでも仕立てられるのだから」
「そんな……」
 己という存在が、今まさに切り捨てられようとしている彼らの顔に、はかりしれない絶望が広がっていく。

「……実際、君らが政治家として成したことはあるのかい?すべて父親の用意した有能な秘書たちに、お膳立てをされたことだけだっただろう?」
「うぅ……」
 さらに突きつけられる現実に、目の前の男たちから、抵抗の意思は失われていった。

「これまで好き放題ヤラカシてきた、その罪の深さを思い知る番だ……よし、連れていけ」
 パチリと音を立てて扇子を閉じれば、それを合図に酒匂先生のボディーガードを兼ねる、屈強な秘書たちが室内に入ってきて、彼らを連れ出していく。

「く、クソ……僕のパパに言いつけてやる!」
「かまわないよ、というのに、君らの親が君らを見捨てないというのならば、ね?」
 その言葉からは、厳然たる『政界のドン』と称される実力者ゆえの威厳のようなものが、余すことなくにじんでいた。

「不出来な息子を持った親には、本当に同情を禁じ得ないがね……せめてもの情けで、警察沙汰にはしないようにしてやるから、これまでのことを大いに反省しなさい」
 酒匂先生のそのセリフには、有無を言わせないだけの圧がある。
 こうしておぼっちゃまキャラの男が、絶望の顔を浮かべたまま連れ出されていったのを最後に、室内には静寂が取りもどされた。





「さて、と……大丈夫だったかい、冬也くん?今夜は散々な目に遭ってしまったね」
「はい、ありがとうございます……」
 ようやくふるえがおさまったところで、平静を装ってこたえる。

 正直に言えば、なにが起きたのか、いまだによく理解できていなかった。

 ただ、いつもどおりの会食だと思ったのに、いかにもあたまとシモのゆるそうな男たちとともに置き去りにされ、そして案の定というか、彼らに襲われかけただけだ。
 おかげでこんな全裸にシャツを羽織っただけの格好で、しかも泣き顔までさらす羽目に陥ってしまったのは、たしかに『散々な目』と言っていいだろう。

「なぜ、もっと早く止めさせてくれなかったのです……!?」
 俺を支える白幡しらはたから、怒りでふるえる声がもれる。
 けれどそれを受けた酒匂先生は、まるで響いていないように、余裕のある表情のまま、手にした扇子で優雅にあおぐ。

「君が言えた義理かね、白幡くん?私が冬也くんを囮に使うと言ったとき、『あんな人の心を解さない人形、少しくらい酷い目に遭えばいい』と言ったのは、ほかでもない君だろう?」
「それ、は……っ!」
 先ほどの男たちに向けていたような冷たい視線に、思わず白幡は口ごもった。

 そんなふたりのやり取りが、どこか遠い世界での話のように聞こえてくる。
 なんていうか、言葉は聞こえているのに、その意味を理解したくないと脳が拒否しているみたいな、そんな感じというか。

「でも、最初に冬也様を囮にすると言い出したのはあなたです!しかも助けに入ろうとした私を止めさせたのも!」
 どういうことだ、それ……?
 あたまのなかが、じんわりとしびれたみたいに、うまく動いてくれない。

「だって、あまりにも早く助けに入ってしまっては、彼らを断罪するための『証拠』としては弱すぎるだろう?だから、確実に言い逃れのしようもない状況が必要だった……なのに君ときたら、私の秘書たちをふりきって勝手に突入してしまうんだから、困ったもんだ……」
 淡々と語られる内容を理解するたびに、心はひび割れていった。

 仮に押し倒されてまさぐられたくらいで助けてしまったら、酔ったいきおいでの過度なスキンシップだと言い逃れができなくもない。
 それを封殺するためには、もっと確実に相手を無理やり襲っているという絵が必要になる。

 ───そういうことなんだろう。
 つまりこの囮役は本来、彼らに無理やり犯される必要があったということだ。
 そしてそれは、酒匂先生が俺を犠牲にしようと提案して、白幡もはじめはそれに賛同していたってことなのか……?

「あなたには、良心の呵責というものがないのですか!?みすみすあのような下賤の輩に冬也様が襲われるのを、黙って見ていろと言うのですかっ?!」
「あぁそうだ───なにしろ、美しいものが醜いものに汚されるのを見るのは、とても背徳的な悦びがあるものだろう?」
 クツクツと笑う酒匂先生の顔は、ひどくゆがんで醜悪に見えた。

「あなたという人は……っ!だから私は、昔からあなたを冬也様に近づけたくなかったのです!やさしい身内面の下で、どこかいやらしい目で冬也様を見ていたでしょう!?」
 白幡のセリフに、思わず目を見開く。
 そうだった、のか……??

「意外そうな顔をしているね、冬也くん。まさか気づいていなかったのかい?……だがこんなにも美しく真っ白な存在、とことんグチャグチャにしてやりたいという欲望は、男ならだれしも持ち合わせているものじゃないか?」
 俺にたいし、酒匂先生は臆することもなく、堂々とそんなことを言ってのける。

「とはいえ、少々意外だったのも事実だよ。君ならてっきり彼らにたいして『お前たちのしていることは犯罪行為だ』なんて言って逆上させて、手酷く犯されてくれそうな気がしていたんだけどね……」
 それどころか、さらに追い討ちをかけてきた。

 ───目の前の、この男はいったいだれだ……?

 どうしよう、酒匂先生が急に知らない人のように思えてきた。
 いつものおだやかで紳士的な姿からは一転して、急に下卑た笑みを浮かべる老人に、一度はおさまったはずの心臓が、ふたたび大きく脈打ちはじめる。

 またもや新たな局面に差しかかりそうな気配に、俺の背中に冷たいものが走っていく。
 まだまだこの悪夢のようなイベントは、終わりを迎えてくれそうになかった。
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