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1-序盤

社畜とカボチャ

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霧島徹は渋谷のとあるガードレールにて腰を掛けて途方に暮れていた。
誰に相談しようにも自身が死んでいるものだから声を掛けようにも掛けられない。しかも自分が死んだ直後の現場検分の様子もだいぶ酷かったことが更に霧島の気分を沈めていた。

結果的には過労死であろうと判断された。が、会社は残業やパワハラの横行が普段からあったのにも関わらずそれを認めなかった。それどころか、会社の社内規約には残業は一定時間しか認めていないからという理由で会社側は残業については霧島が勝手にやっていた事だと主張。更に霧島の腹部には蹴られた痣ができていたにも関わらず、社内はそのような事実は知りませんといったような具合だった。


——残業しなかったら怒鳴り散らしていた癖に、オレが死んでも蹴られていたの黙認していた癖に。

「こんな会社の為に我慢して死ぬまで必死に働いていたのかよオレ。しかもマジで死んじまったし。バカじゃんオレ・・・」


今思ってもいいところなんて何一つない会社だったと思う。社員に対してとても抑圧的だしなんたら労基どころか法律違反スレスレのことをやっているような会社だった。
でもなんで辞めなかったかと言えば、強いて良いことがあるならば、金と働ける場所があるだけマシだった。それだけである。そして近年の流行病が出た事で霧島の考え方は悪い意味合いでより確固としたものになった。確かに働ける場所があるのは悪い事ではない。しかしそこで自分が死んでは本末転倒ではなかろうか、と。今更な話ではあるが。

しかも死んだら死んだで意識だけははっきりしているときた。しかも解決策なんてものは今の霧島の中には一切なかった。誰とも話そうにも話せない。自分ではどうすることもできない。絶望と言ってもよかった。

「心霊スポットとかの悪霊って最初は悪霊とかじゃなくて、今のオレのこんな感じだったのかなぁ…今なら気持ちちょっと分かるかも」

——誰にも分かってもらえなくて人格荒れちゃって闇落ちしてしまうんだろうなぁ。なんだったら今からでも生前の勤務先に居ついて復讐でもしに行こうか、でもどうやって復讐しよう。そもそも今のオレは誰にも認識されないんだぞ。いやでも心霊系の動画とかテレビ番組とかで姿がガッツリ映っているのあるし・・・いやでもヤラセとかあるからな実際どうなんだろそこら辺。うーん・・・いや待てよ、今座っているガードレール、なんで透けないんだろう。・・・これ物理的に心霊現象みたいなの起こせばいけるんじゃね?みたいなのってもう死んでるけどオレ。そう、ポルターガイストってやつ?でもどうやって引き起こそうかなぁ・・・

という具合に霧島の脳内は元職場復讐計画を立てているのに夢中だったため、目の前に人が立っているのに気が付かなかった。

「オニーサン!」
「はい、なんでしょうk・・・え、オレに言いました?」
「君しかいないよ、ていうかさっきからずっと呼んでいたのに全然気づかないもん」
「済みません、考え事してまして・・・ていうか見えるんですか?オレ死んでますよ?」
「見えるよ。僕も似たような感じのだからね」

そう言って男は霧島の隣に腰掛ける。些細な事ではあるが、それは霧島をとても安堵した。もちろん、自分のことが視える人(人ではないかもしれないが)が居たことに対してだ。その安堵感からか今会ったばかりの人物に対して不安を漏らす。

「オレ今日死んだばっかりなんです!まさか死んでからも意識が残るなんて思わなくて…!!だからこの先どうすればいいのか分からないんですよ……」
「うっわ、すっごい食い気味じゃん…。でも無理ないかー。よりによって今日なんて、またすごいタイミングだね!!」と、霧島の不安をよそに男は大笑いする。
「なんでですか?」
「今日はハロウィンだからさ」
「?」

そういえば今日は10月31日。そうだハロウィンだ。仕事で季節のイベントすら味わうどころじゃなかったからすっかり忘れていた。でもハロウィンだったら何かあるのだろうか。

「ハロウィンと言えばカボチャのランプが印象的だろう?」
「そうですけど・・・」
「あれさ、ジャック・オー・ランタンっていう名称なんだけどその由来はご存知?」
「・・・知らないです」

名前ぐらいは聞いた事あるが、どうしてその話を途端にし始めるのかが霧島には分からなかった。

「昔の話だけどね。国柄の宗教によって死後の世界とか信じられたりするだろう。とある国の死後の世界では死んだ人たちの魂によっては立ち入りを拒否されることがあるらしいんだ」

今のを聞いてピンとくる。もしかして。
「・・・それって、今のオレの事?」
「さてね。まぁ立ち入り拒否された死者たちからすれば困るわけだ。目的地がないわけだからね。そこをたまたま悪魔が見かけてね、『困っているなら使うといい』と言って渡したのが石炭、そしてこれまた偶然あったカブをくり抜いてランタンを作ったのさ。それを持って幽霊たちはこの世を彷徨う。これが起源といったところかな。」
「カボチャじゃないのか」

まあそう来るよね、と男が笑いながら説明してくれる。
「最初はカブだったらしいよ。でもその伝承が様々な国に広がっていって、ついにある国でたまたま大量のカボチャがあったからそれを使ったらそっちがメジャーになっちゃったって話」
やっぱり流行らせるにはインパクトがなきゃね、カブじゃ締まりないだろ?と男は綴る。男は今すぐ世界中のカブ生産者に謝った方がいいと、霧島は思った。

「で、なんでその話をしたかというと、君の手助けをしたくてね」
「手助け、ですか?」
「そう。困ってるんだろ。死んでもどこに行けばいいのか分からなくて。」


「え?成仏できるんですかオレ!?」
「この世から未練なく綺麗さっぱり消えると言う意味でなら、成仏になるだろうね」

——そもそもあるんだよ、死んだらちゃんとどこにいくべきなのか。というのは。

聞きたい事は色々あるが、とにかく続きを促す霧島である。

「あの世。死後の世界だよね。さっきのカボチャの話でいくと。でも君は死ぬにしてはタイミングが少しばかり悪かった。以前流行病があったろ。人がたくさん死んじゃってこの世に死者がいつも以上に溢れかえっている。だからあの世もその対応に追われててんてこまいなのさ。そこでだ」
「ジャック・オー・ランタンの話ですか?」
「そう!ハロウィン限定でね!!言い方悪いけど死ぬタイミングがギリギリ良かったのさ、君の場合」
「言い方の倫理観の無さ」
「そこはよく言われるね!気にしないとも!!まあそれは置いといて。どうすればいいのかは簡単さ」

男はそう言いつつ、いつの間にか出していたカボチャを取り出す。人の頭ぐらいは入りそうなサイズで、ちゃんと顔の形にくり抜きされていたカボチャだ。


「カボチャをその日だけかぶっていればいい!!」


男からのあまりに突飛な話に霧島は呆気に取られてしまう。

「・・・・それだけですか?」
「そんだけだね!!」

男はにっこりした表情で断言する。すっごい笑顔だ。

「ところでカボチャを被ることと、あの世へ行く事は何か関連があるんですかね?」
「あるとも!要はアピールさ!!」

「アピール・・・」と一言言い聞かせるように霧島は呟く。
「カボチャをかぶってくれればこの世にこれぐらいの死者がいるってあの世にいる人間にも分かるだろ。せっかくの祭典なんだからこのぐらいのアピールは派手にしとかないとね!それに」

——うまく行けばあの世に行けるかもしれないし。


その一言に、霧島は思わず息を呑む。

「まあそこまで気負う必要は無いさ。遅かれ早かれあの世には行かなければならないし。死んだら死んだで楽しくやろうじゃないかって話さ、未練を残せばいつまであの世にいけないからね」

「未練を残せばあの世に行けない」。その言葉と共に今日の朝までいた会社のことを思い出す。元はと言えば言い訳をして死ぬまであの会社にいた自分も悪いが、それでもあんな最期は酷いと思う。世辞でもいい。せめて最期ぐらいは自分の事を弔う言葉ぐらいもらいたかった。そう思うとやっぱり嫌がらせぐらいはしてもいいのでは、と思う気分になってきた。なんかよく分からないけど、男に後押しされた気がする。少しだけ軽薄そうな男に対して認識を改め直した。

「あの!ありがとうございます!!」

霧島が男に対して感謝を述べた時には、男は姿を消していた。
















奥堂凛は人間ではない。死神である。死神の仕事はこの世で死んでしまった者たちをあの世へ案内する事である。本来であれば案内自体はすぐにできる仕事なのでそこ自体は問題はない。本来であれば、の話だ。

しかし、近年の流行り病の影響で死亡者数が一気に増加したことがあり、あの世の対応は追いつかなくなっていた。日を過ぎていく毎に死亡者数も落ち着きを取り戻していったが、あの世の体勢はまだ完全ではなく今日ともにこの世は死者でまだまだ溢れているような状態である。

そこであの世では苦し紛れではあるものの、あの世行きの順番待ちの施策を講じる事となったのである。死者のデータ自体の詳細はあの世で把握できているため、現在においての死神の主な仕事はそのデータをもとに作成された通行証をその人に渡すというものである。

だが死神の仕事はそれに留まらなかったりする。

「奥堂サンさァ、ハロウィンのカボチャの話って知ってっか?」
「ハロウィンになると出てくる風物詩のランタンの事か?」
「それもなんだけどよー、最近俺らの間で変な噂が出回っているんだよ。その感じだと何も知らねーな?」
「さっぱり分からないな」

奥堂は「詳しく教えてくれ」と30代ぐらいの男性に話の詳細を伺おうとする。
ちなみに彼もまたあの世行き待ちの幽霊である。彼は生前裏社会に半ば足を突っ込んだ仕事をしていたという事もあってか、日頃多忙にしている奥堂よりも表には出てこない情報収集にも一際長けていた。奥堂自身も彼から情報をもらい、事によっては状況の収拾にあたることも少なくなかった。

「変なカボチャが出回ってんだってよ。人が被れるぐらいの大きさでオレンジ色で顔もちゃんと彫られてある、まさしくハロウィン用のカボチャ。でもさ、ハロウィンの時に被ってくれって言われてまだ誰も被ってないって話だ。少なくとも俺が集めた情報ではの話だけどな」
「ハロウィン限定でか?裏で指示している奴らがいるって事か」
「実際渡してきた奴の話を聞いてみたら、若い男で口調が砕けた感じなのにやたらと弁が立つやつだったらしい。名前を聞いたやつも中にはいたようだが、カボチャとハロウィン着用のことだけ言ったらすぐに居なくなってしまったって話だ。上手い事はぐらかされている感じだな」
「・・・・・・」
「変なヤツだなって顔してんな、気持ちはわかるけどよ。なんとなく引っかかっていてな、とりあえずアンタに会ったら言っといた方がいいかなと思ってな。杞憂で終われば越した事はないけどな。中々会わねえから今日になっちまったけど」

済まねぇな、と一言軽く謝罪を入れる情報屋。奥堂も毎日同じエリアに駐在できるわけではないし、情報があるだけでもありがたい。

「気にしてない。何かと祭りに乗じてよく分からん騒ぎを起こす奴がいるのは、人間に限った話ではないからな。どちみち止めないといけないのには変わりないから、事前に知っているだけでも全然こちらの動き方が違ってくるからな」
「・・・そうかよ。それはそれとして去年も面白かったな、渋谷の車道でサメの着ぐるみ来たやつが大行進して神輿担ぎながら阿波踊りしているやつ。しかも普通の着ぐるみならまだしも着ぐるみから生足生やして足袋履いていたしな。あれ意味なんかあるのか?でもいい酒のつまみだったわアレ」

確かに去年のアレはシュールであった。そしてなぜサメと生足だったのだろうか。
実際、当時は交通網の渋滞が発生してエリア担当外の死神やあの世側の事務員たちなどまで引っ張り出されのだから、あの状況の収拾するのにかなり苦労したのを覚えている。現代ではハロウィンの若者たちのお祭り騒ぎが原因だと発表はされたが、こんな訳の分からない濡れ衣を着せられては若者たちもさぞ困惑顔だろう。

「あれ車道でされたら迷惑だからな。しかも着ぐるみ剥がしたら全員死者だし。あの世行かせた際に罰則つけといたぞアレ。ていうかお前も面白がるのやめろ、止めるのは俺らなんだぞ」
「いーや無理だねアレで笑うなとか。そもそもオレはまだあの世側の人間じゃないし。ああいうのはお迎え来るまでゆっくり楽しませてもらうとするよ」
「……チッ」

こいつ覚えてろよ、と内心で舌打ちしながら奥堂は呟いた。

「そういや仮装している奴らもだいぶ多くなってきたな、まだ昼過ぎたぐらいなのにな」
「昼過ぎたからだろう。この季節は夕方になったら一気に暗くなるからな」
「それにしても色々な仮装のバリエーションが増えたよなァ。サメの話に繋げるわけじゃないけどさ。アニメのコスプレは前からあったけど、最近じゃ地味ハロウィンていうの?思いついた奴すごいよな」
「正直、もうどれがコスプレなのか元々の格好なのか一目見ただけじゃ分からないな」
「お?奥堂サンも興味ある感じ?」
「いや仕事柄。この間のサメ事件みたいなことがあるしな」
「ハハッ!真面目でよろしい事だな。でもなんだかんだ言ってサメ事件みたい奇抜なコスプレの方が見ていてすごく面白いぜ」
「人に嫌味言わないと気が済まないのかお前は」





「オイなんだテメェゴラァ!」

奥堂と情報屋は怒声が聞こえてきた方向へ反射的に視線を向ける。視線の先には絡まれている清楚で真面目そうな女子高生一人に対し、学生らしい不良男子数人がいた。これだけ見れば女子高生に対し不良が絡んできたといった具合なのだろう。
しかし異分子がもう一つ。
カボチャを被った人間らしき人が女子高生と不良の間に立ち塞がっていたのだ。

「テメェ、オレらの邪魔してんじゃねえぞ!」
「こんな奴ほっといてオレたちと遊ぼーよ、な?」
「お前どっか行けよ、でなきゃ痛い目見ちゃうぜ~~~?」

いかにも不良ナンパver.テンプレである。が、不良の一人が女子高生の手を掴もうとした瞬間、カボチャを被った奴が邪魔をするのである。

「チッ・・・いい加減にしろよテメェはよォ!!」

リーダー格っぽい不良がカボチャ人間の胸ぐらを掴む。その瞬間、


      ゴンッッッ


とても鈍い音が聞こえてきた。カボチャ人間が被り物のカボチャで不良の頭を頭突きしたからである。カボチャの質量がだいぶ重かったのか、カボチャ人間が単純に喧嘩慣れしていたのかは知らない。しかし、リーダー格っぽい不良はその一撃でノックアウトしてしまった。

「おい!大丈夫かよ!!」
「テメーー!タダで済むと思ってんのか!!」

やはりテンプレ通りの動きをする不良集団である。が、友情はそれなりにあったのか、友の仇とばかりにカボチャ人間を殴り返してきた。
そのパンチはカボチャ人間へ見事にクリーンヒットしてしまった。その反動でカボチャ人間はよろけてしまう。カボチャ人間は弱かった。その瞬間、不良たちからは笑いが沸き起こる。女子学生は怯え切ったままだ。

「おいおい威勢がいいのは最初だけかよオイ」

だが状況は次の瞬間に変わる事になる。カボチャ人間はよろけた反動でカボチャが取れてしまう。カボチャの下から出てきた首が『無かった』からだ。


「「「「・・・・ッッンぎゃあああああぁぁぁぁアアアア!!!!」」」」


不良たちの顔は一瞬で恐怖に染まり、ノックアウトした奴を引き摺り回して逃げてしまった。
その場に残ったのは怯え切った女子学生とカボチャ、そして首のない人間らしい者だけである。
首のない者はそのままよろけつつ立ち上がったかと思えば、首が本来あるところにカボチャを乗せて元通りの姿になった。何事もなかったかのように。そしてそのまま女子学生に対して手を差し伸べようとする。

「・・・ハ・・・あ、ぅぁああ・・・・」

女子学生も顔を恐怖に染めてしまっており、まともに話せる状態ではなかった。思えばカボチャ人間が現れた時から恐怖をすでに感じて怯えていたのかもしれない。そして女子学生の顔色から何かを感じたのか、カボチャ人間は差し出した手を引いてどこかに去ってしまった。

「追いかけてくる。失礼」
「え、ちょっと!?」

奥堂は情報屋に言い残し、カボチャ男を追いかけていった。










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