妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第一章 [序] 目覚め

第16話 だからもう、俺に恋心をもたないで欲しい

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 澄美怜すみれには猶予が無かった。

 その後もあの日の移り香が度々脳裏をよぎり、焦りをフル加速させていた。

 辛うじて昨夜は危うい所を兄にいなして貰えたが、それを思い出して落ち着かせている内に、寧ろ絶対に失いたくないものとして強い執着が生まれてしまう。

 ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! あの温もりを失くす事だけは!

 そして思い出したいつかのタロット占いの一節。

『もし彼が傷心ならそれは重い関係が原因です。そうした恋愛はその後の気がねないやり取りが出来る人にこそ心底癒され、心を開き、やがて魅了される事になるでしょう……』

 気兼ねないやり取りどころか逆の事をしている自分。対して確実にタロット通りに進めているあざみ。劣等感に押し潰されそうになって息が詰まり手を握り締める。

―――私は……やっぱりイヤだ!……関係が壊れたらなんていくら考えても答えなんか出なかった。妹には越えてはいけない事ぐらい分かってるけど……

 だって私にとってが……

 このまま見てるだけなんて……とにかくこの気持ちだけはハッキリ伝えるんだ!


  *


 そんなある日の夕食後。寛いだ頃合いを見計らって、

「ねえお兄ちゃん、相談があるの。後で部屋に来てくれる?」

「え、ああ、良いけど。 どんな相談?」
「うん、チョットね……」

―――そう、澄美怜《すみれ》は臨界点を越えてしまっていた。



  *


 部屋に通された物々しい雰囲気が、いつもと違う事が起こるのを明らかに予感させた。深優人みゆとはベッドへ腰掛けるよう促され、澄美怜すみれは床のセンターラグの上に正座した。

 仰々しく対面させられ、目を見て訴え掛けるように切りだして来た。


「これから話す事は物凄く勇気のいる事だから、どうしても真面目に聞いて欲しい」

「え?……ん……わかった」

 澄美怜すみれ躊躇ためらう余力さえ無く、溢れた想いが堰をきってしまう。

「……私……私は……兄さんの恋人になりたい……です」

「……」

「……このままあざみさんと親しくなって自然と恋人になるのは多分時間の問題。いや、自然とじゃない。この前私の言葉を遮った。兄さんは薊さんを選ぼうとしてる。それが分かってて何もせずに後悔だけするのは今までの自分に申し訳ない」

「……だけど……キミは妹だよ」

「だからって……私は物心ついたから兄さんだけを見て来た。誰よりも想いの強さなら負けないって自信ある! 妹に生まれたってだけで女の子として見てもらえない、こんなの不公平すぎるし辛すぎる。ねえ、それとも私の想いなんてどうでもいい?  妹からの恋愛的な好意なんて、気持ち悪い?」

「………………それは……そんな事ない」

「じゃあ、兄さんはどう思っているの?  私の事……好き?」

「……それは難しい」
「ごまかさないでっ!」

「ごまかしてなんかない。……じゃあ受け入れたらどうなるの? 周囲に公表できるの?」

「誰にも言えなくてもいい。兄さんさえ認めてくれるなら」

「俺は澄美怜すみれのこと、凄く大事に想ってる。それじゃだめ?」

「それは妹としてでしょ」

「……そんな単純なものではないよ」

「じゃ、じゃあ、キ、キスとか出来る? 恋人なら……私はそういう関係になりたい」

―――続く沈黙。


 こんな時の深優人みゆとの胸の内は何時も一つの想いが巡っていた。そう、この兄には生来のトラウマが有った。

 それは微かな前世の記憶。

 最愛の人により命を救われたものの、その所為せいでその人を失ったという辛い前世の記憶。
 これは誰にも話した事はない。だがこの事は余りにも彼にとって大きなアイデンティティとなっていた。

 故に今世では『何が何でも大切なものを守れる人』になりたいと思っていた。

 百合愛ゆりあ、そして澄美怜は二人とも心に何かしらの闇を抱えている。幼い頃からそう見抜いていた彼は、『この二人を絶対に守る』と、そう決めていた。

 なのに百合愛ゆりあを守れなかった。

 だからせめてこの妹だけは絶対に―――その想いは余りに堅固だった。



 考え抜いた上で深優人みゆとようやく語り出した。

「恋由来の『好き』は感情。ぶつけあって、感じ合って、楽しかったり嬉しかったりする事はわかる。でもその感情は変わり易くて……欲がエスカレートして互いの気持ちを奪いあう。自分を好きでいてくれ、ってカンジに。そして時に破局し遠ざかってしまう」

 黙って耳を澄ます澄美怜すみれ。続ける深優人《みゆと》。

「愛由来のそれは信頼、与えるもの、時に無償。守ってあげたくなる本能だったり、自分が必ずしも得をしなくても、相手の幸せを願うものって俺は思う。
 そして今のキミに必要なのはこっちの方。だって自分でも……あの事、分かっているでしょ。君はしばしば俺の助けを必要としている。あの症状のために」

 そう、確かに澄美怜すみれのパニック障害のような症状をケア出来るのはこの人しかいない。

「だけど、せっかく澄美怜すみれが勇気を出して告白してくれたから、この際俺もハッキリ告白するよ。つまり俺はキミを愛してるし、愛してなきゃならない。キミの事が何より大事だから」

 ……俺は大切な人をちゃんと守れるのか、神様からやり直しのチャンスを与えて貰えた……
 百合愛ゆりあちゃんとキミ。俺だけがすくい取ってあげられる立場に生まれた。しかもそんな人に二人も出逢えた。それなのに百合愛ゆりあちゃんを……。
 だから澄美怜すみれ。キミだけはどうしても守り抜きたいんだ……

 「……そう、破局のある『好き』の方でいる訳にはいかないんだ。『あの日、約束』したよね。キミをずっと守るって。妹なら……ずっと……。
 正直言うと今ほど守る必要が無くなれば……本当はキミに恋したいくらいだ。でも今それをして……もし守れなくなったら、兄としても恋人としても失格なんだ」

「それは……(でも反論出来ない)」
「だから俺は……」

―――だから?



「だからもう、俺に恋心を持たないで欲しい。
 その分だけ俺も辛くなるから」



   心臓を貫通されて身じろぎも出来ない絶望。
   何よりも温かい愛から発っせられた、凍りついたガラスの凶器の様に冷たい言葉に止めを刺されて―――


 その後どんなやり取りで兄が部屋を後にしたかも覚えていない。

 今は只の脱け殻だ。

 好きで、大事だからこそ、なれないもの 。
 そして天秤にかけられた2つの想い。

『好きなのに成就が許されない妹という立場の想い』  
『最愛を守るために恋を封印してきた兄の深い愛情』


 今まで生きてきた中で一番勇気を出して挑んだ気持ちのぶつけ合いは、少しの爪痕も残せないほど次元の違いを見せつけられての撤退となった。
 悲しかったが正論過ぎて涙も出なかった。


 ……でも知らなかった。こんなに想っていてくれてた……せめてそれだけが心の拠り所だ。けど普通の『好き』を言ってもらえない。たったその一言で報われるのに……

 その切なさ。普通なら『愛してる』の方が上位かも知れない。だがそれを行動で当たり前にもらい続けて来た澄美怜すみれにとって『好き』が欲しくて堪らない言葉だった。未練がましく思う澄美怜すみれ

 でもいつか自分の症状が消えて、しっかり出来たらチャンスはあるかも知れない……

 そうとでも考えていなければ心が持ちそうになかった。なぜならあの言葉が頭の中でずっと繰り返して消えなかったから―――



『だからもう、俺に恋心をもたないで欲しい。
 その分だけ俺も辛くなるから』






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