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第二章 【破】愛の真実
第31話 そしていずれ私は捨てられるに決まってる
しおりを挟む「―――前に恋心は持つなって言われたけど、でも兄妹として愛してるって言ってくれたよね? 守ってくれるって。……じゃ、例えばもし私が何か事情が出来て駆け落ちしたいって言ったらどうする?」
「かけ……?! 」
何を言い出すやらと一瞬驚きの色を隠せない深優人。だがこの妹の事、どれだけ思い詰めたものがあるやも知れない。
冷静に勘繰りながら慎重に応えた。
「――でも……ま、それなりの理由があるなら覚悟する」
「それなりの……って?」
「そうまでしてでも守らなければならない事態が生じたらって事」
「ふーん、そうなんだ……。 ありがと」
少し嬉しかった。妹である自分には1000%不可能だと思っていた『恋愛成就=約束の継続』は、全く別の形を取れば継続の可能性だって有り得る、という事に何か救われる思いがした。
*
その後、何とか自分を鼓舞する為に薊《あざみ》の励まし=『シェアー』を記憶から引っ張り出して来る澄美怜。
『共有出来なかったとしてもそれぞれのプライベートタイムで自分の思うように付き合っていけば良い』
薊はそう言ってくれた。そして、かつて薊以上に自分を大切にしてくれていた百合愛《ゆりあ》ならきっと同じ様にしてくれる筈だと。
……そう、妹が羨ましいって百合愛さんも言った様に、この立場を無駄にするのは勿体無い。隣の芝は青く見えるものだってちょっと分かったし……
**
そうして何とかやり過ごしたが、澄美怜は更に落ち込んで行った。
何故なら兄と百合愛は週末ごとに出掛ける様になっていったから。では兄は澄美怜の想いを知りながら、気を遣わなかったのか。
否、驚くべき事に百合愛達は今までのどのお出掛けも『一緒に』と誘ってくれていた。
しかし心の内をひた隠しにして『用事がある』と言って、それらを全て断った澄美怜。
付いていけば自分が惨めに成るだけだと分かり切っていたから。
特にダメージを与えたのは、二人がクラシックコンサートへ行く話が出た時。
これも三人で行こうと誘われたが体よく断った澄美怜。必死に平静を装ったが深優人は慎重に状況を窺っていた。それは澄美怜の瞬きの回数がこの時に増えたから。それは感情を隠すときのクセだと知っていた。
それでもクラシックコンサートへなぜ行くのか。
事の成り行きはこうだ。
百合愛と二人で古本フェスタへ行った後、落ち着ける所でお茶しようとカフェに入った時の事。将来の夢について聞かれた深優人。
『澄美怜のトラウマが治ってくれるのが夢……』
靜かに首を横に振り『深優人君自身の』と牽制する百合愛。
そう言われても見守りがあったが故に将来の夢など考えた事もなく―――。
『小さい目先の事とかでもいい?』
『うん。それを聞きたい』
『じゃあ……実はあの頃、百合愛ちゃんと好きな曲のクラシックコンサートとかに行けたらって思ってたから……今思いつくのはそのくらいかな』
それを耳にした途端、突如震えながらポロポロと涙が溢れ出す。
『百合愛?……ちゃん……?』
百合愛は謝りながら涙のワケを話した。アメリカで絶望の中、深優人との将来の姿を夢見てたと。
何かの奇跡が起きて、そして劇的に再会し、親密になってちょっと大人の正装の格好で夜のクラシックコンサートに行く―――
「そんな姿をね……はぅ……何度も、何度も、想像してた。……ズッ……一度で良いから……そうした姿で深優人くんと……くっ……それがずっと夢だった……ううっ……」
そう言ってボロ泣きし、暫く言葉に成らなくなった。それこそあっという間にハンカチがびしょ濡れに。
深優人はそう言われて誘わないでいる事など出来るはずも無かった。
だがそのような経緯までは澄美怜に伝えられずに、二人の想いはすれ違って行く。
―――こうして澄美怜はいよいよ気持ちが制御出来なくなっていった。
◆◇◆
―――ああ、私の恋なんて完全に周回遅れだ……
澄美怜は薄暗い部屋でいつも以上に悶々とし始めた。 澄美怜から見ればこうだ。
百合愛と兄の交際は順調で、この日は百合愛のたっての希望でクラシックコンサートへ行くという。
この早熟な二人の趣味はバッチリ一致していて入り込む隙もない。澄美怜の為にアニメ等を一緒に見る時間も減り、今回もコンサートの予習で曲を聞き込む深優人。
否、深優人からすれば普段にも増してケアしていた。アニメの時間も念のため増やした程だ。
だが余りに劣等感に苛まれていた澄美怜にはそう見えていない。自分以外の者の為に時間を使う兄を見慣れていないが故に。
……どうせ私のなんて幼稚な趣味ばっかで、元々無理して付き合っててくれてたんだって分かってる。
分かってるよ!! そんなの……それに比べて……
百合愛さんとじゃ、本当に勝ち目がない……
東京の会場で19時開演、21時終了と言ってた。場合によっては食べてから帰ると。
以前に薊の昼のデートに嫉妬した事があった。だが、今は違う。より大人に近づいた二人の夜のデートに嫉妬する。
それだけなのにまるで比較にならない不安感。
―――私は必死に今まで愛した。あの日の約束も大切にした……
+ ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
―――お兄ちゃん、私、生きるから……
どんなに苦しくても……生きるから……
絶対に離さないでね……
絶対に……絶対に……離さないでね……
+ ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
こんなに思っても届かない。それどころかあの告白した日、拒否された。それでも兄さんがまだ誰のものでもないなら、いつか可能性が残されてるんじゃないかと自分を騙せた。
でもきっともう出来上がってしまうんだろうな、この二人は。そして何がこんなに悲観させるかって、それは百合愛さんはきっと一時的に恋愛して終わるような人ではないという事。
つまり一度出来上がってしまったらもうチャンスが完全に無くなること、分かり切ってる。それが何より怖いんだ……
だって私達には『約束』が……
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜
『……だったらもう薬なんかやめよう! 前みたいにボクがずっとずーっと守ってあげるから』
『大事な妹が死ぬくらいならボクも死ぬっ!』
―――私が生きていなければ奪い兼ねない命があると?……そんなにも……私が大切なの?……
でも、だったら……
そこまでお兄ちゃんのためになるなら……
…………私……生きよう……
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜
……そう約束したのに……
薊さんの時にも迷惑かけた。そして今回もそうなりそうだ。なら、自分はやっぱり要らない存在だ。
二人はコンサートで盛り上がって、きっと楽しく食事をして、その後もしかして大人の展開とか……
もしか永遠の契りを……交わす……とか……
うぐっ……。
「はぁ……はぁ……」
……あれ? 何これ、こんなに苦痛? ちょっと待ってよ……何か変だ。いつものパニック障害とは違う!……
「はぁ……はぁ……」
何か胸が異様に締め付けられ……ああっ……、座っていても息が……はぁ、はぁ、……座ってられない……とにかく今までになく胸が苦しい……!
次第に壁に頭を叩きつけたくなる、自分を叩きたくなる。握った手はじっとりと汗ばみ、頭の中は二人の濃密なやり取りがぐるぐる取り憑いて回っている。
……以前は百合愛さんと兄さんを憧れのカップルの様に見れたのに、この歳になってみて誰にも渡したくないという強い思いがこんなにも生まれてしまうなんて……どうして?……私、なんて強欲なの?
―――本物の嫉妬を初めて経験した澄美怜。
のぼせに加え、何だかもう吐くものも無いのに吐き気までしてきた。気が変になり、誰か助けて欲しいと願う。
それは病気のものではなく恋愛の反動。全力で愛した分、その全力がはね返ってくる。適当に好きだったらこんな風になるはずもない。それだけ誇れるのか、単なる自分への呪いなのか。
……世の中の失恋した人はみなこんなに辛い思いをして来ているの? それとも私だけ過剰に反応してるの?
澄美怜は吐き気で口に手をやり悶え考え続ける。
……妹は生涯『妹』でいられる。友達もそうだ。逆に恋人なら別れる事もある。なのに何が不満だというのか。
―――そのリスクを背負ってまで得られるものは。
それって兄妹はいずれ遠くから見守り合う準他人になるけど、他人である恋人はやがて愛が育てばあたかも相手の一部、そのものになれる。
『見守る傍観者じゃなく当事者そのもの、相手の半分が自分なんだ! 』
私はそれになりたい。妹のままそれになる事は出来ない。
―――私は……兄さんの人生の半分になりたかった!
どうして 世の兄好きの妹たちがその気持を止められるのか。きっと相手の半分に成りたいとまでは思っていないのだろう。
―――でも何故か自分の場合、魂がそれを許してくれない!
兄を諦めよう、と他の人にも意識を向けてみるが何も感じられない。それなら、と兄の嫌いな所を探す。
あれこれ考えてみても逆に好きな所ばかり思い当たってしまう。今朝などは食後、コッソリ死角から蘭を合図で呼び寄せた兄。
それに感づき、すかさず忍び足で後を追って壁の陰から聞き耳を立てる澄美怜。何やらヒソヒソ話。がしかし……
『このところ澄美怜の調子が悪そうだから俺のいない所で問題がありそうならすぐに連絡を頼むよ。いつもよりしっかり見ててあげて』
『任せて、お兄ちゃん』
―――こんなの嫌いになれるワケないっ!
物語の失恋の場面なら忘れる為にどうにか距離を置いて身を隠したりして、何とか意識から排除されて次の恋に移ってく。
……今、そう出来ればいいのに一つ屋根の下いつも隣に居る。毎日顔を合わせるんだ。そんなんで忘れられる訳ないよ!
*
一方、コンサートが終わり、会場から出てきた深優人と百合愛。
「凄い演奏だったね。俺、本当に感動しちゃったよ」
と興奮気味に話しながらさり気なく手を繋ぎ歩き出す。
「うん。第2楽章と最終楽章が特に良くって私も涙が出そうだった」
このコンサートに至る迄の計画時 『相手の好きな曲にする』、と一歩も譲らなかった二人。いかにもだが、かつて共に好きだったラフマニノフピアノ協奏曲第2番で一致した。
▼Youtube ラフマニノフピアノ協奏曲第2番
https://youtu.be/dGX3temma5Q?si=-EKjGD31ruusMvms
暫くお互いの感想を述べ合って、そして評価が似通っていることも確認出来て、それが何よりも嬉しかった。いつも価値観を共有出来る得難い存在。それはやはり健在だった。
繋いだ手はいつの間にか指を絡ませた恋人繋ぎになっていて、二人は夜の繁華街をその余韻に浸りながら幸せそうに歩いていた。
えっ!……
だがその余韻を切り裂くような思念が深優人の脳裡に伝わり、その場を一瞬凍らせた。
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