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1章
【第16話】英雄の到着と、勘違いの「キャッチボール」
ギルドマスター・ガンダルが(フェンリルの激しすぎる握手によって)宙を舞い、地面に叩きつけられた――ように見えた瞬間。
かろうじて保たれていた均衡は、一気に崩壊した。
「撃てェェェ! ギルドマスターの仇だァァァ!!」
「これ以上の蹂躙を許すな! 全力で攻撃しろォォ!!」
恐怖と怒りで我を忘れた兵士や魔導師たちが、各々攻撃を再開する。
激しい矢の嵐に、視界を埋め尽くすほどの魔法の光が、再びフェンリルへと放たれた。
(おっ、また始まった!)
(今度はさっきより派手だなぁ!)
フェンリルは、自分へ向かってくる攻撃の嵐を「イベントのクライマックスの花火」だと思い込み、目をキラキラさせて見上げていた。
もちろん、人間の攻撃がフェンリルをどうにかできるはずがない。
炎の玉が迫ってくるのを見ても、雷がほとばしるのを見ても、フェンリルには「きれい」としか思えなかった。
しかし――近すぎる光と熱は、さすがに眩しい。
(うわっ、近い!)
(……でも、これって、歓迎の演出だよね?)
そう思った瞬間。
嬉しさと興奮で、思わずふっと息を漏らしてしまった。
それは小さな吐息のつもりだった。
でも、フェンリルの吐息は普通の吐息ではないらしい。
ふわり、と白い冷気が零れた。
次の瞬間、火球がその冷気に触れて、パチパチと弾ける。
雷は光の粒にほどけて、夜空に散った。
そう――まるで、手元で咲く【花火】みたいに。
「くそっ……本当に効かないのか……!」
「終わりだ……この街はもう終わりだ……!」
圧倒的な戦力差を前に、兵士たちの心は折れかけていた。
(すごい……!)
(こんなに歓迎されているなんて!)
フェンリルは完全に勘違いしたまま、うっとりとその光を眺めていた。
しかし本人は気づいていない。
それが【歓迎】ではなく、【撃退】するための攻撃であったことなど。
絶望が広がる中、ついに城壁の上に設置された街の防衛機構の切り札――国軍の最新兵器【対大型魔獣用巨大魔導砲】が起動した。
魔導砲から放たれた極大の雷撃が、轟音と共に空気を引き裂き、フェンリルめがけて一直線に進んでいく。
その時だった。
ザンッ!!
鋭い斬撃音が響き渡り、巨大な雷撃が真っ二つに裂かれて霧散した。
雷光が弾け飛び、夜空が一瞬だけ真昼のように照らし出される。
「なっ……!?」
「い、今のは……誰だ!?」
照らし出された砂煙の中から現れたのは、渦中のフェンリルと――
全身を無骨な鎧で覆い、背中に身の丈ほどの大剣を背負った一人の戦士だった。
その男から放たれる覇気は、この場にいる冒険者たちとは桁が違う。
ただそこに立っているだけで、周囲の空気が張り詰める。
「あ、あれは……!」
「間違いない、『剣聖』グレン様だ!!」
「Sランク冒険者のグレン様が来てくれたぞォォォ!!」
兵士たちから歓喜の声が上がる。
――Sランク冒険者。
それは国に数人しかいない、単独で軍隊数十人並みの戦力を持つ英雄の称号だ。
たまたまこの街に滞在していた彼が、ついに動いた。
「……状況は最悪だな」
グレンは周囲を見渡し、低い声で呟くと、ゆっくりと背中の大剣を引き抜いた。
重厚な金属音が響き、その大剣は月光を反射して鈍く輝いた。
彼の視線は目の前にそびえ立つフェンリルを捉えていた。
(……でかい)
(それに、この底なしの魔力)
(以前、死闘の末に討伐した赤竜(レッドドラゴン)以上とは……)
(まさか、生きて神話の怪物と相対することになるとはな)
歴戦の英雄だからこそ、分かってしまった。
勝てる見込みなど、万に一つもない。
しかし、ここで自分が引けば、街は確実に滅びる。
(俺の命と引き換えにしてでも、足止めしてみせる……)
(やるしかない)
グレンは覚悟を決め、全身の闘気を練り上げ始めた。
周囲の空気がビリビリと震え、肌が粟立つ。
その圧に、周囲の兵士たちが息を呑んだ。
一方、フェンリルの方は――
(おっ?)
(すごい強そうな人が出てきたぞ!)
さきほどの巨大な雷を剣で切ったのは見事だった。
きっと、このお祭りのメインパフォーマーに違いない。
次はどんな凄い技(芸)を見せてくれるのか、期待で胸が高鳴る。
……それに。
相手が何か闘気を練り上げているのを見た瞬間。
なぜかドクン、と心臓が大きく跳ねた。
(……なんだ、この体の奥から湧き上がってくる、ゾクゾクするような興奮は?)
尻尾が自分の意志とは関係なく、左右に揺れ始める。
全身の毛がふわりと逆立ち、筋肉が躍動を求めてうずく。
どうしてだろう?
じっとしていられない。
追いかけたい。走りたい。遊びたい。
(僕、なんでこんなにワクワクしてるんだ?)
(まるで、散歩の前みたいに……)
込み上げてくる衝動に戸惑う間に、グレンは大剣を構え、闘気を一気に収束させた。
その瞬間。
「行くぞ、神話の怪物」
「我が命を賭した一撃、受けてみよ!」
「――秘剣・【龍牙断(りゅうがだん)】!!」
グレンが踏み込み、大剣を振り抜く。
刀身から、圧縮された闘気による巨大な三日月状の衝撃波が放たれた。
城壁すら紙のように切り裂く剣聖必殺の一撃。
それが轟音と共に空間を歪ませながら、フェンリルの首元へと飛翔する。
それを見た瞬間、フェンリルの思考が跳ねた。
(うわっ、すごいのが飛んできた!)
(よし、キャッチして投げ返してやろう!)
(キャッチボールだ!)
遊び心と、目覚めはじめた何かがそうさせた。
そのまま【神速】を発動する。
人間には認識できない速度で、飛来する巨大な斬撃波へ向かって右の前足を突き出した。
その斬撃波を掴み取ろうとした――その時。
パァァァンッ!!
グレンの放った必殺の斬撃波は、フェンリルの肉球に触れた瞬間――
シャボン玉のように弾け飛び、消滅した。
「……なっ?」
グレンの動きが止まった。
顔から表情が消え失せ、ただ呆然としている。
周囲で見守っていた兵士や冒険者たちも、全く同じ表情だった。
「け、剣聖の必殺技が……」
「素手で……いや、肉球で叩き潰された……?」
「嘘だろ……人類最強のSランクの攻撃が、あんな……簡単に……」
一方のフェンリルは、少し残念そうに自分の前足を見つめた。
(あれ? 壊れちゃった?)
(……え、今の僕、ちょっと必死すぎない?)
考える前に、体が動く。
それが、やけに気持ちよかった。
(……あれ)
(……楽しい)
だが、そんな内面の葛藤など知る由もなく――
事実上、Sランク英雄の敗北という現実は、街全体を真なる絶望の底へと叩き落とした。
かろうじて保たれていた均衡は、一気に崩壊した。
「撃てェェェ! ギルドマスターの仇だァァァ!!」
「これ以上の蹂躙を許すな! 全力で攻撃しろォォ!!」
恐怖と怒りで我を忘れた兵士や魔導師たちが、各々攻撃を再開する。
激しい矢の嵐に、視界を埋め尽くすほどの魔法の光が、再びフェンリルへと放たれた。
(おっ、また始まった!)
(今度はさっきより派手だなぁ!)
フェンリルは、自分へ向かってくる攻撃の嵐を「イベントのクライマックスの花火」だと思い込み、目をキラキラさせて見上げていた。
もちろん、人間の攻撃がフェンリルをどうにかできるはずがない。
炎の玉が迫ってくるのを見ても、雷がほとばしるのを見ても、フェンリルには「きれい」としか思えなかった。
しかし――近すぎる光と熱は、さすがに眩しい。
(うわっ、近い!)
(……でも、これって、歓迎の演出だよね?)
そう思った瞬間。
嬉しさと興奮で、思わずふっと息を漏らしてしまった。
それは小さな吐息のつもりだった。
でも、フェンリルの吐息は普通の吐息ではないらしい。
ふわり、と白い冷気が零れた。
次の瞬間、火球がその冷気に触れて、パチパチと弾ける。
雷は光の粒にほどけて、夜空に散った。
そう――まるで、手元で咲く【花火】みたいに。
「くそっ……本当に効かないのか……!」
「終わりだ……この街はもう終わりだ……!」
圧倒的な戦力差を前に、兵士たちの心は折れかけていた。
(すごい……!)
(こんなに歓迎されているなんて!)
フェンリルは完全に勘違いしたまま、うっとりとその光を眺めていた。
しかし本人は気づいていない。
それが【歓迎】ではなく、【撃退】するための攻撃であったことなど。
絶望が広がる中、ついに城壁の上に設置された街の防衛機構の切り札――国軍の最新兵器【対大型魔獣用巨大魔導砲】が起動した。
魔導砲から放たれた極大の雷撃が、轟音と共に空気を引き裂き、フェンリルめがけて一直線に進んでいく。
その時だった。
ザンッ!!
鋭い斬撃音が響き渡り、巨大な雷撃が真っ二つに裂かれて霧散した。
雷光が弾け飛び、夜空が一瞬だけ真昼のように照らし出される。
「なっ……!?」
「い、今のは……誰だ!?」
照らし出された砂煙の中から現れたのは、渦中のフェンリルと――
全身を無骨な鎧で覆い、背中に身の丈ほどの大剣を背負った一人の戦士だった。
その男から放たれる覇気は、この場にいる冒険者たちとは桁が違う。
ただそこに立っているだけで、周囲の空気が張り詰める。
「あ、あれは……!」
「間違いない、『剣聖』グレン様だ!!」
「Sランク冒険者のグレン様が来てくれたぞォォォ!!」
兵士たちから歓喜の声が上がる。
――Sランク冒険者。
それは国に数人しかいない、単独で軍隊数十人並みの戦力を持つ英雄の称号だ。
たまたまこの街に滞在していた彼が、ついに動いた。
「……状況は最悪だな」
グレンは周囲を見渡し、低い声で呟くと、ゆっくりと背中の大剣を引き抜いた。
重厚な金属音が響き、その大剣は月光を反射して鈍く輝いた。
彼の視線は目の前にそびえ立つフェンリルを捉えていた。
(……でかい)
(それに、この底なしの魔力)
(以前、死闘の末に討伐した赤竜(レッドドラゴン)以上とは……)
(まさか、生きて神話の怪物と相対することになるとはな)
歴戦の英雄だからこそ、分かってしまった。
勝てる見込みなど、万に一つもない。
しかし、ここで自分が引けば、街は確実に滅びる。
(俺の命と引き換えにしてでも、足止めしてみせる……)
(やるしかない)
グレンは覚悟を決め、全身の闘気を練り上げ始めた。
周囲の空気がビリビリと震え、肌が粟立つ。
その圧に、周囲の兵士たちが息を呑んだ。
一方、フェンリルの方は――
(おっ?)
(すごい強そうな人が出てきたぞ!)
さきほどの巨大な雷を剣で切ったのは見事だった。
きっと、このお祭りのメインパフォーマーに違いない。
次はどんな凄い技(芸)を見せてくれるのか、期待で胸が高鳴る。
……それに。
相手が何か闘気を練り上げているのを見た瞬間。
なぜかドクン、と心臓が大きく跳ねた。
(……なんだ、この体の奥から湧き上がってくる、ゾクゾクするような興奮は?)
尻尾が自分の意志とは関係なく、左右に揺れ始める。
全身の毛がふわりと逆立ち、筋肉が躍動を求めてうずく。
どうしてだろう?
じっとしていられない。
追いかけたい。走りたい。遊びたい。
(僕、なんでこんなにワクワクしてるんだ?)
(まるで、散歩の前みたいに……)
込み上げてくる衝動に戸惑う間に、グレンは大剣を構え、闘気を一気に収束させた。
その瞬間。
「行くぞ、神話の怪物」
「我が命を賭した一撃、受けてみよ!」
「――秘剣・【龍牙断(りゅうがだん)】!!」
グレンが踏み込み、大剣を振り抜く。
刀身から、圧縮された闘気による巨大な三日月状の衝撃波が放たれた。
城壁すら紙のように切り裂く剣聖必殺の一撃。
それが轟音と共に空間を歪ませながら、フェンリルの首元へと飛翔する。
それを見た瞬間、フェンリルの思考が跳ねた。
(うわっ、すごいのが飛んできた!)
(よし、キャッチして投げ返してやろう!)
(キャッチボールだ!)
遊び心と、目覚めはじめた何かがそうさせた。
そのまま【神速】を発動する。
人間には認識できない速度で、飛来する巨大な斬撃波へ向かって右の前足を突き出した。
その斬撃波を掴み取ろうとした――その時。
パァァァンッ!!
グレンの放った必殺の斬撃波は、フェンリルの肉球に触れた瞬間――
シャボン玉のように弾け飛び、消滅した。
「……なっ?」
グレンの動きが止まった。
顔から表情が消え失せ、ただ呆然としている。
周囲で見守っていた兵士や冒険者たちも、全く同じ表情だった。
「け、剣聖の必殺技が……」
「素手で……いや、肉球で叩き潰された……?」
「嘘だろ……人類最強のSランクの攻撃が、あんな……簡単に……」
一方のフェンリルは、少し残念そうに自分の前足を見つめた。
(あれ? 壊れちゃった?)
(……え、今の僕、ちょっと必死すぎない?)
考える前に、体が動く。
それが、やけに気持ちよかった。
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