白い花が咲く丘で

黒月禊

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旅の記憶は輝いて

沈黙の城

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気を失っているスノーを潰さないように
体勢は変えられた
気を失った人間には効かないようだと
地に伏しながら俺は思った
なんとから顔と目を動かし窺い見る

目の前で死闘を繰り広げようとしていた二人も
共に地面に伏してもがいているようだった
何が起きたのかわからない
ただ一言
平伏せよと声が聞こえた
それが脳に届くと同時に
俺たち三人は地面に引っ付いていた


「く、クソッ!?なんで俺まで…」
「グゥ…油断、した。何者だ、卑怯者め…」

スイウンは腕と首に血管を浮き立たせながらもがいている
それがひたすら床でバタついているようにしか見えない

一方ヴァンパイヤキングの方は
体を分散させようとしているがビクつくばかりでうまくいかずうめいており
床に爪で傷をつけるだけだった

俺は一度呼吸を整え
意識を落ち着かせる
体を流れる魔力を意識し
呼吸を合わせる



これか!

魔力の滞りがあり
流れは止めていないが
うまく伝達機能を阻害している
これは脳に干渉する強制魔法だ
言霊や呪詛とも呼ばれる
細かくは違うらしいが以前魔術学士の友人が語っていた

「…ハァッ!」
他を傷つけないように阻害箇所にぶつけて相殺させる
衝撃で痛みと脳がわずかに揺れて意識が遠のいたが
なんとか脱せた

「う…はぁはぁ…」
鈍いダル気と嘔吐感を感じるが耐えて立ち上がる

「…お前……」
「ヌゥ……」

二人は俺の様子を見て驚いている
魔力操作と良い友人を持てて幸運だった

「……‥スノー…」
呼吸を確かめる
…無事なようで安心した

「なぜ貴様は動ける!!貴様の仕業か!」
怒りながらバタバタと動く
それでも地面に張り付いている

「…無茶したなお前…」
床にくっついたまま呆れた顔をしている
なんかリラックスしてないかお前

しかし一体何が…
その時どこからか
一羽の鳥が飛んできたのが見えた

そして棺桶のあった所の後ろにある玉座に
暗闇より暗い何かが形を成した


…神目を使っても視ることはできなかった

「不躾な子だ。最初にすることが覗くなんて」
その声に俺は驚く
いつのまにか闖入者が現れていたらしい
咄嗟に身構える
剣はまだ棺桶の近くに落ちていた

まだ…動かせそうか?
そっと指先を動かして操ろうとした
「やめとけアホ。死ぬぞ」
仰向けになったスイウンがダルそうに言う
なぜバレたんだ
それより死ぬって…

「君が今その剣を操った場合、スイウンが君を殺すから、だよ」
クスクスと鈴のような声で笑われた
そこには侮蔑したような感情は感じられなかった

「あなたは、誰だ」
問いかける
それぐらいしか今はできなかった
見方か、敵か

この前からポンポンと強敵が現れて内心ヴァルツは
気持ちが荒むところがあった
己の弱さに悔しくなる


「あー、俺の隊長さんだよ。以前話したろ?」
寝っ転がってスイウンが答えた
既に束縛からは解放されているようだ
男は興奮してかまだ暴れていた

隊長?つまりスイウンの所属する組織の人間が現れたと言うことか
正直あのような芸当ができる人間なんてそういないだろう
魔術は基本的に念じて放つ
これが初期の初期の魔術の考え方だ
声に乗せて念じることで形を成す
それが魔術だ
命じるとは全てに通ずることで、基本的に魔力があれば誰にでもできる
そのでも相手の魔力が体にあるから
基本的に念じた言葉だけでは防がれる
魔力がない人にも簡単に反抗の意思があれば解除される
効果は凄いがほとんど成功しない技だ
それをこれだけの手練れを瞬時に支配するなんて
人間業じゃない
俺はまだ敵味方の判断がつかず身構える
スイウンは静観していた
あいつだってあっち側のはずだ
この状況で敵なら
絶望的だった


「そう怖い顔をしないでおくれ。別に取って食べたりはしないさ」
ユーモアに喋るが
そこに隙はなかった

「おや、黙ってしまったね。私は何かしてしまっただろうか…」
意外だとでも言うよな声音だった
まだブツブツと言っている

「どう思う?スイウン」
謎の人物が尋ねる

「…知らないっスよこいつのことなんて」
玉座に背を向けて寝っ転がる
なんなんだお前は

「拗ねてるのかい?あの状況なら纏めて縛りをつけた方が楽だと思ったんだけどさ」
「あなたがそう判断したならそうなんでしょーね!別に拗ねてないっスよ!」
まるで思春期の子供のようで
こちらが気恥ずかしくなる気持ちだ

「ふむ。真面目に仕事をしてくているし久しぶりに面と向かって会おうと思ったけど、余計なお世話なようだね」
なら帰ろう
と呟く
「ちょ!?ひどくないっスかそれ?献身的な部下に対して労りとか配慮とか褒めるとかないんですか!?」
必死で止めようとした

「君の活躍と努力は評価するけど、仕事中の浪費と君が破壊した物の被害の始末書、届いてるけどこれ。飴だけとはできない話だよ」
呆れたような声で告げる
それにイタズラが見つかった子供のように汗をかいて慌てるスイウン
「そ、それは必要経費っス!情報得るための必要経費!そうです!」
「ほう。では女の子たちと飲み歩いたり酔っ払ってチンピラ殴り倒して商業施設を半壊させたのも、必要経費だと、ほう…」
トントンと指で台を叩く音がする
これは、知っている
財務部でよく聞くアレだ
圧力だ!

「相方も喧嘩して別行動もするし…」
「…」
「悲しい」
「!!」
「子らの中でも真面目に仕事で長く潜伏してくれたり自主的に働いてくれてまともに帰ってくることもできないから、次は私の側にいてもらおうかと、思っていたんだがね」
「それは!!ぜひ俺に!俺にさせてください!」
必死だった
まるで日頃より雑用ばかりで張り合いのない仕事をしているものが珍しくやりがいのある仕事をチラつかされて尻尾を振っているようだった
な、情けねぇ…

バンッ!!

地面を叩き壊す音がした
それはヴァンパイヤ男が地面を壊した音だった

「貴様らを我輩を無視をしてゴチャゴチャと…万死に値する。許さん許さん許さん…」
無視をされて怒り狂っているようだった
無理やり体を動かそうとして体から血が噴き出している
「おい爺さん失血死するつもりかよ。ヴァンパイアのくせに」
「殺そうとした君が言えるのかな?」
「…すいません」
正座した


「許さん…我が夢を阻むことは誰にもさせぬ。殺す」
体からオーラが出て体の形を変える
変容する気か?
「あいつ本性現す気かよ。必死だなぁ。眷属まで集めてるし」
壁をすり抜け黒い異形たちが奴に集まり吸収される
渦を巻いて体が変化していく

「やばいんじゃないか」
「まぁな」
いつのまにか干し肉を齧って見ているスイウン
舐めてんのか


「…孤独は人を狂わすからね。長年血を吸ってないせいで正常に判断不可能な状態か」

淡々と影の中から話す

「……喰いコロス」
渦の中からもう人とは呼べない声がした

「仕方ない…スイウン」
「はい」
素早く跪くスイウン

「見ない様に」
「承知しました」

すると影の中の隊長とやらが動いた

「戒めよ」
光の鎖が拘束する
先程俺が使った光魔術の同系統だが
短文で凄まじい精度の魔術が起動された
「グガァアァアアアッ!!!」
「自我を失ったか。世話が焼ける子だ」
静かに告げる

「我が子を抱かん 夢の揺籠」
拘束された男がのそのまま影の中に吸い込まれた
何をする気だ


「グガァアアアッ!………あっ?」
ん?


「な、なにし、嘘、やめ、アウンッ!アァ!?」
聞きたくない音が響く
何をされているのか想像したくない
あの美丈夫がどんなことになっているのか
その隊長とやらとあの男だけが知っていた


ゴロゴロゴロゴロ…パタン

暗がりから転がってきた
それを見て俺は驚いた

「…こ、子供!?」
そこには顔を赤くした美少年がいた
黒いマントを羽織って貴族服を着た少年だ
格好だけはあのヴァンパイヤだった
キュー…と鳴いてダウンしている

「…ふう。スイウン、お仕置きと話は後日、役目を果たしなさい」
「承知しました」


「カイン。カイン・ラヴァル」
その呼び声に
ヴァンパイアキングはパチンと目を開けた
「こ、この麗かな美声は我が愛!我が愛ではないか!!!」
少年の変声期前の声だが
確かにあのヴァンパイアだと思った

「…私を分からなくなるぐらい疲弊していたんだね。遅くなった」
「よい、よいのだ我が月よ。こうやってまた会えたのだから、ああ愛している」
涙を流し跪いて両手を伸ばす

「私ももう一度会えて嬉しいとも。その割には見間違えたようだけど」
「そ、それはすまない。だがもう二度と間違えることはない!命をかけて誓おう。既に捧げた命だが何度でも誓おう」
甘い言葉を何の躊躇なく吐き出すカイン

「ありがとうカイン。君を信じるよ」
「その言葉だけで永劫の時を生きていける」
静かにカインは光る涙を流した

「それでは私はそろそろ消えるよ」
「何故だ!?共にいよう!」
「忘れた仕事はスイウンに聞いておくれ」
「いやだ!もう離れたくない」
「また必ず会えるさ。今度は会いにきておくれ」
「…わかった…。必ず君に会いにゆくとも我が愛よ」

そして一羽の鳥が去っていった



「…いつまで泣いてんだよ爺さん」
「………うるさい小童が」
グスグスと泣いて両腕で流れ落ちる涙を拭っている
まるで子供をいじめるいじめっ子の年上といじめられっ子だ
俺は見ていられなくて仕方なくハンカチを手渡す
一瞬キョトンとしたが受け取った
「…ありがとう雑種」
このガキ……

ズビビと人のハンカチで鼻までかんだ
あれはもうあげよう


「後一つ、言い忘れていたけど近くにアベルがいるからよろしく」


遠くから隊長の声がした
誰だそいつ
二人の顔を見ると青ざめていた
この暗がりでも見えるくらいに

「なぜあいつが、し、死んでなかったのか!?」
「確かどっかで布教活動がてらエグいことしてるって聞いたがまさか近くいるとは、逃げるか」
端に置いてあった手荷物を持って去ろうとするが
子供のカインが腰に引っ付く

「待てい愚か者!我輩を置いてくな!奴めが現れたどうすればいいのだ!」
「知るかよ!捕まって話の通じねぇ長話でも聞いてればいいんじゃねーの」
「そんなご無体な!お、おいそこの雑種!我輩のお供を許す。外に逃げるぞ」
「その雑種と言うのをやめてくれ。俺はヴァルツだ」
「そうかヴァルツ!良い名だ!ん?太陽神の系譜か忌々しい!改名しろ!」
「うっさいなもう!スノーが起きるだろ」
俺はスノーを抱き抱えていた
「どさくさに紛れて何してんだよこのエロゴリラ」
「断じて違う」
「ゴリラとは何ぞ?」
「知らなくていい」

「気になるぞ!我輩だけ除け者はゆるさふぁあああ!!」
「な、なんだよどうしたんだ」

「こ、この悍ましいねっとりとした気配はアベル!出口を作るから脱出するぞ!」
「マジかよあいつはえーな」
「ついでに出口を閉じてこの世界を潰せば一石二鳥と言うやつではないか!」
「待てよ他にあいつが来てるんだぞ!」
「あやつか。あの影の薄い小童はさっさと我が愛の作った出口で出ていったぞ」
「…あの野郎」

「話はわからないが、大丈夫なのか?」

ドゴォッ!!!

城が揺れるほどの衝撃が来た
な、なんだ!?

「クソ我輩の眷属を根こそぎ喰らいおって。もうよいさっさとズラかるぞ!」
「へーい」
「…なんなんだこれは」

そうして俺たちは崩壊する古城から
現実の世界へ戻ったのであった



≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫


スゥ………………ハッ!

「起きたか」
「こ、ここは…」
スノーは掛けられていた布を落としながら起き上がる

「何が起きたの…あまり思い出せない」
片手でこめかみの辺りを押さえる

「気を失っていたんだ。もう安全だから安心してくれ」
気持ちを伝えるように笑う
それを見つめた後スノーは息を吐いた

「そっか、良かった」
「何か飲むか?さっき川で冷たい水を汲んできたんだ」
「うん。飲みたい」
カップに水を注ぎ手渡す
冷えた水が流れ込み
すぐに飲み干す
目でおかわりをするか尋ねる
カップを手渡されまた冷水を注ぐ
「……プハ。おいしかったよありがとう」
「どういたしまして」
垂れた前髪を耳にかけてあげる
顔色は良くなったようだ
「あれから何が……それなに?」
「これか?…色々あってね…」
つい暗く話してしまう
背に張り付く子供の姿のカインのせいだった



「つまり、あの後スイさんが合流して、襲ってきた男がその子供であのヴァンパイアキングだ。ということ」
「そうだ」
「それで隊長さんとやらが場を収めてくれたと、全くわからん」
「俺もまだよくわかってないんだ。ごめん…」
二人で困惑顔をする

カサッ

茂みが揺れそこからスイウンが姿を現した
二本の木の棒には仕留めたうさぎと魚が刺してあった

「お、起きたか。おはよスノーちゃん」
朗らかに笑う

「今作っちまうから待っててくれよ。食ったら元気出るだろ」
奥で器用に捌いているようだ
そのまま火をおこして焼く
「俺も手伝うよ」
「お、いいのかい?まだ辛いなら休んでなよ」
「うん。大丈夫」
「チャームは身体には影響残んねーから大丈夫だと思うけど、なんかあったら言えな」
ポンポンと頭をさりげなく叩く
馴れ馴れしい奴め…

まんざらでもなさそうにスノーは微笑む


「うまっ!料理やっぱうめーな!」
「それならよかった。沢山獲ってきてもらったからたくさん食べなー」
「…」
「おいヴァルツ人様の獲物を人より食ってんじゃねー!」
「……俺の方が狩りなら大物が獲れる…モグッ、ゴクン…料理したのはスノーだし、残したら勿体無いだろ」

「何張り合ってんだよ。大丈夫俺が食うから、ジャンジャン作ってよ」
「フフ、本当に全部食べちゃいそうだね」

和気藹々と食事を楽しんでいる
…楽しくない!

俺が横目でスイウンを睨んでいると
背中でモゾモゾと動く感触がした

「…‥ふむ。何事だ」
「起きたか」
「起きたぞ……。ふぁ…何だこの香りは、飯の香りか?」
「そうだぞ。スノーが作ってくれたんだ。食べるか?」
うさぎ肉が刺してある串を肩ごしに向ける
おんぶ紐よろしく背中で背負われているカインは
クンクンと嗅いだ後
餌付けするようにそのまま齧る
ヴァンパイアって食べても大丈夫なのか?
「ふむ…なかなかに美味である。次はそっちを所望する」
言葉は偉そうだが子供の姿で言われると
不思議とムカつかない
今度は葉で包まれた香草蒸しの魚をフォークに刺して口に運ぶ
熱いようでハフハフと食べている
「うむ。美味であるぞ!褒めて遣わす」
俺の頭をポンポンと叩きながら笑っている
子供の世話をするとは思わなかった


「休日に子供の世話したぐらいで疲れるなんてこれだからダメ男は。ダメなパパでちゅね~」
…イラッ

「あらやだ奥さん見た?あの人育児ノイローゼで噛みつかんばかりの表情よ。哀れね~」
チッ

「ハハ…ヴァルツは、優しいお父さんになりそうだね」
焚き火に薪を追加しながらスノーはそう言った
…天使か

「なぜ我輩が子供なのだ!気に食わぬ!間男がよい!」
「意味わかってんのか爺さん…」
呆れた顔をして肉を齧るスイウン

「爺さん爺さん煩いわ!寝ショウベン小僧!」
「テメー!?誰が寝小便だこら!」
カインに掴みかかるスイウン
「ほう。よく自室のベッドを濡らして夜中隠れて洗っていたのを知っておるぞ」
「いつの話…じゃなくてふざけた話してんじゃねーぞ!やっぱ殺す!てか隊長には話してないよね?ね!?」

「うーん…どうだろう話してないような、話したような」
「…よし、お前を殺して自決する」
獣を捌いて血に濡れたナイフを構えるスイウン
それを見て指をさして笑うカイン

俺を挟んでやめてくれないかな
勝手にやって同士討ちが希望です


「ほら、喧嘩しないで食べなよ。えっと、そちらのカインさんも良かったらおかわりどうぞ」
肉の間にトマトのチーズが挟んである串を渡そうとしたスノー

「ふむ。献上品なら貰ってやろう。……むぐっうま!」
串に病みつきなようだった

スイウンは地面の上で丸くなってなにかぶつぶつと言っている
触れないでおこう

俺はスノーが淹れてくれたお茶の香りを嗅いで気持ちを落ち着かせる
その際調理をしているスノーと目があって
互いに笑みを浮かべた
なかなか波乱だったなと
息を吐いた


















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