白い花が咲く丘で

黒月禊

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亡霊と殺人鬼

【4】

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「う、うわぁぁぁぁん!!!!」
「ご、ごめんよ!俺が悪かったから泣かないで」
「うわぁぁぁぁん!!!!ヒック…。うわぁぁぁぁん!!!!」


「うっせぇ…」

大通りから少し離れた公園のベンチで
俺は今、大泣きしているアベルに抱きしめられながら
慰めていた

最初大きな体格の牧師服を着たアベルが見つかり
スイウンが眉根を寄せて苛立ちを隠さず歩み寄ったが
俺たちを視界に入れたアベルが猛牛の如く走ってきてスイウンを轢き飛ばしてスノーを全身で抱きしめた
そしてバッと肩を掴んだまま離れスノーだと再確認すると
大声で泣き始めた
よく見るとカインが緑色のリュックの中に詰められていた
金の瞳がリュックの隙間の闇から覗いていた


「……グッ、なんで俺がこんな目に」
アベルに轢かれたスイウンは腰を摩りながら隣のベンチに腰掛けている
通りかかる人たちが生暖かい目で見て通り過ぎていく
時刻はあれから二時間ほど経っている


「……グスッ。し、心配したんだよ。隣を見たらスノーがいなくて、僕びっくりして急いで探したけど見つからなくて、兄さんのお友達(眷属)は今は昼間だからダメで、僕、どうしたらいいかわらなくて、いっぱい探したけど見つからなくて、お友達(悪魔)を呼んで手伝ってもらおうと思ったけど、ここじゃ、みんなの迷惑になるって兄さんが言うから、僕、僕、うわぁぁぁぁん!!!!」

「本当、本当にごめんねアベル。アベルは何も悪くないから。俺が何も考えないで離れたのがいけないんだ」
「良し悪しを問うている訳じゃないんだ!君に何かあれば僕は悲しいし辛い。君がどこかで寂しがっていないか。空腹でひもじい思いをしていないか。悪い人に酷いことをされていないか。僕は胸が張り裂けそうだったよ!君が孤独に苛むなんて、ああなんて無慈悲な世界なのだろう許されるべきことではない!僕はなんて罪深い事をしてしまったんだ自分が許せない!大いなる我がご主人様見ておられますか?愚かな咎人である私をどうか罰してください!アベルは何でもいたします!どうか!どうかスノーに、うぅ、救済をうわぁぁぁぁん!!!!」

「……圧がすごい。そうじゃなくて俺は平気だからね。ね?ほらちゃんと見ておくれよ!どこも怪我してないし無事だからさ。アベルはいっぱい心配してくれたんだよね。それだけで俺は嬉しいよ。アベルはとってもいい子だよ」
よしよしと頭を撫でる
瞳がウルウルとしている
大型犬のようだ
いや子供か
世のお母さんたちの苦労はこんな感じだろうか

アベルはペタペタと俺の体をタッチして確認している
どこも怪我がないとわかるとやっと泣き止んだ
つ、疲れた…

「…終わった感じ?」
「…多分」
疲れた声で話しかけてきたスイウンにそう返す
辺りは夕焼けに染まっている
通りの人も増えてきた気がする

ヒュイン…

「おっ」
街灯が点灯したことにより明るくなり
更に王城の方から魔法体が太陽のような光を放つ
それは温かな擬似的な小さな太陽だった

「……すごい」
人々が立ち止まり一箇所を見つめる
陽だまりの中のようだった

「そろそろ行こうぜ。腹減った」
スイウンがそう言って立ち上がる
泣き止んだアベルがリュックを背負い直し側による
「心配?」
「え?」
驚いて見上げる
アベルは穏やかな表情で見つめる
「早く戻ってくるといいね」
小さな太陽を見つめていった
「……そうだね」
同じ方向を見つめてそう言った
彼のいない太陽の光はどこか寂しさを感じさせた



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「これはなんですか?とってもいい香りですね」

「そうでしょう牧師様。よかったらいかがですか?」

「はい。大地の恵みに感謝いたします。では二十個ほど」

「はい!ではローストチキンレッグを二十個ですね」
恭しく応対する姿はまさに神のしもべのようで
敬虔なる信徒のようだった
注文数以外は…

「全部食べれるかい?」
「もちろんだよ!大丈夫だよスノー。君たちの分も頼むから安心してね」
「そうじゃないけど。気持ちだけもらっておくよ」
「お前以外にそんなに食えるか!牛になるわ!」
更に追加注文しようとするアベルをスイウンが止める
「でも主人様(あるじさま)なら一緒にこのぐらいは食べるよ?もしかして主人様は牛なの?」
「んなわけねぇだろ!隊長は少食アピールなんてしないでたくさん食べる姿がキュートなんだよ!」
「意味が難しくて、よくわからないけど。きゅーとな牛ってこと?」
「違うわ!」
漫才のようなやりとりをしつつマーケットを散策している
「カインさんはお腹空かないのかい?」
「…心配してくれるのか。良き心がけだ褒めて遣わす。だが今暫くは構わんでくれ。この国は……ごにょごにょ」
弱々しすぎて最後の方は聞こえなかった
眠いのかな
夜型らしいのに

「さぁ見ておくれ!国一番のサンバルーンだよ!今なら一つ買うともう一つついてくる!魔力はいらないお買い得だよー!」
おばさんが笑顔で販促活動をしている
あれは、王城の上で光り輝いている擬似太陽の模型のようで
たしかに似ている
あそこまで輝いてはいないけど温かみのある魔法光が発光している

「おや!別嬪さんお一つ如何?サービスするよ?」
突然話しかけられた
自分のこと?
慌てながらも手に持っている風船を見る
………
「では、ひとつください」
「毎度あり!サービスでもう一個あげるね!恋人さんにでもあげなね!」
「はぁ…」
曖昧な返事をしつつ財布から料金を支払う
二つ寄り添うように浮かぶサンバルーンを貰う
‥つい買ってしまった
子供が見上げていて親に買ってもらっていた
つい恥ずかしくてアベルたちの後ろに退避する
「僕も買おうかなぁ。一つ買うともうひとつだってさ。スイウンあげるよ」
「いらねー」
即答してチキンを齧っているスイウン
「おっ、酒じゃん」
「もうスイウンったら。お酒は控えるっていってませんでしたか?」
「フンッ!飲まずにやってられるか!」
素早く露店の前まで行き何か酒を買っているようだ
行動が早い
「もう仕方ないなぁ。主人様が見ていますよ!」
「ハッ!隊長が怖くて酒が飲めるかってんだ!」
理屈になっているのか怪しいことを言ってオレンジ色のビールをぐびっと飲んだスイウン
美味しそうだな
「スノーもお酒飲むの?」
「嗜む程度にはね」
「…嗜む?」
小さな呟きが聞こえたがよく聞こえなかった

でも全員揃ってないのにみんなでお酒飲んでいたら可哀想だよね
我慢して暖かいハーブミルクを買った
ミルクと蜂蜜の優しい味とスッキリとしたハーブの後味で美味しかった
ふーふーとしながらゆっくりと飲む
アベルは初めてという炭酸のビネガードリンクを目を丸くしながら飲んでいる
カインはやはり、おとなしく寝ているようだ
心配だけど本人がそっとしてほしいならそのままにしておこう
いくつかめぼしいものを見つけて買う
荷物をいちいちスイウンとアベルが持ってくれるので申しわけなく感じるが笑って大丈夫だと言われる
「しかしあの金ピカ坊主おせーな」
「金ピカボス?」
「どこのボスだよ。あいつだよあいつ。騎士様は忙しーのかねー。まぁ仲間と久々の再会なら当然か」
「うん」
この場にいない人物を思う
今頃騎士団の仲間と再会を喜び合っているのだろうか
喜ばしいはずなのに、すこし、すこしだけ寂しく感じる
「うっせーガキンチョがいねーぶん楽しもーぜ!なぁスノーちゃん!」
ニヒヒと笑ってスイウンがウィンクする
それに笑って応えて
「そうだね。でも折角だしお土産も買ったからさ。待ってみるよ」
「そうかい。好きにしなよ。俺たちはそばにいるからよ」
「うん!一緒だよ!えへへ」
「……うぬ」
三人がそう言った
カインは眠たげな声でリュックの中から声を発した

「ありがとう。みんな」
心から嬉しく思った
こんなに楽しいお祭りは初めてだ
はやく、早く来ないかな
それぐらい。思っててもいいよね

星が流れる夜空を見てそう思った




「あっちで聖歌隊(クワイア)の合唱が始まるって!どんな歌なんだろう!」

「聖歌隊?この国でか?珍しいな。他宗教だろ?太陽神信仰じゃ合唱はないはずだぜ」
確かにそうだけど
太陽神信仰の祝詞や伝承、神話や御伽噺はあるが合唱、そして聖歌隊は聞いたことがない
神々をモチーフにした歌はたくさんあるから、それかもしれない
恋の話もあるし歌にしやすいのだろう
人は恋のお話が好きな人が多いし
あり得ると思った
「何時から?」
「ええと、皆既日蝕の時間と合わせているらしいな。ポスターに書いてある。へー初来国らしいぜ。これで下手くそだったら大笑いだな」
「もうそんなこと言って意地悪だなー」
「だったらって話だよ。俺のミューズはただ一人、だぜ!」
「あー!ふわトロりんごのパイ焼きだってさ!美味しそう!」
「これだからお子様は…」
悪態をつくもちゃんとアベルに付き合うスイウンに笑顔になる
たまにアベルが給水だと言ってストローがついた飲み物をリュックの隙間に差し込んでいる
中身が減っているので飲んでいるようだ

ポスターを見る
初公演
聖夜祭で開演
開催時刻は、十八時
あと、…十五分か
空を見上げると擬似太陽の上で空模様がいつのまにか変化していた
昼間は青空だったのに現在は薄暗い昼間のようだった
夕暮れから時が戻ったかのようだった

「そろそろ会場にいこうよ」
「そうだな。アベル行くぞ」
「ちょっと待って!」
「待たねーよ!どんだけ買ってんだ!」
「お土産の分だよー」
わちゃわちゃとしながらも王城前の広場で始まるらしい
聖歌隊の合唱を観に行こうと向かった



「結構人いんなぁ。はぐれるなよ」
「んむー!んむー!」
「食いながら話すな!」
「確かに、人が多い…」
大勢の人が集まる広場に来た
設置されたステージに幕が降りていて中は見えなかった
青い布で遮られている
あと少しで始まる
もう少し前で見られないかな…
身長が高い人が前にいるせいでよく見えない
爪先立ちになるがそれでもギリギリだ
彼が戻ってきたらどんな歌だったから教えたい
土産話としていいだろうと思ったからだ
どうせなら一緒に観たかったな

「おぷっ!?」
「あっ!スノーちゃん!」
「スノー!大丈夫!?」

「だ、だいじょばないかもぉーー」
人の波に飲まれてしまった
今俺は浮いている
人と人の間に挟まれて貨物車のように流れに沿って運ばれる
どうすれば…
苦しい
抵抗するも圧力が凄くて大変だった


ッ!?

ぽふっ

「あっ…」
「…やっぱり。…大丈夫か?スノー」

腕を掴まれて群衆の波から引きあげられた
その先で優しく受け止められ
見上げるとそこには黄金色の人物がいた
そう、ヴァルツだった

「ヴァルツ!」
「スノー。会えてよかった…。どうしてこんなところに」
驚いた顔からヴァルツは
嬉しそうに微笑んだ
その顔を見ただけで
心が安心し浮き立つように心が躍った


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「……」

何か聞こえたような気がして意識が浮上する
ここは…

いつのまにか王城から出ていてぐるぐると彷徨って歩いていたようだ
呆然としていて前後の記憶が曖昧だった
確か、兄にあってそこで…
とんでもないことを言われたんだった
まるで他人事のように思う
それはそうだろう
あり得ない
自分の中でとうの昔に除外した考えだったからだ
自分が、………王だなんて
大勢の人の群れの中、はっきりとしない意識の中
ただただ足を動かす
どこに向かえばいいのか
わからないままに


まただ
何かに呼ばれたような気がした
俯いていた顔をあげる
なんとなく見ていると視界の端に大切な人の面影を感じた人物を見かけた

「なっ…」
慌てて近寄る
人が大勢いて難航したがなんとか近づく

手を伸ばし波に飲まれている中に目的の人物の腕を掴む
そして引っ張り上げた
その勢いのまま抱き止める
ふわりと香る花の香りがした
互いの視線が交差する




「……スノー」
「……ヴァルツ」

再会してお互いを認識し安堵した二人
そしてやっと会えたこの機会に二人とも喜びを感じていた
半日も離れていないのに、どこか緊張感を感じている
今はステージ中央前だ
流れに任せていたらいつのまにかここにいた
当たり前のようにヴァルツがスノーを人と人の壁となり腕の中でスノーは小さくくっついている
この時ヴァルツはスノーを苦しませない事に注力しており
腕の中でドキドキとして顔を赤く染めているスノーに気づかない
非常時だから仕方ないと誰に言い訳しているのか
ヴァルツの逞しい胸に凭れている
「すごい人だな。….大丈夫かスノー」
「……うん。大丈夫、かも」
「かも?」
覗き込むヴァルツに顔を見られないようにと顔を逸らす
ヴァルツは不思議そうに見つめている
その時さらに人の波が動き圧力が増す
「クッ……何事なんだ」
今更周囲の事態に疑問を抱く
既にスノーはヴァルツの腕の中で抱きしめられている
ヴァルツは折角の状況なのに守る事で気づかない
スノーは押し付けられたヴァルツの胸の中で体温を感じ伝わるほど密着していて意識がふわふわしてきていた
彼の男らしい嫌な匂いじゃない体臭の中に
以前あげた香油の花の香りがして、さらにドキドキとした
ど、どうしたんだ俺
おかしくなっちゃいそうだ
胸に耳を当てていてヴァルツの鼓動が伝わってくる
その音に落ち着きを感じる
ずっとこうしていたい……
そんな甘い思考が過ぎった己に驚く
もうこれは、自分に嘘はつけないのかもしれない

見上げたところにヴァルツの精悍な顔がある
凛々しく勇ましいのに自分より他人を優先する騎士の精神を宿した優しい人
すぐに揶揄うと照れ臭そうにしつつも嬉しそうな顔をして笑う人
捕まってしまった自分を必死に探してくれて見つけてくれた時、自分よりも辛そうな顔をした
誠実で真っ直ぐな人

そうだ
もうとっくにわかっていた
彼に、ヴァルツに恋をしていた事を
……
自覚した瞬間、全身が熱くなったように感じ
嬉しいはずなのに離れたくなった
こんな気持ち、どうすればいいの!?
前代未聞の感情と状況に内心パニックになっていた


「…ん?どうしたスノー?」
心配そうな声音で問う
反応して顔をあげるとその近さに驚愕した
び、びっくりだよ!
驚いて突き飛ばしそうになったけどこの状況下では不可能なのでありがたいような辛いような
とにかく混乱していた

「ひゃっ!」
後ろから誰かに押されてより密着し
咄嗟に反応したヴァルツが腰をさらに抱き寄せたので
変な声が出てしまった
顔を俯かせたが白い肌の耳が真っ赤になっていた
それにやっと気づいたヴァルツが
今更この状況に焦る
焦って勢い余って腰に添えた手と片手で肩を抱き寄せてその小さな体を抱きしめる
ふわりと柔らかくひんやりとした体がピッタリと合わさり
それだけで幸福感でいっぱいで
ヴァルツまで顔が赤くなる
手汗がひどくないかなど別のことを考えてしまうぐらいこちらも驚いていた

なのに互いの視線が逸らせない
見つめあったまま時が止まったようで
息すらも煩わしくて
互いの存在を感じ合う

オレンジ色の光が二人を照らし人の影がまるで二人を隠すように流れる
雑踏が遠ざかるように感じるほどに
二人の世界はできていた
体感でわかってしまう
少し背伸びをすれば
少し顔を下げれば
互いの唇が重なることを
その甘美で幸福な刹那を既に知っているから
絡む欲望が、距離を狭めた
早く熱い吐息がふれる
熱を感じる距離まで狭まる
求め合うものが一つになろうとしていた



「うわぁぁぁぁん!!!!」
ビクッ!?

一気に互いの距離が離れる
体は離れられないので互いの顔だけが離れる
「ご、ごめん」
「うん……」
何に対する謝罪か
子供の泣き声で中断されホッとしたような、残念なような気持ちになる
そもそも、またちゃんと返事をしてないのに
おずおずと見上げると照れ臭そうに額を掻いていたヴァルツと目が合いお互い照れ臭そうに笑う

まだ響き渡る泣き声が周囲の動きを止めた
どこで泣いているのか…
二人は目だけで探す
もしかしたら外れてしまったのか
人混みに潰されていないか心配になった
遠くの方でもなくかといって近くでもない…
ここで魔術を使えればいいが
この環境下では厳しい
そう思った時、当たり周辺が暗くなった
どうしたんだ?

見上げると王城の上空にあった擬似太陽の灯りが消えている
それで暗くなったのか
いや、空が暗い中で昇っている太陽の皆既日蝕が始まったようだ
そのまま見上げていると空に白い鳥が飛んでいた
更に増えて群れとなって飛んでいるようだ
暗い空に自ら発光し悠々と飛んでいる姿は見事で
民衆は皆見上げている
王城をぐるりと飛んだ後数羽の鳥がこちらに向かってきた
何が始まるのかと見守っていると
群衆の中に飛び込んだ
そして羽がふわりと周囲に広がり
飛び立つ
それは子供だった
紐を咥えた鳥に驚いた顔のまま人混みから救出された子供は笑顔を浮かべ中空に浮いている
そして人混みの中両手を伸ばした母親らしき人のもとに戻された
よかった…

そして白い鳥たちがステージの梁にとまる
その数はすごい数だった
やはりただの鳥ではなく魔法体のようだ
ということは術者がいるはず
そう思って見つめているとステージの幕が開いた
周囲で驚く声が聞こえる
ヴァルツとスノーは中央にいるからステージ上をよく見ることができた
そこには誰もいない
スポットライトが真ん中を照らす
一羽の鳥が降り立った
そしてフワリと糸をほぐすように霧散する
光が溢れた
民衆が注目する
今から何が起きるのかと
光がおさまるとそこには一人の女性が立っていた
白いドレスに青いマントとフワッとした羽のファーがついている
顔は青いフェイスベールで隠れている
長い白い髪が風に揺れている
女性が両腕を低く広げると更に数羽の鳥がステージに降り立った

中央の女性を中心に四人増えた
総勢四人の男女がステージに現れる
白い服に肩がけの青いマント
そして顔には同じように青いフェイスベールで隠されている
不思議な装いだった
見ていると中央の女性の隣の人が緊張しているのか
プルプルと震えているのがここからでもわかった
それを意に介さず、女性が片手を上げ指を鳴らす
すると鳥たちが一斉に飛び立った
国中に白い鳥たちが飛んでいる
それと同時に音楽が流れ始めた
しっとりとしながら壮大で切なさを感じさせる民謡音楽のようだった
そして聖歌隊が歌い出す

『 空を見上げると二つの星 巡る星の海であなたを探す

手を伸ばしても届かない どうか私を照らしてあなたの光で

暗闇の海で揺蕩う願い 寂しい夜に あなたを照らすわ』

静かに歌がはじまった
誰もが歌に耳を傾けた
美しいのにどこか切なく
聞いたことがないはずなのに
懐かしさを感じた
「スノー……」
声をかけられ振り向く
心配そうな顔でヴァルツが見つめていた
どうしたんだろう
そう思っていると頬を拭われた
涙を流していたようだ
「えっと、なんでだろう。おかしいな」
慌てて拭うも止まらなかった
少しの間拭っても治らず、ヴァルツが頭に手を添えて胸に寄せた
「…これなら、見られないから」
「…ありがとう」
突然の出来事に慌てながらもその優しさに包まれた

歌が終わり
ゆっくりと演奏が終わった
一拍のあと、拍手が鳴り響いた
確かに、素晴らしい歌だった
彼らは恭しくお辞儀をした
一人が転けそうになり観客が笑う
いつのまにか皆既日蝕で太陽と月が重なる
空に光の輪ができていた

そう
思った時だった




「It's show Time!!アハハハ!!!」


どこからか笑い声が聞こえた
その声が悪夢の始まりの鐘がだった


「さぁ素晴らしい夜にとびっきりの悪夢をご覧あれ!!」
人々は周囲を窺う
ヴァルツとスノーが同時に一箇所に視線を止めた
そこは時計塔の上だった

「空想夢遊!甘き苦痛と絶望よ来たれ!我が悪夢に喝采を!」
高らかに声を上げて呪いの言葉が放たれる

「ストレンジ・ナイトメア!」
領域が展開される
月が白く、太陽が黒く
世界が逆さまに回る

「これは、空間支配…世界侵食の類か!」
ヴァルツが焦ったようにそう言った

人々が動揺している
事態が把握できなくて困惑しているようだ
異変すぐに起きた

「あれ、なんだこれ」
一人の国民がぶつかったものを見る
それはツギハギだらけのぬいぐるみだった
可愛らしい見た目なのにそれぞれパーツが違う生き物のぬいぐるみで、かえってその悍ましさを強調していた
「…不気味だなあっ!?」
腹部に熱い刺激が起きた
見てみると腹部に包丁が刺さっていた
「キャーーー!!!」
一人の女性の悲鳴が響き渡り
民衆が一斉に逃げ出した
どこから現れたのかツギハギのぬいぐるみは大量に現れていた
そこかしこで悲鳴や怒声が聞こえる
「何が始まったんだ」
動揺しながらもヴァルツはスノーを守るように抱き寄せた
スノーも困惑しながらも腹部を刺された人を探している
「ダメだスノー!危険だ!」
「でもあの人が死んでしまう!」
腕を伸ばすも腹に腕をまわされて進めない
振り返るもヴァルツが悲痛の表情をしていてこちらが冷静になった
そうだここは、彼の国なのだった
騎士として誇りを持っているヴァルツにとって自国民が傷つくのは辛いはずだ
きっと俺を守るために動けないようだ
足枷になんてなりたくない
そう思って自分のことはいいから言ってと言おうと思った時だった

「ハァッ!」
ザシュッ!
キューと変な鳴き声を鳴きながらぬいぐるみは消えた
倒したのは聖歌隊の一人の青年のようだった
その手には赤と黒の片手剣が握られている
「ひ、人使いが荒い!何も投げなくてもいいじゃないか」
ひとりぶつぶつと何かを言っているようだ
その間にも倒れた人に治療魔術を施しながらも片手剣で
襲いかかってきているぬいぐるみを倒している
「こっち一人はきつい!誰か、手伝って、よ!」
攻撃を器用に回避しながら言っている
「こっちは救助優先で動いている!お前は暫しそこで踏ん張れ!」
「それって!要は囮ってこと?僕をなんだと思っているの!」
悪態を吐きながらも逃げ遅れた人を助けながら戦っている
手慣れた動きだった
ヴァルツは目で追いながらも思案する
「……」
「ヴァルツ」
「なんだ?」
こちらを見るヴァルツに安心させるように笑う
「俺は大丈夫だから、行ってきて」
「だけど…」
「大丈夫!俺は自分で身を守ることぐらいはできるさ!」
アベルたちと合流したとき杖を持ってきていた
魔道具入れの鞄から取り出して見せる
黙って考えているヴァルツ
後一押しだ
「この国の騎士でしょ。みんなを守ってきて」
「スノー…」
「そして、…帰ってきて」
その意味をわかったのか
ヴァルツは驚いた後、深く頷いた
その目には強い光が宿っている

「わかった。ありがとうスノー!安全なとこに居てくれ。何かあったら必ず、必ず俺を呼んでくれ」
手を繋ぎ抱きしめ合う
「うん」
「じゃあ…」

「いってらっしゃいヴァルツ」
「行ってくる!すぐ戻ってくるからなスノー!」
笑顔で走り出したヴァルツの背中を
スノーは静かに見つめていた







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