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お前は友達じゃない

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「お前を友人だと思ったことは一度もない」
 それは、卒業式を数日後に控えたある日のことだ。放課後の屋上に呼び出された山崎渉は、だしぬけに友人の口からそんな言葉を告げられた。
 はじめ渉は、友人の言葉の意味をすんなりと飲み込むことができなかった。それは、だが渉にしてみれば無理もない話だった。何せ相手は、三年間同じバスケ部でともに汗を流してきた無二の親友――のつもりだったから。
 一陣の風が、ひゅう、と首筋を撫でる。
 ひと頃に較べれば随分と寒さは和らいだとはいえ、春先の風はまだまだ冷たい。が、今の渉には、だから早く教室に戻ろうと切りだす心の余裕さえなかった。
 高いフェンスに囲まれた校舎屋上のバスケットコートは、二人にとっては特別の場所だった。
 昼休みのたびに二人はここで弁当を広げ、あるいは学食のパンの包みを開いた。そして食後には、きまって腹ごなしの1ON1で軽い汗を流した。それは、互いが受験勉強で忙しくなったあともずっと続いた。
 その特別な場所に、今は息が詰まりそうになるほど重苦しい空気が漂っている。
 夕焼けを背負った友人の表情は、逆光のせいでいまいちはっきりとは窺えない。だが、その静かな声色と佇まいが、これが冗談でないことを言外に告げていた。
 そもそも、この男が冗談らしい冗談を口にしたところを渉は今まで見たことがない。
「……あ、そう」
 ようやく渉は口を開くと、それだけを辛うじて絞り出した。そして次の瞬間には、もう自分を納得させるための答えを探しはじめていた。
 考えてみれば――こいつが本気で僕を友だちと認めていたはずがないのだ。
 そもそも彼は、渉とは根本的に人としての出来が違っていた。
 彼は部でも不動のエースで、三年最後の大会となった夏のインターハイでもキャプテンとしてチームを率い、県大会決勝進出という成果を残している。しかも、成績はつねに学年でも五指以内をキープし、教師陣には早くから難関大への合格を期待されていた。その期待に応えるように東京の超難関国立大へストレートで合格し、この春から上京する予定でいる。
 かたや渉はというと、三年通してぱっとしない成績で、せいぜい地元の大学にもぐり込むのが精一杯だった。部活でもこれという成果を上げることはできず――というか、万年ベンチウォーマーの渉には活躍の機会などあるわけがなかったのだが。
 そんな渉が、勉強もスポーツも完璧にこなす目の前の友人と、本当の意味で友情など築けるわけがなかったのだ。
 立ち尽くす渉を前に、ふたたび友人が口を開く。
「正確には……ただの友達と思ったことは、一度もない」
「……え?」
 友人の奇妙な言い回しに、渉は項垂れかけた顔を上げた。と、渉の視線から逃れるように友人は目を逸らす。
 その横顔が、背後の日差しを浴びてうっすら輝くのを渉は今更のように見惚れた。
 切れ長の眉目に、研ぎ澄ました刀を思わせる細い鼻梁。寡黙に引き結んだ薄唇。精悍な顔立ちは誰の目も惹いてやまず、噂によると、モデルの事務所からスカウトの声を掛けられたことも一度や二度ではないとか。
 公式戦でも易々とダンクを決める一八九センチの身長は、人並みより小柄な渉には羨ましくて仕方がなかった。
 そんな友人の横顔が、ふと、こちらをふり返る。決勝戦で敗退した時でさえ動じることのなかった涼やかな瞳が、今は熱に浮かされたようにひどく揺らいでいた。
「嘘をついたまま……」
「……嘘?」
「離れたくなかった。お前と……渉とだけは」
 おもむろに友人が歩み寄る。一体何のつもりだと見守っていた渉は次の瞬間、信じられない友人の行動に茫然となった。
 塞がれていた。唇が。友人の唇にぴったりと……
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