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英霊の帰還
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目を覚ますと、そこには見慣れた天井の木目が広がっていた。朝なのか、それとも昼間だろうか、窓から差し込む光がやけにまぶしい。
そういえば、あれから何日が過ぎただろう。
マラリアの発作が出ると、最低でも三日は頭痛と高熱にうなされることになる。これほど気分のいい目覚めは、だから、少なくとも三日は求めようがないはずだ。
そっと額に手を当てる。しっとりと濡れた布地が指先に触れ、剥がしてみると、それは木綿の手拭いだった。今度はもう一方の手で額に触れる。あれほど高かった熱が、いつの間にか嘘のように引いている。
ふと、腰のあたりに重みを感じて身を起こす。
意外な人物が、健吾の布団に覆いかぶさるようにして眠っていた。
「……敦?」
そっと呼びかける。が、相変わらず敦は薄い瞼を閉じたまま、そよ風のような寝息を立てている。時々、長い睫が小刻みに震えるのは、あるいは夢でも見ているのかもしれない。
見ると、その手はかすかに荒れていて、彼のような身分には珍しく水仕事に精を出したことを暗に告げている。その水仕事というのが、敦の額の手拭いを取り換えるためのものだったとすれば、随分と熱心に看病してくれたものだ。
だが――と、健吾は怪訝に思う。
なぜだ。敦にとって、自分は彼を〝殺す〟ための道具にすぎなかったのだろうに……
「……ん……」
林檎色の唇が、くぐもった声を漏らす。どこか悩ましげで、それでいて扇情的な声に、ふと健吾は、自身の欲望が頭をもたげるのを感じた。
布団から抜け出し、俯せになった敦の躰をそっと仰向ける。さらにその躰にのしかかると、健吾は、無防備にも半開きになった敦の唇にそっと己の唇を寄せた。
……が、奪えない。
以前は我が物顔で奪えたはずの敦の唇が、今は、硬質な結晶で覆われでもしているかのように触れることができなかった。この、最上に清らかなものを、愛らしく美しいものを、どうして、あれほど乱暴に穢すことができたのか今となっては思い出すこともできない。
知ってしまったから? この男が別の男を愛していると?
いや。今のところ、それは所詮健吾の想像にすぎなくて、だから決定的な理由かといえばそうではない。では一体、なぜ……?
改めて健吾は、目の前の敦を見つめた。
人形のように端正な顔だが、よく見れば、人形のようなという形容は決してふさわしくないことが分かる。頬に息づく生気や、震える睫毛、こめかみに伝う小さな汗の雫……敦の魅力は、それら一つ一つの確かな生命感によって支えられている。いくら本人が死を望んでいようとも、その事実だけは、決して、覆すことはできないのだ。
「敦……」
指先で頬を撫で、その、意外にもしっとりとした肌の質感を心に刻み込む。
生きている。
敦も、それに、この俺も……
「あれ?」
不意に人の声がして振り返る。いつの間に開いたのだろう、開け放たれた襖の向こうに、廊下に行儀よく膝をついたままこちらを見つめる次郎の姿があった。
「目が覚めたんですか、健吾さん……って、何をなさっているんですか!」
次郎の鋭い叱責に、我に返った健吾は慌てて敦の躰から飛び退いた。――まさか、敦との行為がバレた……?
「いくら旦那さまがお嫌いだからって、いたずらはよくありませんよいたずらは!」
「は? いたずら?」
「はいっ! 今、旦那さまのお顔に落書きをなさろうとしたでしょう! まったく、いい歳して額に貼り紙をなさったり、そうかと思えば今度はお顔に落書きだなんて、とても大の大人がなさることとは思えません!」
言いながら次郎は、不機嫌そうにぷくぅと頬を膨らませる。
そんな次郎に、なぜか急に可笑しくなった健吾は思わず吹き出し、やがて、それだけでは堪えきれずにとうとう腹を抱えて笑いだした。
「な、何がおかしいんですかっ!」
「だ、だってよ……まぁいいや。てめぇがそれで良いならそういう事にしといてくれよ」
健吾は涙で滲んだ目尻を指先で軽く拭った。そういえば、こんなに屈託なく笑ったのは久しぶりかもしれない。と――
「……ん……っ」
今の騒ぎで目を覚ましたのだろう、敦の睫毛が小刻みに震える。やがて、絹の瞼がうっすらと開いて、長い睫毛の奥から、黒水晶にも似た大粒の瞳がそっと覗いた。
「えっ?」
途端、驚いたように敦が身を起こす。いつの間にか目を覚まし、どころか平気な顔で起き上がっている健吾の姿に驚いたのだろう。が、そもそもマラリアという病気はそういうもので、発作自体はひどいが、治るときは急に治ってしまうものなのだ。――もっとも、医者でもない敦が知らないのも無理はないが。
「田沢さん?」
その声に、我に返った健吾は慌てて敦から目を逸らす。
なぜかは分からない。が今は、どうしても敦と目を合わせるのは躊躇われた。
「治ったのか」
「あ、ああ……おかげさまでな」
そう吐き捨てる健吾の目に、ふと、枕許に置かれた茶色の薬瓶が映る。どうやらキニーネの瓶らしい。屋敷に常備されていなかったのであれば、この物資難の中、わざわざ健吾のために調達してくれたのだろう。
こんな〝道具〟ごときのために……
「よかった」
「あ?」
振り返った健吾は、そこに意外すぎるものを見て驚いた。
微笑んでいた。敦が。あの形の良い唇を緩ませて。
それは、いつぞや見た寂しさや哀しさを伴う微笑みとはまるで印象が違っていた。心の底から滲み出る安堵をそのまま形にしたような、今のそれは、そういう微笑みだった。
が、その笑みは、次郎の一言であっけなく掻き消えてしまう。
「旦那さまったら、それはもう大変な心配のなさりようだったんですよ。このまま死んでしまったらどうしよう、どうしようって、文字通り食事も喉を通らないご様子で」
「次郎」
敦の鋭い一瞥がじろりと次郎を舐める。次郎はしまったという顔で真顔を繕うと、今度は八つ当たりめいた膨れ顔で健吾に向き直った。健吾としてはいい面の皮だ。
「……そういうわけです。健吾さんも健吾さんです。そのような持病をお持ちなら、前もって仰って頂かなくては困ります。おかげで、薬の調達でどれだけ困ったことか」
さすがにその一言には反論の言葉がなかった。
「う、うるせぇよ。……俺だって、まさか内地でも発症するだなんて思ってもいなかったんだからよ……」
フィリピンの捕虜収容所で初めて発病して以来、何度か発作を起こしたが、復員してからはすっかり発作も収まっていた。そのせいか、てっきり完治したものと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
その時、まるで図ったように健吾の腹が鳴った。
そういえば、ひどく腹が減っている。……が、考えてみれば無理もない。発症して以来、当たり前だが一度も食事を取っていないのだから。
「そういえば、朝に炊いたご飯が残っていたね?」
振り返る敦に、次郎が心得顔で頷く。
「はい、すぐにお運びします。ええと、お粥にした方が良いですかね?」
「どっちでもいい、とにかくさっさと食わせろっ」
唸る健吾に、次郎は呆れたように首をすくめると、素早く立ち上がって部屋を飛び出していった。
その遠ざかる足音を耳で追っていた敦が、ふと、思い出したように振り返る。
「どんな夢を見ていたんだ」
「は? 夢?」
問い返すと、敦は小さく頷いた。
「随分とうなされていたから……ひょっとして、戦場の夢でも見ていたのかと」
「……」
健吾は答えなかった。答えられなかった。あれは、健吾の拙い語彙で説明できるものでは決してない。ジャングルの中に見捨てられ、置き去りにされた挙句、たった独りで死を待ちつづける人間の気持ちは。
恐怖とも、まして怒りとも違う、強いて言うなら諦め。だが、その諦めの中にも、どうしようもなく生に縋ろうとする情動もあって、二つの感情に心が引き裂かれそうになる。
ひどく喉が渇いて、だが、目の前の水を飲めば赤痢になることが分かっているから手を伸ばせない。水筒の水はとうの昔に空だ。このまま、餓え、渇いたままで自分は死んでしまうのか――一方で、これでいいのだという投げやりな達成感も同時に覚える。
要するに、あらゆる相反する感情が同時に混在して、それを一言で表すのは不可能なのだった。
ひょっとするとあれは、死の直前に人間が見るという走馬灯の一種だったのかもしれない。健吾の場合、それが過去の思い出ではなく感情だったというだけで。事実、あの直後に追撃してきた米軍の部隊に収容されていなければ、今頃、健吾はこうして生きてもいなかったのだ。
「てめぇには関係ねぇだろ」
「なぜ」
「なぜ、って……つぅか何なんだよてめぇは! んなこと訊いて何が知りたいんだよ、えぇ!?」
「……」
今度は敦が口を噤む番だった。伏せられた睫毛の奥で、黒い瞳がせわしなく泳ぐ。まるで、畳の上に答えが落ちてでもいるかのように。
健吾の脳裏を、嫌な想像がよぎったのはこの時だった。
「……ひょっとして、俺の戦況を聞けば、あるいは創一郎の消息を掴めるとでも思ってンじゃねぇだろうな?」
その言葉に――正確には創一郎という名前に――弾かれたように敦が顔を上げる。血の気を失って強張った顔は、健吾の冗談が図らずも的を射ていたことを暗に告げていた。
少なくとも、健吾の目にはそう映った。
「な、なぜ、創一郎のことを……あ、いや、次郎が話したのか……だからといって、なぜ、ここで創一郎の話が……」
狼狽える敦に、いよいよ健吾の苛立ちは募る。
やはりそうだ。敦は今も、創一郎を……創一郎だけを。
「へっ。てめぇの顔に書いてあったモンをそのまんま読み上げただけだよ」
「そ、それは誤解だ! 僕は……私はただ、あなたのことが心配で、」
「は? お大尽の子爵サマが、こんな破落戸の強姦魔を心配ぃ? いくら世情が乱れてるっってもよ、何もそこまでヤキが回るこたぁねぇだろ?」
ぐっ、と敦は下唇を噛みしめると、蒼褪めたままふいと顔を逸らした。
そんな表情さえ美しいと感じてしまう自分が、健吾はどうしようもなく憎らしかった。
この男の全ては、その心も躰も含めて創一郎のものなのだ。その事実は、仮に創一郎の戦死が確定したとしても決して変わることはないだろう。
そして自分は、どこまでも破落戸の強姦魔でしかないのだ……
遠くから近づく足音に我に返る。やがて部屋の襖が開いて、廊下に行儀よく正座する次郎が現れた。その脇には、ご飯用の櫃と伏せた茶碗を乗せた盆が。
「あれ?」
部屋に残る沈黙の残滓を鋭く嗅ぎ取ったのだろう、次郎が困ったように首をすくめる。
「ひょっとして……お取込み中でしたか?」
「い、いや……それより、さっさと飯を食わせろ」
はいはい、となだめるように次郎は頷くと、櫃を抱え、膝立ちのまま部屋に進み入ってきた。その手がさっそく飯を茶碗に盛ろうとするのを、健吾は横から櫃を奪い、手づかみで飯を口に運びはじめる。
お世辞にも紳士のそれとは呼べない下品なふるまいに、さすがの次郎も眉をひそめる。が、そんなことは今の健吾にはどうでもよかった。
とにかく今は、思いっきり下品にふるまいたかった。彼らに――否、敦に、自分は創一郎ではないことを思い知らせるために。
と、その時だ。
庭の方で玉砂利を踏む音がして、健吾は櫃を手にしたまま窓の方を振り向いた。
「どうしたんです?」
そう尋ねる次郎も、足音に気付いたらしく健吾と一緒に聞き耳を立てる。その間も、足音は屋敷の方に近づいてくる。
いつも屋敷にやってくる郵便配達の青年かとも思ったがどうも違う。彼の足音は鹿のように軽やかだが、今、庭先から聞こえるそれは重く、何よりひどく草臥れている。
こんな足音を、健吾はかつて厭というほど耳にしたことがある。
あるいは捕虜の収容所で。あるいは復員船の中で。軍籍とともに兵士としての誇りも戦意も剥ぎ取られ、一歩一歩を引きずるようなこの足音は紛れもない敗残兵のそれだ。何より、健吾自身がかつてそうだったからこそ良くわかる。
が、だとしても、そんな人間がこの屋敷に一体何の用だ……
まさか。創一郎が。
「……あ」
気付いた時には、すでに次郎の姿は部屋から消えていた。どうやら来客を迎えるべく玄関に飛び出していったものらしい。
そんな次郎の足音を、健吾は耳だけで密かに追った。
もし、本当に創一郎なら――次郎は喜ぶだろう。子犬のように玄関を飛び跳ねて、疲れ果てた兄を出迎えるに違いない。そして、ひとしきり再会を喜びあった後は、この部屋に連れてきて敦に帰還の報告をするだろう。
敦は――健吾は横目で敦の顔を窺った――やはり喜ぶだろうか。いや喜ぶに違いない。何せ相手は、首を縊ってまで追いかけようとした想い人なのだから。
この頃、健吾の中では、敦の創一郎に対する特別な感情はすでに既定の事実と化していた。創一郎を想うからこそ死を願い、疑似的にしろ死を得るために健吾に抱かれていたのだと、そう解釈していた。
その創一郎が生きているとなれば、もはや敦に死を望む理由はなく、また、健吾に抱かれる必要もない。どころか健吾の存在は、敦にとっては邪魔者以外の何物でもなくなるの だ。二人の関係を揺るがす邪魔者に。
いやだ、と心の中で誰かが叫ぶ。――帰ってくるな。敦は俺のものだ。亡者は大人しくジャングルの土に埋もれていろ……
それが、ほかならぬ自分の声だと健吾が気付いたその時、階下で次郎の叫ぶ声がした。
「嘘だッッ!」
それは、かつて次郎の口から聞いたことのない獣じみた咆哮だった。次いで、とりなすような別の男の声が聞こえたが、それすらも掻き消すように、なおも次郎は「嘘だ」を繰り返す。
「嘘だ嘘だ嘘ッッ! そんなの……そんなの絶対に信じない! だって……」
瞬間、普段は決して慌てることをしない敦が、弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出してゆく。その、転がるような足取りに嫌な予感をおぼえた健吾は、手元の櫃を小脇に置くと、口元を拭いながら敦の背中を追った。
相変わらず階下では、次郎が狂ったように「嘘だ!」を続けている。
一体何が……何が起こっている?
階段を駆け下り、玄関に降り立った健吾は、三和土に立つ男とその持ち物にようやく全てを理解した。
ぼろぼろの復員服姿の男に、白木の箱。
今の日本で、この取り合わせを見て何の意味も見出さないことのほうがむしろ難しい。
その男は、今は、上がり框で呆然と立ち尽くす敦と、床に蹲ったまま泣き崩れる次郎を交互に眺めていたが、やがて健吾と目が合うと、豆粒のような目にふっと安堵の色を浮かべた。ようやく話の分かる相手が現れたとほっとしたらしい。
「あんたは?」
そう健吾が尋ねると、男はいかにも軍隊仕込みの切り口上で所属部隊と階級、官姓名を名乗った。そして、
「本日は、新藤創一郎大尉のお骨を持参すべく、こちらに伺わせていただきました」
と、言った。
「申し訳ありません。一応、事前にお手紙と電報を差し上げたのですが、どうやら届いていなかったようで、遺族の皆様には余計に辛い思いをさせてしまいました」
「手紙……?」
横目で敦を窺う。視線に気づいた敦が、逃げるように目を逸らしたのが答えだった。
「あ、いや、こういう世情だからな。手紙が届かなかったとしても、別にあんたが悪いわけじゃない……」
とりあえず男の労をねぎらうと、健吾は泣き崩れる次郎を立たせ、その手に兄の骨を受け取らせた。酷だとは思ったものの、次郎に現実を受け入れさせるにはこうするしかないと、そう、健吾は思ったのだ。
役目を終えると、男は早々に暇を告げた。よほどの物好きでない限り、他所さまの愁嘆場になど好んで立ち合いたいとは思わないものだ。
「……死んだ、んですか」
手元の桐箱をぼんやりと見下ろしながら、ぽつり次郎が呟いた。
「死んだのですか。兄は……どうして……だって兄は、絶対に帰ってくるって、だから……」
大粒の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れては頬を伝い落ちる。箱で両手がふさがり、涙を拭くことさえできずにいるのが余計に痛ましかった。
そんな次郎の震える肩を、ぽんと軽く叩く。
「ああ。お前の兄さんは、立派に御国のために戦って、そして英霊となられた」
「……はひ」
ずびっと次郎は洟をすすると、それきり黙って使用人部屋の方へと歩き出した。今にも崩れ落ちそうなその背中に、健吾も黙って付き従う。
さりげなく肩越しに振り返ると、相変わらず敦はぼんやりと外を眺めていた。
そういえば、あれから何日が過ぎただろう。
マラリアの発作が出ると、最低でも三日は頭痛と高熱にうなされることになる。これほど気分のいい目覚めは、だから、少なくとも三日は求めようがないはずだ。
そっと額に手を当てる。しっとりと濡れた布地が指先に触れ、剥がしてみると、それは木綿の手拭いだった。今度はもう一方の手で額に触れる。あれほど高かった熱が、いつの間にか嘘のように引いている。
ふと、腰のあたりに重みを感じて身を起こす。
意外な人物が、健吾の布団に覆いかぶさるようにして眠っていた。
「……敦?」
そっと呼びかける。が、相変わらず敦は薄い瞼を閉じたまま、そよ風のような寝息を立てている。時々、長い睫が小刻みに震えるのは、あるいは夢でも見ているのかもしれない。
見ると、その手はかすかに荒れていて、彼のような身分には珍しく水仕事に精を出したことを暗に告げている。その水仕事というのが、敦の額の手拭いを取り換えるためのものだったとすれば、随分と熱心に看病してくれたものだ。
だが――と、健吾は怪訝に思う。
なぜだ。敦にとって、自分は彼を〝殺す〟ための道具にすぎなかったのだろうに……
「……ん……」
林檎色の唇が、くぐもった声を漏らす。どこか悩ましげで、それでいて扇情的な声に、ふと健吾は、自身の欲望が頭をもたげるのを感じた。
布団から抜け出し、俯せになった敦の躰をそっと仰向ける。さらにその躰にのしかかると、健吾は、無防備にも半開きになった敦の唇にそっと己の唇を寄せた。
……が、奪えない。
以前は我が物顔で奪えたはずの敦の唇が、今は、硬質な結晶で覆われでもしているかのように触れることができなかった。この、最上に清らかなものを、愛らしく美しいものを、どうして、あれほど乱暴に穢すことができたのか今となっては思い出すこともできない。
知ってしまったから? この男が別の男を愛していると?
いや。今のところ、それは所詮健吾の想像にすぎなくて、だから決定的な理由かといえばそうではない。では一体、なぜ……?
改めて健吾は、目の前の敦を見つめた。
人形のように端正な顔だが、よく見れば、人形のようなという形容は決してふさわしくないことが分かる。頬に息づく生気や、震える睫毛、こめかみに伝う小さな汗の雫……敦の魅力は、それら一つ一つの確かな生命感によって支えられている。いくら本人が死を望んでいようとも、その事実だけは、決して、覆すことはできないのだ。
「敦……」
指先で頬を撫で、その、意外にもしっとりとした肌の質感を心に刻み込む。
生きている。
敦も、それに、この俺も……
「あれ?」
不意に人の声がして振り返る。いつの間に開いたのだろう、開け放たれた襖の向こうに、廊下に行儀よく膝をついたままこちらを見つめる次郎の姿があった。
「目が覚めたんですか、健吾さん……って、何をなさっているんですか!」
次郎の鋭い叱責に、我に返った健吾は慌てて敦の躰から飛び退いた。――まさか、敦との行為がバレた……?
「いくら旦那さまがお嫌いだからって、いたずらはよくありませんよいたずらは!」
「は? いたずら?」
「はいっ! 今、旦那さまのお顔に落書きをなさろうとしたでしょう! まったく、いい歳して額に貼り紙をなさったり、そうかと思えば今度はお顔に落書きだなんて、とても大の大人がなさることとは思えません!」
言いながら次郎は、不機嫌そうにぷくぅと頬を膨らませる。
そんな次郎に、なぜか急に可笑しくなった健吾は思わず吹き出し、やがて、それだけでは堪えきれずにとうとう腹を抱えて笑いだした。
「な、何がおかしいんですかっ!」
「だ、だってよ……まぁいいや。てめぇがそれで良いならそういう事にしといてくれよ」
健吾は涙で滲んだ目尻を指先で軽く拭った。そういえば、こんなに屈託なく笑ったのは久しぶりかもしれない。と――
「……ん……っ」
今の騒ぎで目を覚ましたのだろう、敦の睫毛が小刻みに震える。やがて、絹の瞼がうっすらと開いて、長い睫毛の奥から、黒水晶にも似た大粒の瞳がそっと覗いた。
「えっ?」
途端、驚いたように敦が身を起こす。いつの間にか目を覚まし、どころか平気な顔で起き上がっている健吾の姿に驚いたのだろう。が、そもそもマラリアという病気はそういうもので、発作自体はひどいが、治るときは急に治ってしまうものなのだ。――もっとも、医者でもない敦が知らないのも無理はないが。
「田沢さん?」
その声に、我に返った健吾は慌てて敦から目を逸らす。
なぜかは分からない。が今は、どうしても敦と目を合わせるのは躊躇われた。
「治ったのか」
「あ、ああ……おかげさまでな」
そう吐き捨てる健吾の目に、ふと、枕許に置かれた茶色の薬瓶が映る。どうやらキニーネの瓶らしい。屋敷に常備されていなかったのであれば、この物資難の中、わざわざ健吾のために調達してくれたのだろう。
こんな〝道具〟ごときのために……
「よかった」
「あ?」
振り返った健吾は、そこに意外すぎるものを見て驚いた。
微笑んでいた。敦が。あの形の良い唇を緩ませて。
それは、いつぞや見た寂しさや哀しさを伴う微笑みとはまるで印象が違っていた。心の底から滲み出る安堵をそのまま形にしたような、今のそれは、そういう微笑みだった。
が、その笑みは、次郎の一言であっけなく掻き消えてしまう。
「旦那さまったら、それはもう大変な心配のなさりようだったんですよ。このまま死んでしまったらどうしよう、どうしようって、文字通り食事も喉を通らないご様子で」
「次郎」
敦の鋭い一瞥がじろりと次郎を舐める。次郎はしまったという顔で真顔を繕うと、今度は八つ当たりめいた膨れ顔で健吾に向き直った。健吾としてはいい面の皮だ。
「……そういうわけです。健吾さんも健吾さんです。そのような持病をお持ちなら、前もって仰って頂かなくては困ります。おかげで、薬の調達でどれだけ困ったことか」
さすがにその一言には反論の言葉がなかった。
「う、うるせぇよ。……俺だって、まさか内地でも発症するだなんて思ってもいなかったんだからよ……」
フィリピンの捕虜収容所で初めて発病して以来、何度か発作を起こしたが、復員してからはすっかり発作も収まっていた。そのせいか、てっきり完治したものと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
その時、まるで図ったように健吾の腹が鳴った。
そういえば、ひどく腹が減っている。……が、考えてみれば無理もない。発症して以来、当たり前だが一度も食事を取っていないのだから。
「そういえば、朝に炊いたご飯が残っていたね?」
振り返る敦に、次郎が心得顔で頷く。
「はい、すぐにお運びします。ええと、お粥にした方が良いですかね?」
「どっちでもいい、とにかくさっさと食わせろっ」
唸る健吾に、次郎は呆れたように首をすくめると、素早く立ち上がって部屋を飛び出していった。
その遠ざかる足音を耳で追っていた敦が、ふと、思い出したように振り返る。
「どんな夢を見ていたんだ」
「は? 夢?」
問い返すと、敦は小さく頷いた。
「随分とうなされていたから……ひょっとして、戦場の夢でも見ていたのかと」
「……」
健吾は答えなかった。答えられなかった。あれは、健吾の拙い語彙で説明できるものでは決してない。ジャングルの中に見捨てられ、置き去りにされた挙句、たった独りで死を待ちつづける人間の気持ちは。
恐怖とも、まして怒りとも違う、強いて言うなら諦め。だが、その諦めの中にも、どうしようもなく生に縋ろうとする情動もあって、二つの感情に心が引き裂かれそうになる。
ひどく喉が渇いて、だが、目の前の水を飲めば赤痢になることが分かっているから手を伸ばせない。水筒の水はとうの昔に空だ。このまま、餓え、渇いたままで自分は死んでしまうのか――一方で、これでいいのだという投げやりな達成感も同時に覚える。
要するに、あらゆる相反する感情が同時に混在して、それを一言で表すのは不可能なのだった。
ひょっとするとあれは、死の直前に人間が見るという走馬灯の一種だったのかもしれない。健吾の場合、それが過去の思い出ではなく感情だったというだけで。事実、あの直後に追撃してきた米軍の部隊に収容されていなければ、今頃、健吾はこうして生きてもいなかったのだ。
「てめぇには関係ねぇだろ」
「なぜ」
「なぜ、って……つぅか何なんだよてめぇは! んなこと訊いて何が知りたいんだよ、えぇ!?」
「……」
今度は敦が口を噤む番だった。伏せられた睫毛の奥で、黒い瞳がせわしなく泳ぐ。まるで、畳の上に答えが落ちてでもいるかのように。
健吾の脳裏を、嫌な想像がよぎったのはこの時だった。
「……ひょっとして、俺の戦況を聞けば、あるいは創一郎の消息を掴めるとでも思ってンじゃねぇだろうな?」
その言葉に――正確には創一郎という名前に――弾かれたように敦が顔を上げる。血の気を失って強張った顔は、健吾の冗談が図らずも的を射ていたことを暗に告げていた。
少なくとも、健吾の目にはそう映った。
「な、なぜ、創一郎のことを……あ、いや、次郎が話したのか……だからといって、なぜ、ここで創一郎の話が……」
狼狽える敦に、いよいよ健吾の苛立ちは募る。
やはりそうだ。敦は今も、創一郎を……創一郎だけを。
「へっ。てめぇの顔に書いてあったモンをそのまんま読み上げただけだよ」
「そ、それは誤解だ! 僕は……私はただ、あなたのことが心配で、」
「は? お大尽の子爵サマが、こんな破落戸の強姦魔を心配ぃ? いくら世情が乱れてるっってもよ、何もそこまでヤキが回るこたぁねぇだろ?」
ぐっ、と敦は下唇を噛みしめると、蒼褪めたままふいと顔を逸らした。
そんな表情さえ美しいと感じてしまう自分が、健吾はどうしようもなく憎らしかった。
この男の全ては、その心も躰も含めて創一郎のものなのだ。その事実は、仮に創一郎の戦死が確定したとしても決して変わることはないだろう。
そして自分は、どこまでも破落戸の強姦魔でしかないのだ……
遠くから近づく足音に我に返る。やがて部屋の襖が開いて、廊下に行儀よく正座する次郎が現れた。その脇には、ご飯用の櫃と伏せた茶碗を乗せた盆が。
「あれ?」
部屋に残る沈黙の残滓を鋭く嗅ぎ取ったのだろう、次郎が困ったように首をすくめる。
「ひょっとして……お取込み中でしたか?」
「い、いや……それより、さっさと飯を食わせろ」
はいはい、となだめるように次郎は頷くと、櫃を抱え、膝立ちのまま部屋に進み入ってきた。その手がさっそく飯を茶碗に盛ろうとするのを、健吾は横から櫃を奪い、手づかみで飯を口に運びはじめる。
お世辞にも紳士のそれとは呼べない下品なふるまいに、さすがの次郎も眉をひそめる。が、そんなことは今の健吾にはどうでもよかった。
とにかく今は、思いっきり下品にふるまいたかった。彼らに――否、敦に、自分は創一郎ではないことを思い知らせるために。
と、その時だ。
庭の方で玉砂利を踏む音がして、健吾は櫃を手にしたまま窓の方を振り向いた。
「どうしたんです?」
そう尋ねる次郎も、足音に気付いたらしく健吾と一緒に聞き耳を立てる。その間も、足音は屋敷の方に近づいてくる。
いつも屋敷にやってくる郵便配達の青年かとも思ったがどうも違う。彼の足音は鹿のように軽やかだが、今、庭先から聞こえるそれは重く、何よりひどく草臥れている。
こんな足音を、健吾はかつて厭というほど耳にしたことがある。
あるいは捕虜の収容所で。あるいは復員船の中で。軍籍とともに兵士としての誇りも戦意も剥ぎ取られ、一歩一歩を引きずるようなこの足音は紛れもない敗残兵のそれだ。何より、健吾自身がかつてそうだったからこそ良くわかる。
が、だとしても、そんな人間がこの屋敷に一体何の用だ……
まさか。創一郎が。
「……あ」
気付いた時には、すでに次郎の姿は部屋から消えていた。どうやら来客を迎えるべく玄関に飛び出していったものらしい。
そんな次郎の足音を、健吾は耳だけで密かに追った。
もし、本当に創一郎なら――次郎は喜ぶだろう。子犬のように玄関を飛び跳ねて、疲れ果てた兄を出迎えるに違いない。そして、ひとしきり再会を喜びあった後は、この部屋に連れてきて敦に帰還の報告をするだろう。
敦は――健吾は横目で敦の顔を窺った――やはり喜ぶだろうか。いや喜ぶに違いない。何せ相手は、首を縊ってまで追いかけようとした想い人なのだから。
この頃、健吾の中では、敦の創一郎に対する特別な感情はすでに既定の事実と化していた。創一郎を想うからこそ死を願い、疑似的にしろ死を得るために健吾に抱かれていたのだと、そう解釈していた。
その創一郎が生きているとなれば、もはや敦に死を望む理由はなく、また、健吾に抱かれる必要もない。どころか健吾の存在は、敦にとっては邪魔者以外の何物でもなくなるの だ。二人の関係を揺るがす邪魔者に。
いやだ、と心の中で誰かが叫ぶ。――帰ってくるな。敦は俺のものだ。亡者は大人しくジャングルの土に埋もれていろ……
それが、ほかならぬ自分の声だと健吾が気付いたその時、階下で次郎の叫ぶ声がした。
「嘘だッッ!」
それは、かつて次郎の口から聞いたことのない獣じみた咆哮だった。次いで、とりなすような別の男の声が聞こえたが、それすらも掻き消すように、なおも次郎は「嘘だ」を繰り返す。
「嘘だ嘘だ嘘ッッ! そんなの……そんなの絶対に信じない! だって……」
瞬間、普段は決して慌てることをしない敦が、弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出してゆく。その、転がるような足取りに嫌な予感をおぼえた健吾は、手元の櫃を小脇に置くと、口元を拭いながら敦の背中を追った。
相変わらず階下では、次郎が狂ったように「嘘だ!」を続けている。
一体何が……何が起こっている?
階段を駆け下り、玄関に降り立った健吾は、三和土に立つ男とその持ち物にようやく全てを理解した。
ぼろぼろの復員服姿の男に、白木の箱。
今の日本で、この取り合わせを見て何の意味も見出さないことのほうがむしろ難しい。
その男は、今は、上がり框で呆然と立ち尽くす敦と、床に蹲ったまま泣き崩れる次郎を交互に眺めていたが、やがて健吾と目が合うと、豆粒のような目にふっと安堵の色を浮かべた。ようやく話の分かる相手が現れたとほっとしたらしい。
「あんたは?」
そう健吾が尋ねると、男はいかにも軍隊仕込みの切り口上で所属部隊と階級、官姓名を名乗った。そして、
「本日は、新藤創一郎大尉のお骨を持参すべく、こちらに伺わせていただきました」
と、言った。
「申し訳ありません。一応、事前にお手紙と電報を差し上げたのですが、どうやら届いていなかったようで、遺族の皆様には余計に辛い思いをさせてしまいました」
「手紙……?」
横目で敦を窺う。視線に気づいた敦が、逃げるように目を逸らしたのが答えだった。
「あ、いや、こういう世情だからな。手紙が届かなかったとしても、別にあんたが悪いわけじゃない……」
とりあえず男の労をねぎらうと、健吾は泣き崩れる次郎を立たせ、その手に兄の骨を受け取らせた。酷だとは思ったものの、次郎に現実を受け入れさせるにはこうするしかないと、そう、健吾は思ったのだ。
役目を終えると、男は早々に暇を告げた。よほどの物好きでない限り、他所さまの愁嘆場になど好んで立ち合いたいとは思わないものだ。
「……死んだ、んですか」
手元の桐箱をぼんやりと見下ろしながら、ぽつり次郎が呟いた。
「死んだのですか。兄は……どうして……だって兄は、絶対に帰ってくるって、だから……」
大粒の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れては頬を伝い落ちる。箱で両手がふさがり、涙を拭くことさえできずにいるのが余計に痛ましかった。
そんな次郎の震える肩を、ぽんと軽く叩く。
「ああ。お前の兄さんは、立派に御国のために戦って、そして英霊となられた」
「……はひ」
ずびっと次郎は洟をすすると、それきり黙って使用人部屋の方へと歩き出した。今にも崩れ落ちそうなその背中に、健吾も黙って付き従う。
さりげなく肩越しに振り返ると、相変わらず敦はぼんやりと外を眺めていた。
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