誰にでも悩みはある。神様も、化物も、人間も。

中村雨歩

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第6話 カウンセラー根駒茜とクライアント尾又小夜

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 アルバイト初日。気合を入れて出勤するつもりだったが、昨日の場所には、昨日の建物が見当たらない。地図を見ながら、その辺りをグルグルと回ってみたが、無い。

 三十分は探しただろうか、呆然としていると、

「兼人、何してるの?」
 茜ちゃんがひょっこりと現れて声をかけてくれた。

「あ、あの、事務所がなくて」

「こっちだよ。自分の居場所はもっと必死にならないと見つからないよ。先生は何でこんな気持ちが弱いものを仲間に入れたのだろう?」
 なんのことを言っているのか、さっぱり分からなかったが、黙って付いて行った。

「では、今日からよろしくお願いします。」
 水亀先生は遅刻した僕を責めることなく、何事も無かったように、仕事を始めた。全ては想定内といった感じである。

「今日から、一人前のカウンセラーになるべく、トレーニングを開始しますね。私や茜ちゃんのカウンセリングを見て学んで下さい。疑問があったら遠慮なく質問して下さい。それ以外には、、、自主的に本を読んで学んで下さい。」

「はい。分かりました。」
 ただのアルバイトではなく、僕がカウンセラーになることを前提にトレーニングを考えてくれているのが嬉しかった。幾つになっても期待してもらえるのは嬉しいことだ。

「今日は茜ちゃんのカウンセリングを見て学んで下さい。事前にクライアントさんには研修生が同席することを許可してもらっています。もちろん、守秘義務を徹底して守ることを約束した上で、です」

「分かりました。守秘義務絶対に守ります」

「守れなかったらなぶり殺しにするよ」
 茜ちゃんが、顔に似合わず恐ろしいことを言っている。

「では、茜ちゃん、兼人くんのトレーニングよろしくお願いしますね。私は今日は一日外出ですので、兼人くんも頑張って下さい」

 そう言って、先生は部屋を出て行った。少し部屋の空気が変わった感じがした。

「先生はどちらに行かれたのですかね?」

「アルバイトだよ」

「アルバイト?」

「このカウンセリングルームがあるのに、ですか?」

「アルバイトに出ている日の方が圧倒的に多いよ。特別なクライアントじゃないとここではカウンセリングしないからね」

「え、どこでアルバイトしているのか知っているのですか?」
 まさか、コンビニとかではないだろう・・・?

「神社だよ」

「あ、神様ですもんね。神様が本業でカウンセラーが副業ってことですかね・・・?」
 水亀先生が神様だということに多少の疑問を持ちながらも、それを受け入れている自分に少なからず驚きを感じる。

「無駄話しは終わりにして、そろそろ、クライアントが来る時間です。兼人くん準備をお願いします」
 今日の茜ちゃんは、グレーのパンツに白のシャツ、そして、真っ白い白衣を着ている。カウンセラーというよりお医者さんのような出立ちだが、きっと茜ちゃんのイメージのカウンセラーの先生なのだろう。そして、憧れの水亀先生の口調を真似するように、僕を、突然、くん付けで呼び、丁寧な言葉で話してくる。子供が背伸びしているようで可愛く見える。
 素直に返事をして、クライアントを迎えに隣りの広い部屋に行くと、昨日のように、数十の人がガヤガヤと話しをしている。おそらく、この人の形をしている者たちも人ではないのだろう。まるで盛況な病院の待合室のようだが、今日の予約は茜ちゃんのクライアントだけだ。

「尾又小夜さんいらっしゃいますか?」

 予約のクライアントさんの名前を呼ぶ。名前から察するに、茜ちゃんと同じ猫又だろうか?

「はい」
 
 返事と共に一人の女性が立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いて来る。長い黒髪に白のワンピース。おおた慶文の美少女の画集から抜け出て来たような美女だった。

「こちらでよろしいのですか?」

「は、はい。どうぞお入り下さい」

 この世の者とは思えない美しさについ見惚れてしまっていた。この世の者とは思えない美しさに一瞬たじろいだが、この世の者ではないのでしょうね。と改めて、自分がいる場所の特殊性を再認識した。

 尾又さんが部屋に入ると、椅子から立って待っていた茜ちゃんが、早速、話しかけた。

「尾又さん、本日はお越し頂き、ありがとうございます。カウンセラーの根駒です。よろしくお願いします。どうぞおかけ下さい」

「尾又です。よろしくお願いします。」彼女は挨拶をして、ゆっくりと腰掛けた。

「事前にご相談させて頂いた通り、研修生を同席させて頂きたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「はい。大丈夫です」

「ありがとうございます。では、我々には守秘義務がありますので、こちらでお話し頂いた内容は外部に漏れることは絶対にありませんので、気持ちを楽にして、どんなことでも遠慮なくお話し下さい」

 僕の知っている茜ちゃんと同一人物とは思えないほど立派なカウンセラーぶりである。猫の妖怪だと思って、どこか軽く見ていた自分を恥じた。

 小夜さんはしばらく沈黙してから、節目がちに、こちらを見て、おずおずと口を開いた。

「何からお話しすればよいのか、分からなくて・・・。」

「どんなお話からでも大丈夫ですよ。ゆっくりお話し下さい」

 困ったように潤んだ青みがかった瞳がさらに彼女を神秘的に美しく見せた。静寂の中で僕の心臓の鼓動は早くなり、不謹慎にも彼女に心奪われている自分がいた。そんな不謹慎な僕に気が付いたのか、茜ちゃんからすごい目で睨まれた。

 時間にしたら、十秒くらいだったかもしれないが、長い沈黙を破るように茜ちゃんが声をかけた。

「私も尾又さんと同じ猫又ですよ」

「え・・・」小夜さんが驚いたように顔を上げた。

「水亀から聞いていませんか?このカウンセリングルームは人のためだけのものではありません。人以外のものも多く訪れるちょっと特別な場所なのですよ」

「そうなのですか・・・。」

「はい。だから、人間に話しをしても分からないだろうという気持ちは捨てて、遠慮なくお話し下さい。あなたの気持ちが分かるとは言いませんが、猫又ではありますので、純粋な人間よりはお話が聴けると思います」

 茜ちゃんの言葉に、小夜さんは驚いたのか、安心したのか泣きそうな顔で微笑んだ。その表情がまたとても可愛く思えた。そして、僕はまた茜ちゃんから睨まれた。

「はい。では、お話しします」意を決したように明るい声で話しを始めた。

「私は、先ほど言われた様に長く猫として生きてきました。裕福な環境で過ごしていた時期もありましたし、野良猫として生きていた時期もありました。とにかく、長い時間をなぜか死なずに生きて来ました。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』にも描かれていたり、三百年は生きていると思います。」

「三百・・」

「続けて下さい」

 三百年!と驚きの声を出しそうになる僕の声を遮るように茜ちゃんが声を発した。クライアントの語りを遮るようなことを言いそうになった僕は情けない限りだ。

「もう・・・。」

「もう?」数秒の沈黙の後に、茜ちゃんが、小夜さんの言葉を伝え返した。

「もう、いえ、私は生きていていいのでしょうか・・・?」

 絞り出すような声に、あたりまえじゃないですか!とすぐに言い返したくなるが、カウンセリングの聴き方ではそれは許されない。茜ちゃんは何も応えずにじっとクライアントを見つめている。横にいても緊張が伝わって来る。同じく妖怪になる程の長い年月を生きた経験がある茜ちゃんだからこそ、小夜さんの気持ちが分かり、言ってあげたい言葉があるのだろう。しかし、ここで慰めのような言葉をかけても深い共感に届かず、信頼を得るところまで辿り着けないと判断したのだろうか。沈黙が痛い。

 小夜さんは、何かを思い出すように目線を上に向け、悲しげな表情で茜ちゃんを見つめた。

「大事な人が・・・大事にしてくれた人が・・・たくさん先に逝ってしまいますよね」

 茜ちゃんは、無言で話しの続きを促すようにうなづき小夜さんをじっと見つめている。

「他の猫たちよりも長く生きられることは幸せなことだと思っていました。でも、今は苦しさだけを感じます。もっと長く生きていてもいい命すらも儚く消えてしまうこともあるのに、なぜ、自分はまだ生きているのだろう?と考えてしまうのです」

 我慢していた感情を言葉と共に吐き出してたいるように見えた。

「人も猫も、すべてのものには定められた寿命があります」

 こんなに正直に感情を吐露したのだから、受容してあげないとダメじゃないのだろうか?横にいて茜ちゃんの応答に疑問を感じた。

「強いのですね」

 小夜さんは少し睨むように茜ちゃんを見た。普通なら、同じ猫又なのだから、お気持ち察します。とか言うのかと僕も思っていたので、茜ちゃんの返答は冷たく感じた。小夜さんも想定していた返答ではなく、恨めしい気持ちがあるのではないだろうか?

「強いと思われるのですね」

「強いから、動じることが無いのでしょう?」

 物静かで儚げな印象だった小夜さんは怒気まで感じさせる目つきに変わった。

「いいえ、弱いから考え続けたのです。なぜ、私たち猫又は長生きをし、人の言葉を理解し話せるようになったのか」

「なんですか、それは?」

 茜ちゃんの言っていることが分からずに怪訝な顔をする。僕も何を言っているのか分からないし、ここまでクライアントの感情を煽って受容しないのはカウンセリングと言えるのか?少なくとも、僕がなけなしの貯金を叩いて講座に行って勉強した「傾聴」を根底としたカウンセリングとは全く異なるアプローチだ。

「命は自らの意思では、長さや重さ、ましてや価値など決めることなどできないと思うのです。私も多くの兄弟や仲間、人、猫の区別無く、大事な家族や友人を失ってきました。また失うならずっと独りぼっちの方がいいと思って、出会いそのものを避けていた時もありました。そして、自ら命を断つことを考えたこともありました。尾又さんの気持ちが分かりますなんて、おこがましいことを言う気はありません。私も友達も家族もいない命が続くことに疲れてしまって、この世に楽しいことも嬉しいことも、美しいものも美味しいものも何も無いと感じていました。何か音がするなとか、何かが動いているなとかは分かるのですが、それ以上何も考えることができなくなりました」

 訥々と話しをする茜ちゃんは、僕が知っている茜ちゃんと同一人物とは思えなかった。そんな暗い道を歩いて来たとは思ってもみなかった。また同時に、ここで自身の告白をするのは全くカウンセリング的ではないと思った。

「考え続けたんじゃないの?今の話しでは、何も考えることができなくなっているじゃないの?」

 小夜さんは苛立って、大きな声を出した。カウンセリングで話しを聞いてもらえると思って来たのに、カウンセラーの話しを聞かされるなんて、小夜さんの苛立ちももっともだと思う。

「私の様に失う辛さに耐えきれずにいたものたちが寄り添える場があったのです。そのものたちと出会い、そこで私は変わりました」

 茜ちゃんの言葉も小夜さんの声に応えるように語尾が強くなった。この二人は、同じ様な経験をして来たためか、決して仲良く話しをしている訳ではないが、共鳴し合っているように感じた。

「そ、そんな場所があったのなら、なぜ今こんな場所にいるのかしら?もしかして・・・お前、私のことを知っているのか?勿体ぶらずに話してみろ!」

 小夜さんは目を見開き恐ろしい形相で茜ちゃんを睨み、どなりつけた。部屋に入って来た時の大人しそうな美女からは想像できない、目が爛々と光っていて、今にも飛びかかって来そうな、まさに妖怪である。殺される...?恐怖で身体が硬直し、ごくりと生唾を飲み込む自分の喉の音が聞こえた。
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