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8.兵士たち
しおりを挟む「そろそろよろしいですか」
突然、第三者の声が割って入った。声のする方をみると、垂れ幕をくぐって、屈強な男が入って来るところだった。兵士なのだろうか、頭には簡易な兜をかぶり、鎖帷子を着ている。
「ああ、時間をとって悪かったな」
クロウは立ち上がり、膝を手で払った。
シェリルははっとして耳をそばだてた。
この部屋の前、かまどのある間にたくさんの人間がいる。
さらに耳をすませば、洞窟の出入り口にも、兵士らしきものの気配がする。
目の前の男に気を取らている間に、入ってきたのだろう。ぜんぜん気が付かなかった。
「できれば君の意思で来てほしかったんだけど、ごめんね。君に選択肢はなかったんだ」
肩をすくめるクロウと、兵士を信じられない思いでシェリルは交互に見た。
「わたしはどこにも行きません」
後ずさりながら言うが、歯の根が合わないほど震えていた。
──どうすればよかったの?どうすればいいの?
目の前の男がどうこうという問題ではなかったのだ。
壁に背中がぶつかり、これ以上後ろに下がれないのに気づき、シェリルは懇願した。
「お願いだから、見逃してください。ここにあるものは全部持って行ってかまいません」
これまでの経験上、兵士につれていかれるのは地獄への入り口だった。
ここにある物はすべてシェリルの物ではないのだが、連れていかれさえしなければもはやどうでもよかった。
かまどの火さえ無事ならば、組織もよしとしてくれるだろう。この洞窟にあるもので価値のあるものは魔晶石くらいしかないだろうが、緑の男が先日食料を届けてくれたばかりなので、それで満足してくれたらいい。
──台帳を奪われるのはまずいかもしれない
ちらりとそんなことが脳裏をよぎった。台帳に書かれているのは、シェリルの知らない言語だったが、宿泊者につながる情報が当然書かれているのだろう。この男たちが組織と敵対している場合、そういった情報が洩れてしまうのはまずいことではないだろうか。しかし、すぐに出せる位置に置いているので、いまさら隠すこともできない。それよりも、今この瞬間の命が大事だった。
──緑の男は……緑の男は……
シェリルは祈るように思った。そもそも、こういう侵入者を排除するのは緑の男の仕事なのだ。本当に、緑の男はどうしたのだろう。やられてしまったのだろうか。あの男が簡単にやられるとはにわかに信じられなかった。無事でいて、近くにいて、とシェリルは願った。そして助けて欲しい。
「怖がらないでよ、シェリル」
クロウは微笑んだ。
「僕の言ったことは全部本当だから。君はどういうわけか忘れているみたいだけど、僕は君に求婚した男だし、心底君のことに惚れている。悪いようにはしないから、そんなに怯えることはないんだよ」
その記憶がないシェリルが、どうしてそんな言葉で安心できるのだと思うのだろう。
相手が、どうやらおかしな男一人ではないと分かった以上シェリルはもう生意気な口はきけなくなってしまった。
兵士の鋭い視線がシェリルを貫く中、クロウはシェリルに歩み寄った。シェリルは慌てて口を開いた。
「わかりました。抵抗はしません。ただ、寝巻なので着替えてはいけませんか?」
シェリルは無駄な抵抗は諦めた。クロウはシェリルの恰好に今更気づいたようにしらじらしく、
「そうだった、寝てるところにお邪魔したみたいだからね。いいよ、着替えて」
と頷いた。着替えるのにも許可がいるのは屈辱的だったが、これからはもっと不愉快なことが続くのだ。せいぜい従順なふりをして脱走の機会をうかがうしかない。
シェリルの生活の場は、かまどの間だったので、そこに戻らないといけなかった。思ったとおり、部屋から出ると、兵士たちが待ち構えていた。シェリルは唇をかんだ。これは家族が受けた絶望であり、修道院の仲間たちが受けた絶望の入り口だった。運命はシェリルを逃がしてはくれなかったのだ。
──まだよ……まだ分からない。最後の最後になるまでは。
シェリルは奥歯をかみしめた。それでも体は震えていたが、平気なふりをしたかった。何よりも、自分自身をだましたかった。
かまどの間にて、着替えることは結局できなかった。兵士たちの見る前で、寝巻を脱ぐ勇気はなかったからだ。クロウに目で訴えても「いいよ。着替えて」と笑うだけで、少なからずショックを受けた。惚れてるだの何だの言っていたわりには、あんまりな態度ではないか。もちろん、着替えたほうがいざというとき……隙をついて逃げるときの成功率があがるのは分かっていた。成功したあとも、寝巻のままで移動はできない。しかし、どうしても羞恥心がまさり、寝巻の上から上着を着るのがせいぜいだった。
「それだけでいいの?」
というクロウに頷く。恨み言を言ってもなんの意味もないのだ。自分が傷ついていることを知られたくもなかった。
──馬鹿だわ……私。いっときの恥を我慢できないなんて……
自分の愚かさに涙がでそうだった。
しかし、男たちの目の前で肌を晒して着替えるくらいなら死んだ方がましだと思ってしまった。死にたいわけではないのに。何をしてでも生きのびたいと思っているはずなのに。
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