逃げた修道女は魔の森で

千代乃

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11.記憶 組織の男

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 シェリルを魔の森の洞窟に連れてきた、組織の男は中肉中背で、人生に疲れたような陰気な顔をして覇気のカケラもなかった。淀んだ目をして、ここでの生活について説明してくれた。物資を届けて生活援助をしてくれる、支援員の存在や、宿場の運営について、そして破ってはいけない命に係わるルールについて。

「君は基本的にこの洞窟から離れることはできないよ。まあ、生活上やむなく離れることはあるだろうけど、うかつに離れると逃亡とみなされて君の支援員に殺されてしまうから。あと、洞窟から離れて一日戻らなかったらそれでも君は死ぬよ。契約違反とみなされて、心臓が止められてしまうから。くれぐれも気を付けるように」
「はい……」
シェリルはとりあえず素直に頷いていた。

 支援員に殺されてしまう……というのは、その後緑の男に会い、【この男は私がルール違反をしたら、容赦なく殺すだろうな】と納得はできた。緑の男はほとんどしゃべらないし、顔も髭もじゃで表情が見えない。異様に体が大きく筋肉質で、素手で鶏の首を折るように、シェリルの首も簡単に折ってしまえそうだった。実際シェリルはかまどの火が見せる情景によって、緑の男が侵入者を、それこそ老若男女問わず殺していく様子を目の当たりにするようになった。まるで、害虫を叩くように機械的に人間を殺していく様子には戦慄しないわけにはいかなかった。
 
 支援員である、緑の男に殺されるというのはまだ理解できるとして、契約違反で心臓が止まる……というのは当初眉唾ではないか思っていた。緑の男に殺されるというのは、とても具体的で想像が容易だったのに、いきなり心臓が止まるといわれても。シェリルがいくら世間知らずでも、そんな魔法的な都合のいいことが簡単にできてたまるか、と突っ込みたくなった。

 突っ込まなかったのは、どのみちシェリルにはここ以外に生きる場所がなかったからだった。寄る辺のない世界で、ここは多分最後の生きることのできる場所だった。どのみち、ここを離れたら生きてはいけない。それに、自分で洞窟に帰れない事態になったら、そのときはもう寿命とあきらめるしかないと思った。自分で自分の世話ができなくなったらそれでおしまい。

 しかし、かまどの見せる情景や、侵入者に対する何かしらの術的効果を目の当たりにして、まんざら眉唾ものではないと考え直すようになった。ここにきて、発熱し生死の境をさまよった後、体に異変があったように、何かしらの心臓をとめる手段がシェリルの体に施されている可能性はあるのかもしれなかった。

 日常はあっという間に崩壊する。
いつも通りの生活を送り、布団に入り、いつも通りの明日を迎えるものと信じていたあの日。夜中に兵士が扉を叩き、翌日には家族が火あぶりになった。

修道院のお使いに初めて出ることになり、前日はそわそわとしてなかなか寝付けなかったあの日。次の日、お使いから帰れなくなるなんて思いもしなかった。

──充分思い知っているはずだったのに、わたしはちっとも学習していなかったんだわ。

ここでの生活も終わりが来る。
いつだって、世界はシェリルの知らないところで動き、それに抗うすべはないのだった。
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