夏と、僕と、君と。

ニャオと

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夏と、僕と、君と。

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「……」


季節は夏。
僕はミンミンと鳴くセミの声を聞きながら、坂道を登っていた。


「……うるさいな」


基本的に夏は嫌いだ。
暑いし、セミがうるさいし、動くのがダルくなってくる。
だが、好きなとこもある。


「…っと、着いたか」


坂道を登りきり、僕はそこに広がる景色を見ていた。


「絶景だな…」


目の前には、視界いっぱいに広がる草原。
入道雲がもくもくと映る水色の空。
ただそれだけ。


でも、僕はこの景色が好きだった。
なぜ?理由なんて僕にすらわからない。
ただ、なんとなく、好きだった。


「とりあえず、シートだな」


僕は手にもっていたシートを広げ、その場に敷いた。ここでお弁当を食べるのが僕の密かな楽しみだったりする。


「まー普通くらいか。ん?」


お弁当のにおいに惹かれたのだろうか?
僕の膝に一匹の青い蝶が止まった。


「夏だな…」


僕はその光景を見て、ふとそんなことを呟くのだった。







「あーしまった、本忘れたな…」


お弁当を食べ終えるといつもは読書をするのだが、どうやら今日は本を忘れてきたらしい。


「まー仕方ないか」


そう呟いて、僕は横になった。


こんな場所、誰も来ないから何か物を盗まれたりはしないだろう。


そうして僕は、深い眠りについた…。







 ―――ちりんちりん―――ちりんちりん……。


なんだ?何かが鳴ってる音がする。
鈴?だろうか。でもなぜ?
もちろんここには鈴のようなものはないはずだ。


そう思いながら、僕はゆっくりと目を開けた。


「あっ…」


目の前の景色を見た僕は、思わずそう呟いた。

目の前にはたくさんの風鈴。
それらが夕日に照らされて、ちりんちりん、と音を出しながら揺れている。


僕は目を奪われた。
真っ赤にそまった美しい空と、光輝く風鈴の景色は、今まで見た夏の景色の中で1番美しかった。


僕が景色ばかりに気をとられていると、


「あれ?」


僕の前に少女がいることに気がついた。
腰のあたりまで伸びた黒髪は、風で美しくなびいている。
顔立ちは幼く、背も少し低め、僕よりも年下に思える。


少女は左手に風鈴を持ったまま、静かに空を見ていた。


「世界には、楽園とよばれる場所がある。苦しみがなく、楽しさに満ちあふれた場所。この風夏郷もその1つ」


少女が突然そんなことを言い出した。
楽園?風夏郷?何の話をしているのだろうか?
僕が色々考えていると、


「ねぇ、この夢から覚めたい?」


「え?」


「ここは、あなたの夢の世界。でもここは、夢であって、夢でない。あなたが望めば、この世界も現実になる。ここに来たあなたは、幸運なのか不運なのか、私にはわからない。でもここに来た以上、あなたはこの選択をしなくてはいけない」


少女は、しばらく間を空けた後、


「もう一度聞く。あなたは、この夢から覚めたい?」


夢であって、夢でない。僕が望めば現実になる。


つまり、僕がこの世界にずっといたいと望めば、夢から覚めずにこの世界にずっといれるということなのだろうか。


馬鹿げた話だ。だが、本当のことなのだろう。
この景色を見て、今の話が嘘や冗談とは思えない。


なら、僕の答えは1つだ。





「僕は、この世界にずっといたい」










僕には、『才能』がなかった。


何においても、人並み以下だった。


だから僕は、誰よりも努力をした。


人よりも何倍、何十倍と努力をした。


でも、その努力は、どれも実りはしなかった。


『お前には才能がない』
 

『才能ないんだからその分努力しろよ』


何度も聞かされた、『才能』の2文字。


僕が喉から手が出るほど欲したもの。


そして、ぼくが手にいれることができなかったもの。


また、あの世界に戻り、『才能』を求め続けるくらいなら、


僕は少しの迷いなく、この夢の世界に残る。


「そう、わかった。じゃあ…」


目の前の少女が僕の額にキスをした。


「えっ…」


その瞬間、僕の意識は消え失せた…。












「おーい、駿!」


「ん?あー拓実か。おはよう」


「おはよう、今日も授業だりーなぁ~」


「まーそうだね」


「はぁー、まじめんどい」


「それよりも、今日日直でしょ?早く学校行った方がいいんじゃない?」


「え?あーやっべ!忘れてた!ありがと、駿!先行ってるわ!」


「うん、気を付けて」


そう言って、拓実はダッシュで学校に向かった。


「さすが、やっぱ足速いな~」














「…ふふっ、やっぱ楽しいな」


思わず笑みが漏れてしまう。


「ダメダメ、こんな姿見られたら変な人だと思われちゃう」


ここでは私は普通の学生だ。
私がずっと憧れ続けた青春が、今ここにある。
それを壊してはいけない。


「今頃、何してるかなー?」


「まーどうでもいいか」


そんな独り言を呟きながら、私は学校へと歩いていく。


そして、また呟く。







 











「君の分まで、幸せに生きるとするよ。駿くん」
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