幸福に生きる為に魔女が欠かさずしていること

ぃて くるみ

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第十一話

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 しゅるりと指輪は元に戻り、ハルの手からついに拓也の手へと帰る。おふぃりすん、光子へ背を向け拓也はすかさずそう呟き、ナイフにして穴があくほど眺め、曇りの無いそれにほっと胸をなでおろし、ふろいぞんと指輪に戻して指にはめた。
 ぎろりとハルを睨むのを忘れない。もう絶対貸さない。その目はそう言っていた。勿論ハルに悪びれる様子はない。拓也もそれが分かっていて睨むだけに留めているのだ。
 指輪をビックベンへと変えた指が、再びアメシストの腕輪へと戻る。光子は少し、それも何か別のものに変えてしまうのではないかと、何となくひやりとした。成程、拓也が感じていたのは、きっとこの気持ちだ。自分のものを他人に好きなように変えられてしまったら、確かに元に戻るとわかっていてもいい気持ちはしない。
 ハルの美しい指は、もう人のものを勝手に変えることはなかった。
「道具は、光子嬢を選んでいる。これをどう使うかは、光子嬢次第だ。拓坊と同じように戦う道具として使うもよし、力を高めるとか護符になるとか、アメシストの効果をなぞらえるもよし……ただのアクセサリーとして使うもよし、それは光子嬢の自由だぜ。自由っつってもアメシストはえっちい魅力を引き出す効果もあるが、そっちはお巡りさん、感心しにゃいにゃあん」
 光子はその言葉に、もう何度目か分からない赤面をした。
「そ、そんなことには使いませんっ」
「いい返事だ!うっし、んじゃま、長々と説明したがアメシストの腕輪は解決だ。大事にしな!あんま太陽の光に当てねーこと、たまあに月にあててやること」
「え、あ、はい……え?いいんですか?持っていても?」
 ハルはゆったりと頷いた。
「それは、マサが光子嬢にやったもんだ。お巡りさんは善良な市民の、だぁいじな形見を奪いやしねえよ」
 言い方は違うものの、それは源次郎も口にしていた。思わず源次郎を見ると彼は優しく微笑むばかりで、光子はハルが手渡してくれた腕輪を大事にきんちゃくにしまい、再びスカートのポケットへとしまった。
 それを見届けると、ハルは組んでいた足を突然揃えた。改まった空気に拓也も背筋を伸ばす。元々ぴんと座っていた光子は、座りなおしたハルの目を真っ直ぐと見た。
 ハルの赤い口紅が塗られた唇が、ふざけているときとは違う声をこぼした。
「だがそれは、危険ではないからだ。例え、どんなに大事な宝物だろうと形見だろうと光子嬢が泣き叫けぼうと、それが爆弾だったら我々は容赦なく回収する。何の事だかわかるかい?」
 淡々としていて、口調が厳かだ。拓也も久しぶりに見る、きちんと国の平和の為に働くハルの姿だ。先程のようなふざけた雰囲気のないハルは、迫力がびりりと伝わってくる。漆黒の容貌が、真っ直ぐと全てを見据える。
 源次郎も笑みを消し、目を閉じて聞いた。光子も少々表情を強張らせつつも、しっかりと受け答えする。
「わかります、人喰い鬼が封じられた手鏡の事ですね」
「その通りだ。光子嬢は今のところ、超自然生活安全課に入らない、という事でよろしいか」
「はい」
 こくんと頷いた光子に、そうか、と静かに相槌を打つ。
「しかし君が超自然生活安全課に関わろうと関わるまいと、どちらにせよ我々は手鏡について調べさせていただく。今は落ち着いているが、嵐の前の静けさかも知らん。市民を守るために、我々は危険な可能性はそうでないと、確認するまで調べなければならない。よろしいな」
「……はい」
 すげえ。素直に了承する光子を横目に見ながら、拓也はハルの説得に感心する。流石は地下活動中心と言えど、一つの警察組織のトップを担う女性だ。その言葉一つ一つには説得力だけでなく、先にも述べた迫力がある。
 そう感心するのは、俺には説得力がちっともねえってことか?、と同時に複雑な気分になる。やはり服装を改めるべきか?いやいや、んんん、思わず腕を組んでしまった拓也に、ハルがすかさずにまりと笑った。
「なんだ?拓坊はいっちょ前に悩んでンのか?聞いたぜ、光子嬢に吹っ飛ばされたんだって?」
 げっと思った時はもうにまにまと足を組み、砕けた調子のハルにあっと言う間に戻ってしまっていた。しかも言っていることはあまり知られたくない、少々間抜けなことだ。
 じろりと同じようにハルが力を抜いた途端、いつもの朗らかな笑みに戻った義父を睨む。
「……父さん、バラしたな」
「報告しただけだよ、拓也くん」
 今はその柔和さが憎い。
「ハルには知られたくなかった……」
「ねえ、黒髪大和撫子に吹っ飛ばされるって、どんな気持ちぃ?目覚めそう?」
「目覚めるってなんだよ!報告しなきゃなんねえから仕方ないとはいえ、てめえに知られて最悪な気分だよ!笑うなコノヤロウ!」
「またそんな暴言……」
 光子が顔をしかめつつ、そこに困惑の表情を混ぜた。いやまあ、あれは私もお恥ずかしいです。そうぼそりと言う。
「とっさとはいえ、あんなふうに皆を使ったのは初めてでしたから……」
「俺もあんなふうに叫ばせるだなんて使い方する人、初めて見たよ」
 溜息混じりに言うと、光子の頬に朱が走り視線を落とす。人喰い鬼の手鏡の件は残っているが、アメシストの腕輪が解決し、少しは心配ごとがほどけたのだろうか?いくらか柔らかくなった雰囲気に、拓也は表情を緩めた。
 ハルがそれを見て口元を手で隠しつつ、にまりと笑う。
「見ろ、ゲン。やっぱりラブコメ」
「だと面白いですね」
「んんん?なんだよ?」
 ハルと源次郎は視線を交えつつ、いいやと首を振った。
 そこへ、静江が入ってきた。手には木の器に入れられたせんべいが数枚入っていて、何故かよろよろしている。その理由はドアの隙間から見えた、いくらか騒がしさを戻した廊下の様子にすぐに分かった。エレベーターからこの会議室へ入ってくるまでに、別所に向かう部屋のこども達にたかられたのだ。先生の言うことを聞いて、早く行きなさい!と言いながら皿を精一杯背伸びをしてこども達から遠ざけ、背中でドアを閉めた。
 ふう!と呼吸を整える為に息をついたときにはっとハルに気付いて、直ぐに器を置き髪を整えぺこりと腰を折った。
「わあ!ごめんなさい!遅れまして、柴田警視、安倍署長、おかえりなさい!」
「静江ちゅあんは、相変わらず可愛らしいな!ただいま!そしてナイスタイミングだ。もーお話はだいたい終わってっから、一息ついたら光子嬢を差し障りのないとこに案内するなり、帰すなりしてちょーだい」
「あ、はい!」
 群がるこども達から守りぬいた数枚のうちの一枚をつまみ、ハルは立ちあがりながらばりりと食べた。口元からこぼれてしまった欠片は、ハルのふくよかな胸に落ち、そのまま転がり落ちることもなく留まる。ぱっぱとそれを何事もなかったかのようにはらい、谷間に落ちた大きな欠片はつまんで食べる。
 一部始終を見ていた静江は、胸が大きい人ってそうなんだ、と妙に感心しつつ複雑な色の溜息をつき、一人自分の胸を見下ろした。
 色気があるのかないのか、あっと言う間にせんべいを一枚たいらげて、ハルはきびきびと指示を出す。
「んじゃま、人喰い鬼の手鏡回収すっか。拓坊送ってくついでに回収しといて」
「へあ?俺が回収しちゃっていいの?」
「もう研修終わって、巡査部長になった記念すべきおつかいなんでしょお、なんも悪くねえよ」
「あ、あの、その事なんですが」
 拓也に厳しい事を言った時とは打って変わっておずおずと、光子は手を上げながら立ちあがり口ごもった。口の端に付いた欠片を舐めて食べつつ、ハルが首を傾げる。
「にゃあに?さっき言った通り、光子嬢が泣いてわめいても、アメシストの腕輪でお色気作戦繰り出しても、こっちは関係なく行動するぜ?」
「おっ、お色気作戦、なんて、しませんっ!それは、わかってます」
 またかっかと光子の頬が赤くなる。この十数分で赤面し過ぎた。色が早く元に戻るよう無意識に両頬に手を当てるその姿に、拓也は同情を禁じ得ない。
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