幸福に生きる為に魔女が欠かさずしていること

ぃて くるみ

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第三十話

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 四階まで難なく駆け上がったのはいいものの、教室の傍でこそりと身をひそめる。飛び込むべき?なんて言って?ちょっと危ないかも知れないから、保護させてくださいって言うのか俺!ぐだぐだと悩んでいる時間もないので、取り合えずこそこそと教室へ近付く。前のドアは開いていて、教室内に自分の姿が見えないよう身を伏せるが、そのせい中がよく見えない。光子は確か、真ん中のほうの席だった筈だ。
 集中して、変化がないかを読む。流れる空気は眠たげで、女性教諭の声は穏やかで少し眠気を誘うかも知れない。
「……二時間目が終わるまで、待っても大丈夫かな」
 そろそろと教室から離れ、再び階段を降りようとしたところ、駆け上がってくる源次郎と目があった。拓也はなんでもなかったと肩を竦め、首から来賓者カードをぶら下げた源次郎もわかっていたのだろう、にっこりと穏やかに微笑む。わかってたからのほほんとしてたのか、拓也は慌てて駈け出した自分に、少し羞恥を覚える。
 源次郎は、そのまま階段を上ってきた。
「もう応援呼んであるけど、来るまでに何かが起こっても不思議じゃないから、少し近くに待機してようか。人間霊の篠田さちさんの扱いから見て、恐らく犯人は目的の為なら人を巻き込むことも、なんとも思ってない」
「だったら屋上に行く階段にすっか。人来ないし、光子ちゃんの教室は階段と近いんだ」
 何だか忍者みてえ、忍ぶように歩く自分達にぼそりと呟くと、似たようなものだよね、と源次郎は肯定した。公然的には動けず裏で暗躍し、こうしてこっそりと守る為に動く姿は、隠密以外の何ものでもないのかもしれない。
 あそこ、と拓也が教室を指差す。源次郎はふうんと頷いたと思ったら、そのままずかずかと教室へ近付いて行って、拓也は心臓が口から出そうになった。さっき忍者がどうの言ったばかりなのに!どうしようもなく立ち止っている拓也をよそに、ひょいと源次郎は教室を覗いた。
「あれ、いない」
 え?冷水を浴びたように、拓也のパニックが収まる。源次郎の横顔も険しいが、中にいた女性教諭に短く挨拶を交わすときには、ぱっと険しさをぬぐい取って笑顔をつくる。
「すいません。鈴木光子さんは、いらっしゃいませんか」
「さっき早退しましたけど……失礼ですが、どなたですか」
 早退した?拓也のこめかみに、じわりと嫌な汗が滲む。
「僕は彼女の保護者代わりの者で、柴田と申します。もう一人の保護者代わりが迎えに行くと言っていたので、入れ違いになったんでしょう。授業中に失礼しました」
 にっこりとした笑みでさらりと嘘を付き会釈して、教室から離れると表情をまた険しいものに戻す。足音も小さく走る源次郎に続き、拓也も階段を駆け下りた。
「拓也くん、教室の中覗かなかったの」
「覗けるか!どう言い訳しろってんだよ!それより早退って、朝は光子ちゃん普通だった」
 源次郎が頷き、二人して階段を駆け降りる。事務室の手続きを手短に済まし、スピードを緩めないまま車に乗り込んだ。シートベルトを締め、エンジンをかける。
「取り合えず家に向かうけど、拓也は光子ちゃんに連絡」
 ハンドルを切る源次郎にびしりと名前を呼ばれ、はっと制服のポケットを探り携帯電話を取り出す。素早くアドレスを検索し、電話しようと選択したとき、携帯電話がぶるると震えた。通話だ。ディスプレイは現在探し求めている光子からで、拓也に再び緊張が走る。
 父さん、光子ちゃんからかかってきた。そう早口で言って通話ボタンを押す拓也を、源次郎はちらと一瞬横目で見てハンドルを握る。
「光子ちゃん?今何処だ!」
 焦燥を抑えることもなく叫ぶ。しかし当の光子からはなんとも帰ってこず、耳を澄ますと微かに声が聞こえた。夏美、この子が見えてるの?夏美とは光子と仲がいい友達だ、彼女と一緒にいるのだろうか。取り合えず声は元気そうで、ほっとする。
 声の遠さからして、携帯電話から少し耳を離しているようだった。早く繋がったことに気付いてくれ、そう祈っているともっと遠くから、ワオ!と誰かが歓喜する声が聞こえ、驚いて携帯電話を落としたのか、ガササと草がこすれる大きな音が響いた。
 夏美の声は知っているし、光子の声は言わずもがなだ。その歓喜の声はどちらとも違っていて、かつ、外国人の発音に思えた。まずい!拓也の心臓がどっと冷える。
 タタン、タタンと、電車が通る音が聞こえた。
「電車、駅だ!まだ駅の近くにいる!」
 それを聞いて、源次郎が進行方向を変える。光子の家へ向かう道から、最寄りの駅へ向かう道へとアクセルを踏む。拓也はポケットに入れていた指輪を全て指にはめ、鞄からじゃらりとウォレットチェーンも取り出して腰に付けた。
「電車はもう走ってる音だったから、線路の近くだ。んで、草があるとこ」
「駅の近くに、野原がいくつかあったっけ」
 駅前を曲がると賑やかな建物はあっという間になりをひそめて、ぽんと野原がある土地に出た。源次郎の読み通り、そこには光子の姿があった。車を路肩に停めて、二人で飛び出し拓也はピアスに指をあてる。
 ビスチェのような服を着た外国人の少女が、美しい剣を一振り持って立っている。夏美は倒れ光子は半身だけを起こし、剣の長さは振れば充分に二人に届く距離にあった。
「おふりぃすん」
 ピアスは光を持ちどろりと形を変えて、街中にはそぐわないスナイパーライフルに姿を変える。道路に膝をつき、がしゃりと構えてスコープを覗く。狭いスコープの中で、少女がすらりと光子達に剣を向けた。まるでケーキでも切るようななんでもない表情で、目的の為なら人の命をとることも厭わない、それが離れた位置でも伝わる。
 光子が倒れる夏美に、とっさに覆いかぶさった。
「お願い!助けて!」
 光子の叫びが拓也に耳に届く。引き金を引くと、タン、と心地よい音を立て飛び出した弾は剣の根元に当たって、突然の衝撃に少女の手から剣は滑り落ち、地面に突き刺さった。まだスコープから目を離さない。こちらを睨みつけてくる少女の肩を、向こうが何かアクションを仕掛けてくる前に撃って吹き飛ばした。
 光子が起き上がり、驚いた顔でこちらを見ている。まるで夢でも見ているかのような表情に、彼女がどれだけ怖かったか伝わった。
「ごめん!遅れた!」
 拓也の横を通り過ぎ、源次郎が光子に駆け寄る。会話の様子から、光子はすり傷だらけだが元気なようだ。ほっと胸をなでおろしながらも、ふろいぞんとスナイパーライフルをピアスに戻し、別のピアスに触れておふりぃすんと呟けば、それはサブマシンガンへと姿を変えた。
 ふっ飛ばしたとはいえ、少女がまだピンピンしていることはわかっていた。野原の向こう側へ吹っ飛んだ体はゆらりと起き上がり、片手には万年筆、片手にはよく見るメモ帳を持っていて、何かを書き込む。
 篠田さちのいたアパートの一室の天井に、べたべたと貼ってあった紙を思い出す。間違いない、あいつだ!
「父さん!下がって!」
 攻撃かと思われたが、びりりと少女が紙を破くとそれは白い壁に変化した。光子達を背にし、威嚇の為に容赦なくサブマシンガンを連射する。元がメモ帳だとは思えないほど、壁はぴくりともせず弾を防いだ。
「光子ちゃん、立てるかい?」
 源次郎が気絶している夏美を抱きあげ、座り込んでいる光子に声をかけた。
「……もう少し時間をいただけましたら、なんとか」
「そっか。深呼吸して、ゆっくりで大丈夫だよ」
 源次郎の声は優しいが、ゆっくりして大丈夫なわけがなかった。少女が張った壁から無数の突起物が浮かび上がり、全てが鋭くとがっている。チリリと勘が、それがこちらに飛んでくると予感させる。草地では光子宅でやったように、結界をはるチョークで線は描けない。光子はまだ、立てそうにない。
 ガシャン、と一度サブマシンガンを足もとに落とし、青い石がはめ込まれた指輪に唇を寄せる。頼む、思いを込めて息を吹きかけ、少女に待ったをかけるように手を伸ばした。
 鋭利な突起はやはり棘となって、物凄いスピードで襲いかかってきた。ふ、と呼吸を止めて気合を入れると、呼応するように石が光り、同じ色の壁を作って防いだ。襲ってきた影と比べ物にならない、重い衝撃がびりびりと連続して伝わってきて、汗がにじむ。
「拓也!」
「父さん!光子ちゃんは俺が守る!その子を連れて、ここを閉めろ!」
 鋭く呼ばれ、拓也はすぐに返した。夏美もぱっと見ると気絶しているだけで、少し術の気配はするが、あてられただけだろう。だが負傷しているのは確かで、意識のある光子より先に介抱すべき存在だ。
 源次郎もそれはわかっている。襲ってきている少女が、そんな我々を待ってくれないことも、これ以上もたもたしていると、目撃者が出てしまうことも。
「……任せた!」
 源次郎声と表情には、選択しなければならない苦悩が見えた。拓也はしっかりと頷く。
「任せろ!」
 源次郎は息子の力強い言葉を受け止めると、足を振り上げ野原と道路との境目を思い切り踏みしめた。瞬間、靴底が光りその光がみるみるうちに野原と道路の境目全てを走って、そこから足をどかせば空へと壁を作り、野原の上を高く、ドームのように覆った。犯人が暴れた際にはる、外からも中からも出れず入れない、特殊な結界だ。一踏みで限られた範囲内にぱっとはってみせた源次郎に、拓也は、さすが!と状況を忘れて感心した。攻撃が止まる。
 少女は篠田さちが言っていた通りの目もくらむような美人で、しかし天使とは程遠い皮肉じみた笑みを浮かべていた。憎々しげに、薄くはった結界へちらと視線を向け、ジャンパーの内側からナイフ取り出し、壁に投げる。壁はナイフがあたった箇所にぶわりと光を広げ、鉄の壁にあるかのように跳ね返って落ちた。
「……スムーズには、いかないわネ。時間稼ぎも無駄だったし」
「そりゃこっちのセリフだ!やっぱりアレ、お前の仕業だったのか。なんで罠の栄養だなんてむごいこと、出来るんだよ!」
「どうでもいいこと、聞くのネ」
 サブマシンガンを拾い上げ、銃口を微笑む少女に向ける。……本気でそう思ってるのか。聞いても少女は笑うばかりだ。その笑顔はあまりにも余裕を含んでいて、拓也は顔をしかめた。
「取り合えず、傷害罪の現行犯で逮捕したいんだけど、署に御同行していただけますか」
「……アナタは本当に、どうでもいいことばかり聞くのネ」
 谷間に挟んでいたメモ帳と万年筆を引き抜いて、挑発するように振って見せた。
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