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面白くないだろう?

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 都築が最後のページから目を離すのを見計らって

「どうだい? 面白くないだろう?」

と、森山は自虐気味に吐き捨てた。

「それが私の才能だ。そして今までの作品は全て雅美のものだ。これが私と雅美の差だ。私に才能など微塵もない。全ては雅美の才能だ。全ては雅美の功績なのだよ」

そう言い終わると森山は再び右手を広げ自身のこめかみを押さえた。


 しばらく原稿用紙をパラパラとめくっていた都築が口を開く。

「なるほど……確かに、面白くないですね」

そう言ってにやりと笑った。

そして


「あなたと義妹とでは、才能に天と地ほどの差がある」


 森山は不思議そうに都築の顔を見た。

都築は面白そうにククッと喉を鳴らすと

「義妹ですよ。森崎雅美は私の妻の妹です」

頭がグラつく。

何を言っている?

そんな……雅美の?

「先生も妻に会ったじゃありませんか。極度の人間不信だから人とは関わりたくない。だから担当を一人決めて、その人だけとのやりとりを希望するとあの時先生は仰いました。ですから担当の私と、初回のみ私の後ろに控えていた妻とで、出版の打ち合わせをしたのですよ。先生が私以外の出版社の人間と会ったのはあの時だけでしたから覚えていらっしゃるでしょう?」

あの時都築の後ろに居た上司は彼の妻。

そして雅美の姉だったのか!

森山は身体の力が抜けていくのを感じた。

そして作業机の上に肘を付き都築を見た。


「それともう一つ」

都築は指を一本立て

「妻の亜弓はね、幼いころから妹の才能が羨ましかったそうで。そう、あなたと同じように。そしてその才能を欲しいと思った。そう、あなたと同じように」

肘でも支えることが出来なくなった身体を机の上に委ねる。

なんだ。

先程より力が入らない。

森山の様子を眺めながら都築は話を続ける。

「亜弓は雅美の部屋から少しずつノートを盗んでいたのだそうです。そして感動し続け、嫉妬し続けた。そう、あなたのように。そして亜弓は考えた。妹の才能を盗み、本体を消してしまえば天才に成り変わることができると」

それは、もしや……

声を発することが出来なくなった森山とは対照的に都築は饒舌になっていく。


「さらうのは簡単でしたよ。そしてその後の行動もとても簡単でした。捕まらずに過ごすのも結構簡単なものですよ。だってね、私は亜弓のためなら何でもできたし、なにより『目撃者』がいなかったようなので」

都築が眼を細め、薄く笑いながら森山の正面に立った。

「でもね、葬儀が終わった後、亜弓が雅美の部屋を探しても、書き溜めていたノートの半分以上が見つからなかったそうです。おかしいですよね。五百冊はあった筈のノートが半分もないなんて。でも、頭の良い亜弓はすぐに気付いたのだそうです。届けられたカバンの中身は空だったな、と。届けに来た妹の友達が居たな、と。」

必死に身体を起こそうとするがどうにも力が入らない。

森山は机から落ちるように転がった。

森山の姿を見下ろすと、肩を揺らし笑いながら都築は話を続けた。


「亜弓から話を聞いた私は、二人で今後のことを相談し、こう決めたのです。ノートを持っている人物は必ず雅美の作品を発表する。私達は出版社に勤務し『天才』の出現、そしてその人物がゆるぎない名声を手に入れるまで待とうと」

(なぜ?)

声にならない声で尋ねる。

「なぜって? 亜弓が先に雅美の作品を発表したら、ノートを持っているもう一人の人間に、自分以外の人間も雅美のノートを持っているということがわかってしまうでしょう? それに、雅美のノートを持っている人間は彼女をさらった私の車を見ているかもしれない。亜弓は、その人物を特定し、監視しておかなければと言うのです」

森山の言葉を待たずに続ける。

「私は言ったのですよ? 雅美の遺体が見付かった時に目撃証言が出なかったということは、目撃者が居ないかもしくは目撃していても言う気がないかのどちらかだよと。しかし私の亜弓は心配性でね。まあそこが可愛いのですが。なんとかノートの持ち主を見つけ出し監視したいと言って聞かないのです」

(私が行動を起こす前から、私をどうするかを計画していたということか)

森山は拳を握りしめた。

しかし握りしめたはずの拳はだらりと弛緩したまま動いた様子はない。

「先生が応募してきた作品を読んで、編集部全体が感動しましたよ。天才が居たと。しかし、亜弓は更に歓喜したそうです。そう、あれは待ちに待った妹の作品だと!」

…………



都築が膝をつき、森山の顔に自身の顔を近付ける。

「しかし、雅美の作品を全て発表するまで、思いのほか時間がかかりましたね」

森山の目が、正面で笑っている都築の顔を捉える。

しかし、起き上がることも指一本自分の意志で動かすことも出来ない。

「先生、コーヒーは美味しかったですか? 今までお疲れ様でした。あとは我々にお任せください。先生の付けた『森山牙』という名前はあまり趣味がよろしくないが、変えるわけにはいかないので引き継いでいきますよ」

…………

「どういうことだ、とでも言いたげですね。雅美の作品を世に出すであろう『天才』が、雅美の才能を出し尽くし空になった後で、その富と名声の全てをそのまま戴き、こちらにある雅美の作品を私達が森山牙として引き続き発表していく。それが、あの時私達が考えたもう一つの計画なのですよ」

 …………

「おや?そんなことができるのかと仰いたいのですか? 御心配には及びません。『森山牙先生』は極度の人見知りで滅多に外出もしなければ人と関わろうともしない人だ。私達夫婦と同郷で、過去を断ち切らんとするかのようにたった一人で上京してきた。」

 …………

「ねえ、先生? あなたが居なくなったとして、一体何人の人が、一体どれだけの時間が流れた後気付くのでしょうね?」

ククッと喉を鳴らし、都築は持っていた原稿用紙を森山の手の親指と人差し指の間に挟んだ。

そして更に顔を近付ける。

すでに瞼一枚動かすことの出来ない森山の耳元でゆっくりと囁いた。



「しかし、本当に面白くないなあ」



それが、森山牙であった男、小嶋の耳に入った最期の言葉であった。
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