上 下
1 / 31
乳幼児編

何がほしい?

しおりを挟む
アクシデントは唐突だった。
重い身体を引きずって、二階への階段を登っていく。
時刻は12:00
どうにも体が重い。きっと働きすぎだから、疲れなんだなとおもって足を上げた時だった。
ズル・・
底の減った革靴が階段で滑った。
「!」
捕まろうと、とにかく何でもいいから。思ってはいただろうけれど、手は空を切った。
落ちる―
後ろへ、身体が回るのを感じながら、俺は気を失った。

ふっ、、、と目が覚めた。
「んぁ・・・?」
白くて、ふわふわした感覚に夢なんだな。と感じた。
夢じゃよくあることさ。不思議にも思わず身体を動かそうとした時だった。
・・・・動かない。
金縛りのように意識があるのに、ピクリとも、動かない。
「それは、身体が死んでいるから」
どこからだろう。声がした。
・・・・なんだって? 死んだ?理解が追い付かない。
「意識は、精神はまだかろうじて認識できている。そんな状態」
また声は言った。
「おつかれさまでした。いきなり死んでしまったのだけれど、後悔はないわよね?」
・・・・そんな訳あるか。階段落ちで死ぬなんて、誰にも看取られず逝くなんて。納得できない、したく無い。
「後悔はある。ラオウじゃねーんだぞ。いっぱいヤリタイこともしたいことも在ったんだ。むしろ後悔だらけだね」
皮肉いっぱいに、告げた。実際には口は開かなかった。けれど、なぜだか自分でしゃべっている。そんな感じが在った。
「フウン。フーン。ソウナンダ。後悔だらけで、やりたいこともいっぱい・・・か。
じゃあさ。もう一回人生やり直せるって言ったら、どう?」
声はそんなことを言ってきた。
「・・・・やり直せる?生き返るって?」
僕は思わず、聞き返していた。
「生き返る。じゃあなくて、生きなおすだけどネ。」
「転生ってやつか」
しばらく考えた。この声に従っていいのか? 死んでるって本当なのか? いろいろ思い浮かぶことはあったけれど・・・・。
「まぁもう一度人生やれるんなら、やらせてもらいたいね」
そう答えていた。
「いい返事だ。それと、何か、ほしいものはあるかな?」
声はそんなことを聴いてきた。
「?」
ほしい物、ほしいモノ・・・・。考えた。
死ぬ前はあんまりパッとしない生き方だった。理解ははやいほうだった。でも・・・
あんまりいい人間関係は築けなかった。なんでだろう・・・。
しばらく黙考して、あることに気が付いた。教えてくれる人がいなかったなぁ。と。
勿論、小学校から中学、高校の先生たちはいた。親たちも無論いた。
でも、彼らは決まったようにこういうのだ。 『いいからやりなさい』と。
元来、素直じゃなかったのもあって、剝れながらではあるけれど、やり始めて、学んで、・・・
大学に行って、就職もした。
大人になると、周りはもっと教えてくれなくなった。頭を下げて頼んでも、無理なひともいたし、教えてはくれたけれど、今一歩、な人もいた。
まぁ、聞き方が悪かったのもあるし、素直じゃないのもあると思うけど、あんまりいい先生達には会えなかった。
「そうだなぁ・・・・」
「師匠がほしい」
口走ったのは、なんとも変な要望だった。
「師匠?」
声はよくわかっていないようだった。そしてこう続けてきた。
「もうちょっと、わかりやすく言ってもらえると助かるのだけどね」
どうやら、考えていることは伝わらなかったようだったので、声に出すようにして(実際には声に出ているかは不明だったが)
わかり易く言ってみた。
「教えてくれる人がほしいんだ。人生を迷わないようにね。甘い考えだとわかってはいるけど」
「・・・なるほどね。」
声はすこし笑ったようなニュアンスを含んでいた。なにかおかしいこと言ったか?
「面白い考えだわ。今まで「力がほしい」「金がほしい」「チート能力がほしい」なんていったのはいたけれど、「師匠がほしい」とは・・・」
チートか・・・しまったな。そういう望みもあったんだ。
でも、まぁいいか。ヒーローや英雄、ましてや化け物なんかになりたくないし。
次は失敗しないように生きたいだけなんだ。本当に。
「いいでしょう。「師匠」に会えるように、道に困らないようにしてあげる。あとは、なにかあるかな?」
「?」
「なんでもいい。面白い答えが聞けたからボーナスってところかな。もう一つなにか望むものはあるかい?」
「女運を良くしてほしい」
場が静まり返った・・・。が、そのあとで
「なんとも、現金だね。だが、素直でいいと思うね。そういう人間臭さも大切なことだよ。ふふふ」
声は面白そうな、なんとも愉快といった風でそう答えたのだ。
しおりを挟む

処理中です...