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蛇の王国編

迷宮へ潜ろう その1 ~初潜入~

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「凍太は元気かしら・・・」
はぁ・・・凍子の口からため息が漏れた。
時間は昼時だというのに、部屋からは出ず、ひがな一日本を読んだり、だらだらしたりと、するばかりでどうにも身が入らない。凍子の頭にあるのは凍太の事ばかり。
別れてから、もう2週間ほどが経過していた。
「蛇の王国なんかに入れるんじゃなかったわ・・・・」
ぶすっとふくれる。あの子ともっと一緒に居たかった。もっと親らしいことをしてあげたかった、と考えるのは連日そんなことばかりだった。

そんなある日、凍子に一通の手紙が届いた。
封筒は大きな蝋で蓋をされ、その上から厳重に魔術で鍵がかけられてある。蝋に刻印されているのは二匹の蛇がお互いに絡みついた印----蛇の王国のモノだった。
封を開けようとナイフを入れようとする。と、封筒が音声で『汝が名を述べよ』と告げる。鍵の魔術で本人以外の名を告げようモノなら開かないしくみになっていた。
「我が名は凍子」
名を封筒に向かって言うと一人でに蝋が剥がれて、中身が開けられる。
解錠に成功したらしいと、凍子は確信しながら、中身を取り出して開いた。
「-----!」
凍太からの手紙だった。
読み進めていくうちに、監視対象になったことや、王国でのことが書いてあり、魔痛症の治療のためにとてもはずかしい思いをしたと書いてあって----あと半年ほどしてから、王国の祭りである『魔術交流会』が開かれることが告知してあり、そこには、凍子、紗枝、おばあさまとあと二人ほどの人数を含めた、合計5人分の招待券が同封されてあった。
(凍太に会える!)
普段では入れない『蛇の王国』での祭りのこともそうだが----凍子にとっては凍太に会えることが一番のニュースだった。


「お母さん、手紙見てくれたかな」
「なんだか楽しそうでござるなぁ」
凍太と皐月、後ろからヴェロニカとカーシャが食堂に向かって歩く。
昼食時の食堂は、少し遅れて入ったせいもあってか----混み合っていた。
「凄い混みようね」
「まぁ毎日のことだしね」
ヴェロニカとカーシャはうめいた。
食堂を見回す。
すでに席はほぼ埋まり、中庭に見える屋外の席も埋まりつつある。今から行っても到底間に合わない。
凍太と皐月は席はないかと、あたりを見回す。
トレイに取ったのは「肉巻き」と野菜類が乗っていた。
「席ないね」
「おっ?奥にまだ4席空いているでござるよ」
皐月が指し示した先に4つほど席が空いている。丸テーブルのなかの空席だった。
「ここ良いですか?」
4人がそこへ向かうと生徒たちは少し驚いた風だったが、素直に席を譲ってくれた。
ヴェロニカ、カーシャ、凍太、皐月が並んで座る。
丸テーブルに付いて、食事をとり始める。各自トレイで運んできた食事を済ませれば終わりの筈だった。
筈が
「何するでごござるか。それは某のお肉でござる」
皐月が何かをわめいた。
そちらを見やる、と他の生徒が皐月の肉を横から掠め攫らっていくところだった。が、皐月も言いながら相手のフォークを横合いから叩いて、肉を救出し、次の瞬間にはかぶり着くことに成功していた。
「やるね。なかなかのモンだ」
隣でもぐもぐと咀嚼する皐月を食べながら褒めていると、今度は凍太の左側からカーシャのフォークが伸びて来るのを察知して、箸でカーシャの手をつついて止める。右側から来た皐月のフォークを空いている手で止める。
「まだまだ。そんなことじゃ雪花国じゃ、おかずは取れないね」
言いながら凍太はトレイを持ち上げてカーシャの第二戟を逃れた。
「カーシャ講師。何をやっているんです?」
ぎろりと睨みを利かせて、一番左端で静かに食事していたヴェロニカがカーシャを黙らせる。
「皐月もおやめなさい」
続いて皐月にも注意が飛んだ。
「面目ござらん・・・」
「そんなに怒らなくたっていいじゃない。ヴェロニカったら。こんなのやられるほうが悪いし、騎士コースじゃ普通のことじゃない」
カーシャが笑って言ってくる。
「少なくともそれは騎士コースだけの話です。凍太様は魔術コースなのですから、変なことは教えないで下さい」
「もう、硬いわねぇ・・・・」
カーシャはまだ納得していない様子だったが----ヴェロニカは取り合わないでいると、
後ろの方から、ガシャーンと言う音が聞こえた。
「ほぉら、始まった」
「おー。今日はブランドン殿とフィリップ殿の争奪戦でござるな」
カーシャと皐月は目を向けながら、さして驚いたこともないように食事を続ける。
凍太たちのやや後方にある受け取りカウンターの所では、二人の生徒が一つの皿をめぐって言い争いを繰り広げているところだった。
「フィリップてめぇ。その皿は俺のだ。その薄ぎたねぇ手をどけやがれ」
「ああん? ブランドン。てめぇがそんなこと言える立場かぁ?」
二人が取り合っているのは残り一つのメインディッシュだった。
ブランドンとフィリップどちらも騎士コースの生徒で「食い意地」ブランドンと「底なし」フィリップと呼ばれる有名人の対決だった。
「とにかく、俺が先に取ったんだ」とブランドンが。
「いいや、俺の方が先だね」とフィリップが主張する。
横では、
「さぁ、どっちだ。どっちに賭ける?」
とオッズまで勝手に開催されている有様だった。

「あたしはブランドンかしら・・・あの子この頃少しできるようになってきたし」
「拙者はフィリップでござるな」
言い争いを食後のお茶請けにしながらカーシャと皐月がオッズを始める。
「凍太クンはどっちだと思う?」
聞かれて----観察してみるが----正直どっちも大差ないように見えたし、どうでもよいので
「わかんない」
と答えておいたのだが、事が起こってしまえば、そうはいかない。
ブランドンとフィリップの間では段々とヒートアップし、メインディッシュの件はそっちのけで二人とも襟首をつかみあって対峙しているところまで行っていた。
(そういえば、あの体制から切り抜ける術を教えられたっけなぁ)
残りのサラダを租借しながらぼんやりと事の成り行きを、見守る凍太の心境は”対岸の火事を見ているよう”で転生前の記憶を引っ張り出事をしていた。
「なんだか、泥仕合でござるな」
そう皐月がつぶやくのと、フィリップが宙に舞ったのは-----同時ぐらいだった。
ガシャーンとテーブルに上から落下するフィリップ。背中を打ったにも関わらずすぐに立ち上がった。
落下したテーブルは粉々に砕けて使い物にはなりそうもなかったが----まぁいつものことと----皆気にしていない。が、凍太だけは違っていた。
「・・・・・く!」
凍太がなにやら短くうめく。ヴェロニカが見やると----肉巻きの中にテーブルの破片が散らばって混入している状態だった。
「僕のごはん・・・・」
凍太のつぶやきにまず最初にきづいたのは皐月だった。
怖気がはしったのか----全身の毛が逆立っている。尻尾は倍ほどに膨れ上がっていた。
次にヴェロニカとカーシャは凍太をなだめようとしていたのだが----遅かった。
ガタリっと椅子を蹴って立ち上がり、ずんずんと二人の方向に近づいていって、まずはフィリップのすねをしたたかに蹴りぬく。
「-------!!」
そして、ひるんだところで、ぴょんと軽く飛び上がったかと思うと----横蹴りを鼻っ柱に見舞って見せた。
そのまま後ろに倒れこむフィリップ。そしてそのまま動かなくなった。
フィリップが打ち倒されたのをみて、ブランドンは気色ばむ。
そのまま、凍太めがけてミドルキックを打ち出す。
ぶんっ と風切り音が聞こえるはやさで出された蹴りはそのまま行けば、凍太の頭を的確にとらえるだろうと誰もが思っていた。
ブランドンに逆らうなんて馬鹿なやつだ。そう思っていたものも少なくない。
だが、結果は
「いだだだっ」
ブランドンが悲鳴を上げていた。
何事が起ったのだろうと、皆思っていた。蹴られて終わったはずなのに。とブランドン本人も仰向けにされて足を極められながら、目を白黒させた。
取り巻きの中でわかったのはカーシャ、ヴェロニカと他数名だけだった。
(側頭部を氷でガードしながら 左手で相手の踵の腱を握ると同時に、内側に少し捻って上から手刀を伸びきった膝の裏へ落としてダメージを与えて、軸足を刈って仰向けに転がした訳ね)
そして今は、相手の股間に凍太の踵が置かれて----
「やめーーー」
ブランドンが声を上げる暇もなく、ごりぃと踏み抜かれる音が聞こえる。
「---------!」
ブランドンはそのまま、悲鳴も上げられずに悶絶する。
もう一撃を股間に見舞おうとして、ポンと肩に手が置かれ、ヴェロニカのものだと判別するのにしばらくかかったが----首を振るヴェロニカを見てようやく凍太は足を下ろした。


蛇の王国は実のところ人工島であることはあまり知られていない。
大魔術師としてウェルデンベルグが住み始めるまでは、島にはうっそうと森が生い茂り、獣や怪物たちの楽園だったと伝わっている。
----そんな、蛇の王国の成り立ちを本で調べながら凍太は、次のページへと進んだ。
(じゃあ、その怪物や獣たちはどこにいったんだろう?)
島は今ではほとんど人が住まないところはなく、段々畑が連なるようにして建物が連なっている。
一番外は大きな障壁と城壁で囲まれて、入り口は桟橋が続く大門を覗いては存在しない。
午後の講義は、王国の図書館に集まっての自習となっていた。
世界の各所には、迷宮ダンジョンと呼ばれる建造物が存在し、中には魔物や怪物、キメラ、アンデットなどが住まうとされる。
本をめくりながら読み進めていく凍太の隣には監視役のヴェロニカがいつものように座って、厚い本を読み進めるのが見えた。凍太がちらりと中身を確認したが、よくわからない単語が多くすぐに読むのをあきらめた。
「あら。凍太じゃない」
ふと、名前が呼ばれ----横を向くとアムリッタ・ベルデスの姿があった。
ローブに身を包んだ姿は、他の生徒と変わらない。他と多少違うのは----外見が少し大人びて見えるところぐらいだった。
実際、彼女---アムリッタはヒト種ではあるものの、何代か前にエルフの血が入っているため外見があまり変わらないという特徴があるのだが、アムリッタは他に話をしていないため知らない。
「アムリッタさんだよね?」
凍太は朧げに覚えていた名前を引っ張りだすことに成功し、アムリッタは苦笑いを浮かべた。
「何読んでんの?」
「迷宮の深部って本だよ」
聞いてくるアムリッタに凍太はタイトルを告げた
「ああ、ルイス・V・ヘイルズの自叙伝じゃない。あたしも昔読んだわよ」
「ルイス?」
聞いたことがない名前に聞き返す。
「ルイス・ヴァン・ヘイルズ。エルダードワーフの冒険家でかなり有名じゃない。知らないの?」
どうだったろうと思案してみたが----やはり当てはまる記憶はない。
「結構、詳しくかいてあるわよね。良く調べたもんだわ」
迷宮には擬態して生息する生体を持つ者がおり、それらは侵入者にやっかいなものだと、本には記されている。特に厄介なものが「蠢く床」「財宝虫」の二種類。
「蠢く床」は一見すると、普通の床にしか見えないが虫が擬態した姿であるために下に罠などがあった場合に非常に危険で、「財宝虫」も宝箱や暗所に生息する特徴があり、その姿は財宝やコインに擬態することが知られた危険な虫の一つ。
「なんか、迷宮っていいことなさそうな感じだな」
「まあ、ジメジメしてるし、かび臭いし、でも、傭兵達の鍛錬にも使われているし、貴重な薬草や、財宝なんかも結構眠っているらしいし。結構快適みたいよ?」
凍太の左隣に腰掛けるながら、アムリッタはそう解説した。
「でも、あたしたちが明日の朝から潜ろうとしてるトコには、そんな厄介なのいないと思うけど」
「だといいなぁ」
アムリッタはボンヤリと答え、凍太は望みを口にする。
実際に明日の朝、全コースの生徒が王国の管理する迷宮『蛇の住処』で実践講習をうけることが決定していた。毎年の行われる講習の一つであり、昔からある年中行事だという。
多くの生徒が怪我や毒などを受けて、リタイアを余儀なくされるということが知られており、ここで活躍することで、単位を多く稼げるということも在ってか、数人の生徒が本気で最奥の地下20階まで潜ろうとしていた。

「蛇の住処」は王国の学舎の一角にある空井戸から進まねばならない。
もともと島にあった迷宮の上に無作為に建造物を建てて行ったために、迷宮は地下へ埋まる形となった。
井戸から下へと続く一本の縄梯子だけが行き来できる術だった。
学園の管理する空井戸の周りは庭が作られ、植物で囲うように仕切りがしてある。
いつもなら閑散としているこの辺りに今日にいたっては----全生徒が群れを成すように井戸の周りを取り囲む。
その一角に「救護室」と書かれたテントが設置され中には、『医療』コースの講師陣がスタンバイをしている。
「ずいぶん、大掛かりだね」
「それはそうですよ。王国の一大イベントなんですから」
凍太とヴェロニカは遠巻きから眺める様にしながら、成り行きを見守る。
「チームは決まったのですか?」
「うん。アムリッタさんと皐月がついてきてくれるって」
アムリッタは図書館で話をしていたあとで、チームを組むことになり、皐月とは夕食時の会話でチームを組んでほしいと要請があった為だった。
「あの犬娘が前衛ですよね?」
「うん。皐月は前衛が得意だっていうし。任せようと思ってる」
「アムリッタ殿は?」
「補助魔術が得意だっていうから後衛でサポートしてもらう」
「凍太様は?」
「僕は真ん中で攻撃と防御をやるつもりだよ」
一応はバランスが取れていると言えるだろうかとヴェロニカは思案した。
前衛も後衛も一応いるにはいるようだし----と。考えていたところで、
「参上仕った」
「凍太くん 今日はヨロシクね」
と凍太に近づいてきた二つの姿。前者の声は皐月。後者のはアムリッタだった。
「あ、よろしくね。二人とも」
凍太もお辞儀をしながら挨拶をしたところで、急に周りが騒がしくなったのに気が付いた。
「----静粛になさい」
大きく言われたわけではない。言われたわけではないがその声は青空の下で良く響いていた。
声の主はロベルタ・カルローネ。十人委員会の一人で、長年にわたり委員会に選出される常連だった。
「これから、毎年恒例となる「迷宮探索」を開始します。皆、己の持てる力を存分に発揮するように」
静かに告げられた開始の言葉は場をより一層静まり返らせる。
つぎに声を上げたのは----リットー講師だった。
「さぁて!皆さん。魔術コースのリットー講師です。これから「迷宮探索」を開始しますが、無理せず、あせらず、着実に行動してください。怪我人などがいて回復の薬などが切れた場合は速やかに迷宮から退出すること!いいですかーー?」
リットーが呼びかける。すぐに、「おおー」と言う声が返答された。

迷宮の入り口はレンガで囲われた上水道の奥にあった。
次から次へと生徒が下りていき、並んでいるために迷うことはないが、独特のかび臭いにおいが鼻についた。
前が進むにしたがって迷宮の入り口がおおきく口を開ける。
中に入ると、洞窟の一本道が続きやがて、おおきく開けたところに出た。周りにかがり火が焚かれ、あたりを明るく照らす。
すでに先に進入した生徒は進み始めていて、広間に残っているものは凍太たちを含めて5組程。
それぞれが3人から5人ほどの集まりを形成し固まっている。
「わくわくするで御座るな」
皐月が浮かれるのを見ながら、凍太が炎の魔術で照らそうと準備をした時だった。
「アタシがやるわ」
アムリッタが凍太を止めて、代わりに炎の魔術であたりを照らす。中空に浮いた2つの火が何もないのに空間に静止している様子は凍太にはとても不思議に見えた。
「魔痛症なんでしょ?あんまり無理しない方がいいわ」
アムリッタは事情を知っているらしく、そう告げてあとは黙ってしまった。
洞窟を先に進んでいくにつれて周りは視界が狭くなる。明かりがなければ、恐らくなにも出来ない程に暗かったが、広さはそこそこにあるようだった。
「何かいるでござる」
皐月がいち早く反応する。続いて凍太、アムリッタがそれに気づいた。
「バクティウムね」
粘着性のどろりとした姿の中にコアとなる魔素が閉じ込められている。
数は3匹ほどで、ゆっくりと胎動しているのが見て取れた。
バクティウムとよばれるゼリー状の生物を前にして、最初に動いたのは皐月。
低い体制から一足飛びで近づきざまに鞘から引き抜いた刀で一体を横に薙いで、返す刀でもう一体を今度は上から真っ二つにした。
「今よ。氷雪系の魔術で攻撃」
後ろからアムリッタが凍太に呼びかける。
即座に凍太は『逆氷柱』でバクティウムを下から串刺しにした。
串刺しになったバクティウムは一瞬で凍り付き、凍ったまま、音を立てて崩れていく。
「あぶないでござるな・・・・もう少しで拙者まで」
皐月が納刀をしながら冷や汗をかいていた。尻尾が逆立っていて、相当にびっくりしたことがうかがえた。
「うまく行ったわね。バクティウムは特に氷雪系が効くのは知ってたけど、こんなに凍らせなくてもよかったのよ?」
言いながら----あたりを見回すと氷柱が屹立している場所を中心にして半径5メートルほどが白く凍り付いていた。
「今度から少し威力を抑えて。それと、撃つときは前方の仲間にもわかるように声を出してあげて」
「うん。わかった」
それからしばらくは静かだった。
罠らしいものは見当たらず、落とし穴も1つだけ。出て来た敵もバクティウムが少しに大ネズミが10体ほど。
すべて障害足りえずに、3人は一階の一角で休息をとることにした。
これから約5日。テントを張って迷宮の中で生活をする。一旦表に出ることも出来るが、効率を考えると多くの生徒がテントを張って止まることを選んでいるという。
食料は地上からもちこんだ食べ物と保存食。あとは迷宮の中で調達しなければならない決まりだった。
蛇の王国に居る多くは、多くが長年努力を重ねてここにおり、出仕も年齢も種族でさえバラバラ。
当然、凍太以外は長年この世界で生きているものばかり。食べれるもの、食べれないものについてもそれなりに知識はあり、各自が倒した獣肉などで燻製を作っているものも少なくなかった。
「みんなすごいなぁ」
感嘆の声を上げていると、皐月が近くにある水場から皮袋に入れた水を鍋に移して自分で火を焚き始めた
「火の魔術できるんだ?」
何をいっているのかというかおの皐月だったが、悪い気はしていないのか
「このほかにも、肉体強化や浄化系の魔術も使用できるでござるよ」
と自慢げに言ってきた。
鍋の水が沸騰したところで、皐月が凍太に氷雪系の魔術の使用を申し出たので、軽く冷やすことにして最小限の魔力で風と冷気を掌で混ぜ合わせてから噴出した。
お湯が冷気に当たり、急激に冷えて---氷になりかけたところで止める。と
「凄いわね。空風系に加えて氷雪系も同時に使うなんて」
アムリッタが手に昼食の干し肉とパンを渡しながら言ってきた。
「どうやったの?」
構成が分からなかったのかともおもったので、もう一度右手に風を左手に冷気をイメージ。それから両手を暫く重ね合わせて----地面へ吹きかけると地面に小さな霜が出来た。
「へぇ。別々に具象化させて合わせたのね」
「普通でしょ?この間やっと出来る様になったんだ」
治療されてから、痛みが引いたため何か小出しに魔力を消費する策として考案したのが二つの魔術による低出力の同時使用だった。
風呂場で練習したり、寝る前にこっそり試しながら、ココ何日かでコツをつかみ始めて迷宮ここで試そうと図書館の時には決めていたことをアムリッタには告げると
「やっぱり面白いわ。わくわくする」
そんな答えが返ってきたのだった。

洞窟の内部は果てしないように思えた。
行けども行けども同じような岩肌が延々と蛇行をしながら伸びている。
分かれ道もいくつもあって、迷う生徒も少なくなく、すれ違うたびにどちらに行ったらいいのかと尋ねられたが答えようがない。
凍太たちはアムリッタが地図を書き込みながら、ゆっくりと奥に進んでやっとのことで、地下2階へ続く入り口を探し当てた。
いくつかの組はここをすでに通過したのだろう。靴の跡が泥に残っていたのを皐月が見つけた。
坂道が緩やかに下へと伸びる。
火の明かりを頼りにしながら、目の前で揺れる大きなカバンを背負った皐月を見ながら進むと、出た先は人工物で作られた石の壁と回廊が伸びていた。
「上と随分雰囲気が違うわね」
「自然に出来たモノではござらんな」
壁に反射した声がこだまする。
回廊を進んでいくとすこし大きめの広間に出る。そこではすでに数十組の生徒たちが設営の準備をしているところだった。
「皆ここで今日は休むようでござるな」
「私たちもここで休みましょう。皐月?夕食出してちょうだい」
「畏まった」
周りもすでに夕食の準備を始めている。
感覚でいえばまだそんなに時間は立っていないはずだったが、迷宮の中では体内時計も当てになりそうにない。
凍太は自分のバッグから冷凍しておいた肉を3人分出して鉄鍋であぶり始めると、周りから視線が集まるのを感じた。ふと見てみれば、周りの集団はパンと干し肉がほとんどで生肉などあぶっているものなど凍太たちの他はどこにもいなかった。
恐らく、音と肉の焼けるにおいが回りに伝わっているのだろう。肉が焼けるころには凍太の周りに10人ほどの人だかりができていた。
「おい。それ食って大丈夫なのか?」
人だかりの中から、学生の一人が聞いてくる。顔は見たことがない奴だった。
「平気だよ。冷凍してあるから」
「冷凍?」
「冷凍することで保存がきくんだよ。痛むのも抑えられるしね」
肉の焼き上がりに注意しながら一枚をひっくり返す。裏面の氷が解けてジュワァァと音を立てた。
「へー。流石よね。『雪ん子』は氷雪系については詳しいんだ?」
これはまたほかの声。
(そんなことはないんだけどな)
恐らく、周りの気候が温暖で、冷凍保存という技術がないのだろうと凍太は胸中で考えた。
いままで、7年ほどこの世界で生きてきて、おどろくほどに文明レベルは遅れている。
蒸気機関が発明できたと騒ぐほどだ。転生前でいうなら、おそらく16世紀~17世紀あたりの文明であろうとも考えていたが----そんなことを言うわけには行かなかった。
蒸気機関といってもいくつかあってセイヴァリの熱機関、ニューコメンの蒸気機関、そして有名なワットの蒸気機関と続くことを凍太は知っている。
周りの振興具合から察すると----セイヴァリの熱機関とニューコメンの蒸気機関の間ぐらいだろうとは思ってはいた----あるいはもっと遅れているか。
「凍太殿、焼けたでござるよ!」
隣から皐月が声をかけるのが聞こえて----思考を停止した。
鉄鍋の中ではすでに焼きあがった肉があった。
ナイフで肉を突き刺し、木皿において切り分けて皐月、アムリッタへと分ける。
「んー。いい焼き具合ね」
「まったくにござる。氷雪系は便利でござるな」
アムリッタも皐月もおいしそうに肉を口に運ぶのを周りの人間はうまそうに見ていたが---やがてみんな飽きたのだろうそれぞれの仲間のもとへと戻っていく。
「野菜も冷凍して持ってきたから野菜炒め作るね」
バッグから今度は野菜類を小分けにしていた皮袋を取り出し、中から、氷漬けにされた野菜を鍋に入れて火を入れ始めた。
「拙者、あまり野菜は」
皐月が不満を漏らすが、3人分はきっちり野菜炒めを作り、各人へと盛り付ける。
「ビタミンを取らないと駄目だよ」
まるで飼い犬にでも言い聞かせるように皐月に言うと、おとなしく食べ始める。それを見てようやく凍太も食べ始めることにした。
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