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3.嵐の夜に愛を知り、恋に目覚め
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しおりを挟む怪談話に興味を引かれ、勤務明けに訪れ、そのまま昼寝し目覚めると、黙々とカルテを入力するマスク姿の女性事務員が見え、気が抜けたのは覚えている。
ばか話のオチなどこんなものだと思ったが、今更、寝たふりをやめて相手を驚かせ、仕事の邪魔をするのは悪く、胸の内だけで苦笑し……そのまま昼寝を続けた。
ふと物音がして目を覚ますと、カルテ庫の魔女とやらが弁当を机に広げていた。
彼女は用心深い小動物のように、神野の様子を窺いながらマスクを外す。
あまりクリアでない薄目で見ても、十分に愛らしい顔立ちだった。
やぼったい黒縁眼鏡をはずせばモテるだろうにと他人の気楽さで考え、次の瞬間に驚く。
ふたを外した瞬間に彼女が見せた無防備なほほ笑みが、とても幸せそうだったからだ。
早春の日差しの中、詰められた家庭的なおかずを少しずつ唇に運ぶ様子や、おいしそうに目を細める姿を、ずっと視線で追っていた。
最後に残していた卵焼きを口に放り込んだ時など、いっそう愛らしくて仕方がない。
――なんだ、魔女の癖に癒やし系か。
神野は彼女が空になった弁当容器を手に席を外した隙にカルテ庫を抜け出し、引っ越したばかりのマンションに帰宅した。
次の日も、思い出して口元がほころぶほど、朱理の表情に心が癒やされていた。
それから、疲れたり気が重いことがあったりしたあとは、カルテ庫に行った。
当然、勤務時間外や休憩中だ。
少しずつ距離が縮むに従って、休日までカルテ庫に居着いてしまうほどになり、自分がこれほどつたない恋をするなんてと、内心で苦笑しだすのに時間はかからない。
最初は、捨てられた子猫や巣から落ちたひな鳥を見守り、必要な時に手を差し伸べるような感情を抱いていたが、すぐ朱理の性格に魅せられていった。
文書管理係という医療情報部の窓際仕事なのに、真剣にカルテと向き合い解読しようとするひたむきなまなざしや、キーボードを打つ穏やかで丁寧なリズム。
ふてくされず淡々と自分の仕事をこなし、神野が見ていてもいなくてもスタイルを変えない姿は、清廉で――とても美しい。
男の気を引こうと、演技や色気、その場限りの真面目さでアピールする女性ばかり見てきた神野にとって、朱理の誰も意識しない故に無防備で自然なしぐさや表情は、とても新鮮だった。
自分のことをこっそり探し、眠り姫と呼んでいるのを目の当たりにした時は、怒るより、朱理がそんな茶目っ気を持っていることが可愛くて、つい抱きしめたくなったほどだ。
朱理に対する想いは日に日に募ったが、恋心を告げれば逃げ出しそうな様子もあり、相手との距離を推し量り続けていた。
そんな中、マスクや眼鏡を外し、他の男に笑顔を見せる朱理を偶然にも見てしまい焦れた。
相手が朱理の叔父で――神野にとっては同大学の先輩に当たる医師だと知っても、気持ちが落ち着けない。
どうしても朱理のプライベートな表情を見たくて、食事に誘った。
――もっと時間を掛けるべきだったのに。
彼女の中に自分の居場所があるのか、いつかはあの男に見せるような笑顔を向けてくれるのか。
それ以上のものが、特別ななにかが得られるのかと恋を乞い、誘いを断られ手を焼き、構って貰いたがる子どもみたいなまねをして、結果、彼女を怒らせた。
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