ある巫女の祈り

天雪霧

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ある巫女の生涯

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あなたと出会ったのはわたしが神殿に来たばっかりのとき。
慣れない生活の中で耐えられなくなっていたわたしに、あなたは寄り添ってくれた。静かに背を叩きながら、慰めてくれて。わたしが泣き止んだあと、笑顔で花冠をくれた。それから私達は一緒に遊ぶようになった。司祭の息子だったあなたは、自由に神殿に出入りできた。本来は外との交流がなく、閉ざされた場所なのに。あなたは町に連れ出してくれた。知らない物だらけの町はとても新鮮で、いつになくはしゃいだ。それから2人で、町に行くようになった。露店で食べ物を買って食べたり、動物と遊んでみたり。初めて買ってもらったネックレスは、ずっと宝物だった。
あなたはいろいろなことを教えてくれた。あなたと出会ってわたしの世界は広がった。


気づけばわたしより小さかった背はあっという間に追い越され、精悍な顔つきになっていった。知らぬ間に恋心を抱いていた。少し困ったようにふわりと笑う顔。自分の意思を曲げないところ。
どんなに辛いことがあっても、優しく背中をさすってくれる。困っているときは、必ず手を差し伸べてくれる。頑張った時はそっと頭を撫でてくれる。何かあると駆けつけてくれる。
想いを告げたときあなたも気持ちを返してくれた。そのことが何よりも嬉しかった。だんだんと険しくなっていく巫女の務めを果たせていたのも、あなたがいてくれたから。



神に使える身で恋に溺れたのがいけなかったのかもしれない。
「ねぇ巫女様、知っていらして?あなたの大切な幼馴染さん、あなたの侍女と会っているのよ」
珍しく人が訪ねてきたと思ったら、名も知らぬ女性がそう言った。
取るに足らないただの妄言、そう切り捨てることができる言葉のはずだった。

まるでその言葉が真実とでも言うように、侍女がいない日とあなたが来ない日が同じだった。毎日のように来ていたあなたが、間隔を空けて来るようになった。片時も離れずに仕えていた侍女が度々休むようになった。最初は気のせいだろうと、考えすぎだろうと思っていた。思いたかった。
けれど、久しぶりに侍女と会えると思い、行った彼女の部屋の中で。
わたしが見たのは、あなたが街で良いものがあったと、満足そうにつけていた、
瑠璃のペンダントだった。



そんなとき、大きな飢餓が起きた。民は苦しみ、死者が多く出た。民の願いを叶えようとさらに務めを全うした。しかし、月日が経っても、飢餓は解決しなかった。日が経つにつれて、多くなる死者。今日食べる物もなく、追い剥ぎや窃盗が増えた。
御前会議でもさまざまな対策が練られた。
けれど、一向に改善の見通しが立たない。そんな中誰かが言った。
「巫女に神の怒りを鎮めてもらうより道はない」
1人の少女に国を任せるなんてと、反対もあったらしい。けれど、状況が改善しない中、それが一筋の光に見えたのだろう。飢餓が発生して、6月目の日。
御前会議で、巫女が神の怒りを鎮める儀式を行うことが決定した。



巫女の務めをする中で、神のもとに行くことがあるかもしれない。そう、理解はしていた。しかし、何代も神殿の中で祈りを捧げるのみで、身を捧げることはなかったために、気を抜いていた。まさか、わたしが神の元へ行くことがあるなんて。
儀式が行われるのは、一月後。本来なら神の元へ行くとき、巫女は俗世とのつながりを断たねばならない。
けれど、上層部もさすがに負い目があるのか、普段通り生活して良いと伝えられた。

みな、別れを言いにきてくれた。神殿にくる余力もないはずの民までも別れを惜しんでくれた。いつも以上に人と会い、たくさんの人と話した。
誰よりもあなたに会いたかった。あなたの全てを愛していた。ねぇ、あなたは知っていた?わたしはあと一月の時間しか許されていないと。
最低でも、5日に一度は来ていたあなたは、まったくこなくなった。わたしはあなたが来るのを待っていた。最後に一目見て死んでゆきたいと。刻一刻と近づいてくる儀式の日。あなたからの音沙汰もなく。一目会うことも叶わないのかと、気づけば頬が濡れていた。



儀式の日、わたしは神の元へ向かうため、見事な衣装に身を包んでいた。神殿の者は皆、見送りに来てくれた。しかし、あなたと侍女はいなかった。
時間になった。神の花嫁として入水する。そして「巫女」という花嫁を贈った代わりに人は願いを叶えてもらう。
そんな儀式だからこそ、わたしはあなたに見て欲しかった。生きてきた中で一番豪華な衣装。一番綺麗なわたし。なにより、潔く美しく散る花のような最後を。たとえわたし以外を愛していたとしても。
愛してる、そう、心の中で告げてわたしは神の元へ旅立った。
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