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碌
6-4
しおりを挟む「事後」って。言い方。
『あと少しで厠という所で、髪の毛が短くて、眼鏡を掛けた、なんとも小柄な女子生徒と擦れ違いました。
なんとも大事そうに、胸元に丸めた布を抱えておりんした。
その他気になる点はござんせん』
「そいつが犯人かね」
犯人(?)が女子と聞いて、飛鳥は俺に下世話な笑みを見せてきた。「女の子に恨まれるようなこと、したのか?」どうせお前にそんな話は無縁だろ、と言いたげなその表情。否定できないのが残念だ。
「ねーわ」
「だろうな。屋上のアイツぐらいだろ」
「るせぇ」
もしその女子が犯人だとして、何故そんなことをしたのか?
そもそも、「関ワルナ」というあの手紙はその女子が書いたものだろうか。
もしシロが風貌をきちんと覚えているならば、その女子を探すのは容易いと思う。考えるまでもなくうちの学校の生徒であろう。
『しかし、顔はよく見えなんした』
この役立たずめ。
ズキズキと疼く後頭部を撫でつつ、俺は小さく舌打ちした。
………
………………
………………………
飛鳥は全然平気なんだろうけど、俺は森家に行くのがとてつもなく嫌だ。何故ならば歓迎されてないから。
特に晴俊さんのあの目。あの白い目が嫌だ。飛鳥とは妙に意気投合して仲が良いようだが、俺のことは未だに警戒してらっしゃる。しかも俺が蔵を漁っていることを良く思っていない(まあ当たり前か)。というか俺が蔵から何か盗んだりしないか、心配してるらしい。
…………し、シロは、こいつが勝手について来ただけだしぃー。盗んでなんかないしぃー。
俺が自意識過剰なのかも知れんが、森家にいる使用人の方々の態度も、どことなく冷たい。飛鳥には笑顔で挨拶、俺には無表情で事務的な挨拶。何この格差。
ってか飛鳥が社交性ありすぎんだよ。なんでだよ、お前のそのルックスと鉄仮面具合からして普通は寡黙なキャラだろうが。人造人間の立ち位置だろうが。18号あたりだろうが。
『ぶひゃー!完全にアウェイだからってすねてんじゃねーよ!』
「うるさい」
『あうっ』
鞄から顔を出して舐めた口を利くバカ猫の頭を押し戻し、しっっかりとチャックを閉めた。
「お前は黙って私の後ろに立ってりゃいい。気配を消せ、空気になれ」
「それなら得意っす」
「お前、特技あったのか」
飛鳥さん、びっくりしすぎなんじゃないすか?
衝撃!といった様子の顔を見せてくる飛鳥。これがマンガなら、背景に雷とか描かれてただろうな。
森家に到着してすぐ、俺達は食堂に通された。夕飯を作っているのだろうか、いい匂いが漂っている。
「晴俊さんはどこだい、久保田」
「久保田?久保田って誰?」
初めて聞く名前に戸惑う俺を無視して、飛鳥は入り口から俺達を案内してくれた、初老の男性の使用人に顔を向けた。あ、そいつが久保田?
「栗田です。晴俊さんはもうすぐご帰宅なさるそうなので、こちらでお待ち下さい」
久保田じゃないのかよ。名前を間違えるという無礼に悪びれもせず、飛鳥は「ふーん」と適当さ溢れる相槌を打った。
「そっか、解った。ありがとうクリ×」「やめたまえ」
「冗談さ」
「冗談で下ネタ吐くような子に育てた覚えはありませんよ」
「ごめんなさいお母さん」
誰がお母さんやねん。
俺は食堂の大きなテーブルセットに近付き、椅子を引いて座った。「えっ」それを見た飛鳥、何故か不満そうな顔になる。
「私の為に椅子を引きたまえ!」
「お姫様かお前は。自分で引け馬鹿」
「馬鹿っつったなオイ。コージローのくせに私を馬鹿と申したな。私を馬鹿と罵り、そして足元に唾を吐き、醜い物を見るかのごとく顔をしかめて睨み付けやがったな?」
「そこまでしてません」
わざわざ立ち上がって椅子を引いてやるのも釈然としないので、自分の隣の椅子を足で押してやった。行儀は悪いが、ね。
「許すまじ。もう二度とお前には頼らないからな」
「ああいいよ」
「後で宿題見せろや」
「ああいいよ」
鞄から顔を出し、ニヤニヤとこちらを見ているシロと子猫達。その小さな頭を無理やり鞄に押し込み、シッッカリとチャックを閉めてやった。
メイドさんが持ってきた紅茶を一口飲み、俺は食堂の窓に目をやった。ガラス製の天使の像が、窓辺に飾られており、それが夕日を反射して壁に美しい模様を映している。
飛鳥には一体、どういう目的があるのだろうか。晴俊さんや花子さんには、飛鳥は今までさんざん話を聞いてきたはずだ。そこに俺が加わったところで、新しい情報なんぞ聞き出せるとは思えない。
そもそも、とくに晴俊さんの俺への心象はかなり悪かろう。逆に警戒されそうだ。
「コージローよ。お前、私の計画を知りたいか?」
「……是非とも」
飛鳥はニヤリと笑うと、手招きして俺に顔を近付かせるように促した。それに従って、俺は少し屈んで彼女に顔を近付ける。
とっておきの作戦です、と言いたげに、キラキラと瞳を光らせた飛鳥。その形の良い唇が動く。
「実は、
何も
考えて
ません!」
「ふざけんな!」
「あうっ」
あまりにも馬鹿らしすぎて、目の前にある飛鳥の顔に軽いビンタをしてしまった。
なんてこった。婦女子に手を上げてしまうとは、男として恥ずかしい。
自分のした行為に激しく後悔した俺は、飛鳥にビンタしたその手で、己の頬を強く張った。皮膚を打擲(ちょうちゃく)する、鋭く乾いた音。
「…………」
飛鳥は目を丸くしていた。
それもそうだ。自分をビンタした奴が、その直後、間髪入れずに、己の頬を叩いたわけだから。
「なにそれ。間接キスならぬ間接ビンタか?流行りそうだな」
流行ってたまるか。
。
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