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捌
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廊下と居間の破片を片付け、床を拭いてる間、飛鳥は洗面所に胡座をかいてとし子からの弁当を食っていた。
「おい、今日は学校休むぞ」
足跡を拭き終わってから、飛鳥の元に戻ると、彼女はそんなことを言った。
「はぁ?何でだよ」
綺麗に食べ終わった弁当を床に置き、飛鳥は口に手をやって考え込む素振りを見せた。そのまま思考の世界に入り込んでしまったようで、俺の質問は無視だ。
わけが解らないまま、携帯で学校に休みの連絡をした。風邪を引いたことにする。飛鳥の分の連絡はシラネ。
『どうしたんでありんすか?』
『考えてるだけよ。ところで貴方、いい感じに肥えてて、美味しそうね』
『ヒエェ………触らないでくんなっし!』
興味深そうに獲物をつつく捕食者。俺はその捕食者に「飛鳥は何か企んでんの?」と訊いた。
『多分ね。犯人が解りそうなんじゃないかしら』
「颯斗さんを呪ってる犯人?」
『もしくは、一服持ってる犯人よ━━━━っと、誰か来たわよ』
西王母は玄関の方を指差した。と、同時に玄関のチャイムが鳴る。
『コージロー!ミキちゃんだよ!』
玄関に置きっぱなしにしていた鞄から、保食が顔を出して叫んだ。なんだか嬉しそうな声である。そうかそうか、そんなにあの天使が好きか。
硝子の引き戸をがらがらと開けると、本当にミキちゃんが居た。
「おはようございます!」
ま、眩しい。ミキちゃんの光のオーラに対し、背後の洗面所からは飛鳥のどす黒い気配を感じる。そうだ、飛鳥はミキちゃんが嫌いなんだった。
「あれ?お兄ちゃん、ここに住んでるんですか?」
「あ、いや、ちょっと用事があって来ただけ。どうしたの?」
小学生相手に、妙な勘ぐりをされまいとなんとか言い訳しかけたが、こんな天使がそんないかがわしい考えなんて持つわけないか。
「用事?………………あっ」
ミキちゃんは首を傾げて、俺の襟元を見た。さっき飛鳥に掴まれた時にボタンが取れていたようで、少しはだけていた。それに気付いたとたん、ミキちゃんの顔が真っ赤になった。
いかがわしい考え持ったじゃねぇか。「持つわけない」つったの誰だよ。俺だけど。
「あっ、あのっ、これ」
俯きながら、手に持った封筒を渡してくる。
「なにこれ」
「今朝、うちの玄関の前に置いてあったんです」
洋型の封筒の宛名には、ミキちゃんの名前が書いてあった。毛筆で書いたような字だ。少し丸みを帯びた筆跡。
「なんだか気持ち悪くて………」
ひっくり返して裏側を見る。今にも開きそうなくらいに緩く、糊で封をされていた。中央に小さな固いものが入っているようだ。
「貸せ」
いつのまにか傍らまで来ていた飛鳥が、俺の手から封筒を奪う。飛鳥のあられもない寝間着姿を見て、ミキちゃんがますます赤くなる。
飛鳥は封筒を頭上に持ち上げて、朝の太陽の光に透かして見た。
「物騒だな」
大抵、封筒とは便箋を入れるものだが、その封筒の中は、ほぼ空のようだった。
中央の固いもの、小さな平行四辺形の形をしたものと、片隅に何かの影がある。
「剃刀の刃だな。ちょうど開けて中を見ようとしたら、指を切るぐらいの位置だな」
「この、隅っこのは何だろう?」
飛鳥と同じ視点から見ようとしたら、不本意にも顔が近くなるわけだ。ミキちゃんが目を逸らす。何を勘違いしてんだ小学生。
「解らん。だが触らないほうが良さそうだ。カッターで指を怪我させてから、この━━」
飛鳥が封筒を反対に傾けると、それはサラサラと封筒の中を流れた。
「粉を触らせたかったんだろ。そうなると、有毒なものなのは間違いなさそうだな」
「一体誰が…………」
「それを今日暴きに行く。
おいガキ、お前も今日は学校休め。万が一ってことがあるから、この家に居ろ」
それを聞いたミキちゃん、とても衝撃的なことを言われたかのように目を剥いた。
「いいいいいや!遠慮します!お邪魔でしょうから!」
だから誤解だってば。
「うるせえ、入れ!」
ドンッ!!!!(効果音)
今日は家庭科がとか何とかゴニョゴニョ言いながら、ミキちゃんが踵を返して逃げようとする。彼女の腕を掴もうとしたがそれよりも早く、飛鳥が右手を伸ばした。
ミキちゃんの首を後ろから掴むと、両側を指でグッと押した。
途端にミキちゃんの体から力が抜け、足元からゆっくりと崩れ落ちた。それを受け止め、周囲を確認しながら玄関に引き摺り込む俺。犯罪者の気分。
「お前、今のそれ、何だ?」
「スター・トレックで見たんだよね。なんか、出来るかな?と思ってやってみたら、出来ちゃった」
出来ちゃった、じゃねぇよ。
一応確認しとこうと思って、ミキちゃんの胸に己の耳を当てた。規則正しい心音がして、一安心。しかし、脈を確認するんなら手首にしとけばよかったと後悔。飛鳥さんが、まるでおぞましいものを見たような顔をしてらっしゃる。
「何やってんだ手前ェ。女児の胸に顔を埋めてクンクンすんなよ!ロリコン!あたしの胸じゃ物足りないっての!?」
クンクンしてなんかいないけど、お前の胸(のボリューム)が物足りないのは確かだな。そう思ったけど、言ったら殺されるので我慢。
別に暗いのなんか怖くない、ただ暗い室内が苦手なだけだ、と言い訳しまくる飛鳥さんの声を聞き流しつつ、ミキちゃんを背負ってとりあえず二階の寝室に連れて言った。断じてやましいことはしてません。僕には若すぎます。
「で、次はどうすんの」
「私は着替える。そのあと墓地に行くぞ」
「そろそろ俺にも教えてくれませんかね」
「ん?何が」
寝室のドアを閉めると、俺は階段の一番上の段に腰を下ろした。背後に飛鳥が立つのが解る。彼女が後ろに立つと、毎回何かが背中にのし掛かるような感覚がする。それはある種のプレッシャーに似ているが、どこか暖かみがある。
「お前は一体何が解ったの?
俺もある程度把握しておかないと、色々困りそうじゃない?」
「いや、全く。大して頼れないのは変わらないしな」
「泣くぞ」
「泣け。写真撮るから」
ちくしょう。
俺が何も言い返さないのを確かめて、飛鳥は足音もなく立ち去った。着替えに行ったのだろう。すぐ近くにある寝室のドアが開く音がしなかったので、恐らく別の部屋だ。いつも家の掃除をさせられているのに、俺はどこに何の部屋があるのか、いまいち理解してない。
この家のことも、飛鳥のことも、解らない。
多分、その理由は俺が馬鹿だから、ってだけではなさそうだ。
ここでは全てが、近いようで遠い。まるでこの世のものじゃないような存在。
解ってほしいような、だけど知らないままでいてほしいような、飛鳥からはそういう雰囲気を感じる。何かを我慢しているのに、俺にはそれが何なのかまでが解らない。
何の役にも立ってない。
「そうでもねぇぞ」
いつものセーラー服姿に着替えた飛鳥が、俺の横に座った。
「お前は十分頑張ってるよ。馬鹿のくせに」
「一言多くねぇか」
肘まで袖を捲った彼女の左手首には、あの得体の知れない鈴がくくりつけられている。そういえば、いつも着けてたな。そして膝に、木製の鞘に収まった刀。
「こういうのは、あまり使わずに問題解決するのがいいんだがな。今日はそうもいかないだろう」
「何するつもり?」
「颯斗さんをあの墓地に連れてく。それ以外の作戦はまだない」
。
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