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三章
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………………
………
その日は学校から帰って、支度してすぐに裕一の家に行った。 今日は泊まり。
裕一がやたら気にするので、いじめの件を話してたら、大分時間が経っていて、気付けば24時近くだった。 彼の親は旅行に行っているので、夜更かしを咎める人は居ない。
「そろそろ止めさせるべきなんじゃないの」
彼の部屋のベッドに座って、話せることを全て話し終えた私は、口を尖らせながら床に座る姿を見た。
「ん……」
「なんかもう、痛いもん。 話聞いてて俺、頭に石が当たったらどうなるか想像しちゃったら頭痛くなったもん」
それはバカじゃなかろうか。 可愛いけど。
「竹山クレアのブレーキ役のお前が、ビビって何も言わないから悪化するんだろ。 しっかりしろよ」
「うるさいな」
思わずキツい口調で言い返す。 裕一はそれくらいで傷付くほど、女々しくないので大丈夫だ。
「お前がいじめに加担してるなんて、考えるだけでなんかモヤモヤしちゃうもん」
「でも、クレア、何で泣いたのかな……」
あの後、授業が終わってすぐにクレアの元に駆けよった。 クレアは皆に見えないようにと、私に顔を近付けさせて、恐々顔を上げた。 涙でぐしゃぐしゃのその顔に刻まれていた表情の是非は理解しかねたが、彼女は「どうしよう、私、あぶないかも」と言った。
トイレに行って帰ってくると、いつもの明るいクレアに戻っていた。
「あぶないかも」とはどういう意味だろう。
自分自身の人格が危ないのか?
それとも別の意味か?
よく解らないが、クレアのことも中村のことも、私は怖いと思った。
………
………………
………………………
20××年 10月5日 放課後
「離してっ!」
この状況なら、暴れるのも無理ないな━━━━もがく中村の両足を必死に押さえながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
今日の最後の授業はここ、理科室で教師が手作りしたプラネタリウムを鑑賞した。まだカーテンは閉めきったままなので、室内は暗い。
たかが手作りと舐めていたが、これがまた意外にも綺麗だったので驚いた。しかし、きっと博物館の本格的なプラネタリウムなら、もっと美しかろう。今度、裕一を誘って観に行こうか。ロマンチックだろうなあ。
そう、その調子。
現実から目を背けるんだ。
じゃないと、心がどんどん重くなってしまう。
だがクレアの声に、嫌でも我に返るのだ。
「いい加減にしてよ。これ以上暴れたらあんた、失明させるよ」
両手、そして両足を押さえつけられ、更に腹の上にクレアが跨がるこの状況でも暴れることを止めない中村。諦めるとかの問題ではなく、生命の危機を感じるなら、暴れざるをえないのだろう。
クレアは楽しそうだった。右手には、まだ点火されていないアルコールランプがあり、蓋は外れていた。
私に背を向けているので表情は伺えないが、おそらく笑っているのだろう。彼女の声から、愉悦感が滲んでいるのが嫌でも解る。
中村の右手を押さえていた女子が、中村の頭の上━━━━窓際に備え付けてある水道に手を伸ばした。シンクの端に、誰かが置きっぱなしにした雑巾が乗っている。それを掴み、クレアに手渡した。
明るい口調で「ありがとう」と礼を言いつつそれを受け取ったクレア。彼女の体が邪魔で見えないが、恐らく雑巾を中村の口に押し込んだのだろう。あれだけ喧しかった中村の声がピタリと止み、代わりにくぐもった声が聞こえるようになった。
先日の首吊りの一件以降、校内での中村の立場は日に日に悪くなっていく一方だ。全校生徒はおろか、教師ですら彼女を白い目で見るようになった。
証拠といえば中村の制服のスカーフが盗まれたことぐらいなのだが、死んだ生徒が首を吊るように仕向けたのは中村だと、皆が決めつけていた。
仕向けた、もしくは嫌がる故人に無理やり首を吊らせた、どちらにしろ中村は勝手に人殺しとされている。
しかしそれは、下らないゴシップだ。そう、悪い噂。ただの噂。
実害がなければ、そう言って笑い飛ばせた。
以前からボーッとした感じが気に入らないという理由で、授業中何度も中村を当てていた現国の教師ですら、一件以降彼女を無視している。時々、疑わしげな目線を向けることもあるが、いけないものを見たかのようにすぐ目を逸らす。
そう、皆疑っているのは、「嘘から出た真」というやつだ。
それがはっきりと解らないから、各自脳内捕捉して話を作り上げる。
中村のことは不憫だと思う。だが私にはどうにも出来ない。どうすればいいのかは解っているが、怖くて出来ない。
「手首の傷、どうなった?まだ痛い?」
クレアが中村の左手をスッと掴む。それに反応して、中村は更に暴れだす。私の脳裏にフラッシュバックが起こる。手首から血を滴らせながら佇む、中村の姿。恐ろしくて喉の筋肉が震えた。
「動くな!」
クレアが怒鳴り、乾いた音がする。頬を叩いたのだろうか。昨日こめかみ辺りを怪我していたのもあり、中村は苦しげな呻き声を上げた。
そうして中村は大人しくなったが、体の震えは大きくなっている。私の手の中で、中村の足がガタガタしている。
せめてもの抵抗として、私は目を閉じた。 両手が空いていれば、耳を塞げたのに。
「火、点けて」
クレアの声の後、一泊置いて何かが擦れる短い音がした。中村の足が、痙攣するようにひくひくと動く。
手を離してしまおうか。
そうすれば、中村が自力で抜け出せる可能性が大きくなる。
そう思った。思っただけだった。
中村のことは不憫だと思う。それも思うだけだ。
私は私の身が可愛かった。もしここでクレアを裏切ったら、私までいじめられるかも知れない。中村がされたことを、私にもやるかも知れない。
「ンーッ!ンンー!!」
口を塞がれながらも、中村は懸命に声を上げていた。助けて、誰か助けて。
胃がギュッと絞られるような、悲しくて辛い感覚が私を襲う。ごめん、ごめんと心の中で気休めの謝罪を繰り返す。
だがそんな心と反比例に手の力が強くなる。嗜虐的なクレアなあ笑い声、もはや金切り声の中村のくぐもった悲鳴、閉めきった理科室の中でこだまする。
クレアは何をやっているのだろう。とても楽しそうだ。見ようと思えば、この場所からでも少し見えるだろう。
怖い。
見たくない。
知りたくない。
本当は関わりたくない。
悲鳴と笑い声に耳を犯される。
。
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